2/13 teru side | |
「あ。明日は頑張ってチョコ作るから! 楽しみにしててねっ」 取り巻きの女子たちといやいやながら昼食を取っていると、そんなことを言われた。取り繕った笑いを浮かべながら、お前からのチョコなんて欲しくない、と心の中だけで悪態をつく。 本当に欲しいのは、決まってる。けど、なんだかあいつ、態度がおかしいんだよな。もしかして、俺じゃない他のやつにあげるつもりなのかな、とか、嫌な想像が頭をよぎる。 下手だって、なんだって、俺はどうでもいい。俺のために作ってくれたこと自体がうれしいんだ。去年、そういうことをちゃんと伝えたつもりなのだけど。つもりなだけなのかもしれない。 大切にしたい、なんて。思うばかりで、うまく伝わらない。 * * * 教室に戻ろうと廊下を歩いていると、あかりと針谷が話しているのが見えた。あいつら、仲いいよな。なんか肩とか叩いてるし。……あいつも簡単に他の男に触られてんなよな。 なんて、彼氏でもないのに。我ながらずいぶんと勝手な話だ。恥ずかしくなって、さっさと自分の教室に逃げ帰った。 席についたところで、針谷が教室にずかずかと入って話しかけてきた。 「よーっす。今日もモテモテだな」 「針谷くん、何か用事かな」 イヤミったらしく王子様スマイルで対応する。針谷はあからさまに嫌そうな顔をした。 「気持ちわりい」 「ウルサイな。わざわざ何なんだよ?」 小声で問うと、にたーっとした笑みが返ってきた。 気持ち悪いってセリフ、そっくりそのまま返してやりたい。 「お前、愛されてんなー」 「はあ? あんなやつらから愛されてたってうれしくもなんともないけど」 「ちがうっつーの!」 「ハア…。さっきからお前、何が言いたいんだよ」 「ま、明日にはわかるんじゃねーの」 たくらんだような笑みをはりつけたまま、針谷はひらひらと手を振って教室を去っていった。ほんと何なのあいつ。具体的なこと、何かひとつくらい言っていけよ。 ため息をついて、前に向き直った。そろそろ次の授業の用意をしなければ。 教科書を出しながら、あかりのことを考えた。そうしたら会いたくなった。我ながら本当にどうしようもない。 学校が終わったら、一緒に帰れるか聞いてみよう。今日は珊瑚礁の日で、口実もあるし。 放課後に思いを馳せながら、チャイムの音を聞いた。 * * * ホームルームが終わってすぐに教室を出て、玄関であかりを待った。 帰る人の波に紛れて、亜麻色の髪が見えた。 「あかり」 手招きすると、あかりはとてとてとこちらに寄ってくる。相変わらず、小動物みたいだなと思った。 「今日、バイトだろ。一緒に帰らないか。どうせ行き先いっしょなんだし」 小声で告げると、困ったような表情が返ってきた。……嫌な予感がする。 「あのね、瑛くん……今日のアルバイト、ちょっとだけ遅刻してもいい?」 予感が当たって、内心でだけがくりとうなだれた。 「……なんで?」 「ちょっと、寄り道したいとこがあって……」 なんでこのタイミングで、と思わずにはいられなかった。けれど、眉をこれでもかというくらい下げて困った様子に、なんだかこちらが痛ましくなる。 きっと俺は許してしまう。そういう自分が簡単に想像できる。 「お願い! どうしても今日じゃないとダメなの!」 上目遣いにチラリと覗かれて、目をそらす。こいつの上目遣いは本当にやっかいで。 ちくしょう、かわいい。 「……どうしても?」 「そう、どうしても」 「理由は?」 目をそらしたまま、少しだけあがいてみる。俺より大事な用事ってなんなんだよ。 …思ってから、嫉妬丸出しの考えが恥ずかしくなった。俺はあかりのなんでもないのに。 「それは……まだ、言えないけど……」 そうだ、秘密も話してもらえないぐらい、なんでもないんだ、俺は。 ため息をついて、とうとう諦めた。 「ごめんね。明日には言えると思うから……」 「明日?」 「うん、明日」 明日って、バレンタインだろ。 今年は俺じゃないやつにあげるから、去年あげた俺に気まずいとか、そういうことなんだろうか。やっぱり。 「……分かった」 思ったことを、言えるわけもなくて。ただ、了承の言葉だけ吐き出した。 「ありがとう、瑛くん!」 