2/12 teru side
 廊下で「遅刻、遅刻ぅ〜」と叫びながら駆けていく西本とすれ違った。西本はあかりの親友で、西本が飛び出してきたのは、あかりの教室。昼休みにあかりと西本が一緒に過ごしているのを何度か目にしたことがある。一度なんて、予鈴が鳴ったのにまだ二人して話に夢中で、俺の顔を確認したあかりが、大慌てで西本を急かしたことがあった。あのときのあいつの顔ったら無かった。
 そうだ、あのときも、今日と同じ移動教室だった。……今回ももしかして、そのパターンかな。
 廊下の向こう側で氷上から「廊下を走らないように!」と叱られている西本を目の端で確認して、少しだけ笑った。西本のことじゃない。大方、お喋りか何かに夢中で時間も忘れていたんだろう。一緒に過ごす時間は多かったけれど、あかりとはいつも一緒にいられる訳じゃない。けれど、俺の預かり知らないところでさえ、ほとんど想像通りの日常を送っている姿を垣間見ることが出来た気がして、少しだけ、気分が浮き立った。これは本当に小さな、些細なことではあったけれど。
 昼休み明けの五時間目は、移動教室で、俺が向かっているのも、あかりがいる教室。偶然にも、あかりとは隣りの席だ。
 手のひらで口元を覆って、思わず浮かんでいた笑顔を隠して教室の扉をくぐった。教室に入った瞬間、あかりと目が合った。
 すると、あかりは大慌てで手元の本を机に仕舞い込んだ。その姿はリスか何かが天敵に見つかって大急ぎで巣穴に逃げ込むのに似ていた。概ね可愛いと言える姿だったけど、今は隠しごとをされたことが気になった。席について、周りの生徒に聞こえないように小声で訊ねた。

「…おい、いま何か隠しただろ」

 あかりは目に見えてうろたえだした。明らかに目が泳いでる。……甘い。動揺してるってバレバレだ。
 もたもたしているうちに本鈴が鳴って、教師が入ってきてしまった。あかりは明らかにほっとした様子で「前向いてなきゃ怒られちゃう!」と小声で囁くと前を向いた。
 仕方なく俺も前を向いた。隣りから小さなため息が聞こえた。胸の中で悪態をつく。……全部聞こえてるし、隠しごとしてるってバレバレなんだよ、このボンヤリ。
 ……それにしても、隠しごとだなんて、いい度胸だ。あかりは多分、自分で思っているよりも考えていることが面に出やすい。だから何か企んでいたり、悩んでいたりする時は結構はっきりと顔に出る