そんな、とたんに明るい顔してさ。ほんと、ずるい。 もう一度ため息をついたら、いっそ笑えてきた。 「あんま遅れるなよ?」 「うん! 用事が済んだら、すぐ行くね」 「ただし、急ぎ過ぎて走ったりして、こけんなよ」 「そんなことしないよ!」 「どうだか」 ころころと変わる表情を見ていたら、からかいたくなった。手刀を作って、軽く一撃。 不服そうにこちらを睨む顔を見て、してやったりといわんばかりに笑ってやった。 「またあとでな?」 「うん!」 あかりに見送られて、店に向かった。 ……明日、か。 * * * 珊瑚礁の営業が終わるのは遅い。少なくとも、女子がひとりで歩いていいような時間じゃない。だからいつも、あかりがシフトに入っている日は送ってやる。 今日も例外ではなくて、あかりが出てくるのを玄関で待つ。 しばらくして、あかりは大きな荷物を抱えて出てきた。 ああ。それが、きょう遅れた原因か。 「何、その大荷物」 「えっ? ひ、秘密!」 指摘したとたんに、あかりは荷物を後ろに隠した。そんな大きい荷物、隠さなくてもバレバレだし。 ……隠さなくたって、と、思う。言ってくれたっていいじゃないか。 「……また、秘密かよ」 「えっ?」 「何でもない」 視線をそらして、歩き出す。いま顔を見たら、みっともなく問い詰めてしまいそうだった。 俺はあかりのなんでもないって、ちゃんとわかってるけど。あかりのそばにいると、……あかりがそばにいさせてくれるから、忘れそうになる。 「あのさ……」 「なっ、何?」 声をかけると、あかりはあからさまにうろたえた。声、裏返ってるし。 「……何、動揺してんだよ」 「何でもないの。瑛くんこそ、何?」 「ああ、うん……おまえさ、最近、こそこそしてるよな?」 「う、うん……」 「で、俺には理由、教えてくれないよな?」 「うん……ごめんね」 「約束、したよな? 昨日」 街灯の頼りない明かりの中で、あかりの目をじっと見つめる。頼りないのは街灯だけじゃなくて、俺の気持ちも。いっそ、すがるみたいな。 「うん。約束、した」 そらされないそれに、内心でひどく安心した。あかりがそう言うなら、もう、いいか。 「なら、いいんだ」 気づくと、もう家の前だった。 あかりが家の門をくぐって、ぺこりとお辞儀をする。これも、いつものことだ。 「瑛くん、送ってくれてありがとう」 「どういたしまして」 いつも、このやりとりをして俺は帰る。その通りに背を向けかけたところで、思い立つ。 「あんま無理すんなよ? じゃあな」 あかりが何をしようとしてるのかはわからないけど、いつも頑張りすぎるから。つい、そんな言葉をかけた。 今度こそ本当に背を向けて、いま来た道を戻る。 たとえ明日、何を言われても、あかりが幸せならそれでいいんだって、何度も何度も言い聞かせながら。 * * * ベッドに横になってもちっとも眠れない。……あいつ、いま、何してるかな。また、チョコを作ってるんだろうか。 去年、クマと絆創膏だらけの手で渡されたチョコを思い出す。 いびつで、不格好で、焦げていて、お世辞にも成功したとは言えないものだった。 申し訳なさそうにこちらを伺うあかりをどうにか安心させたくて、思いつく限りの言葉を言ったような気がする。 俺は嬉しかった。 美味しくなくたって、いびつだって、あかりが俺のために作ってくれたことが、何より嬉しかった。クマとか、傷まで作って。それさえ愛しい。 「…でも、心配だから今年はやめろよな」 伝わるわけもないのに、ぼそりと呟いてみる。 好きな子が、俺だけに作ってくれたものが、こんなにも心を満たすこと、知って欲しかった。やっぱり、うまく伝わった気はしないけれど。 なんだっていいんだよ、本当に。 だってさ、好きなんだ。 「……好きだ……」 言葉にしたら胸が苦しくなって、枕に顔をうずめた。 *************** 書いたひと→さき子 頑張って書きました、が、スミ子さんにおんぶにだっこ状態ですみません…! 短くてすみません…! とにかく、瑛の悶々青少年っぷりが、書いててすごく楽しかったです!(笑) しかしこのままじゃあんまりにあんまりなので、次でしっかり幸せにします。 引き続きがんばります。 back |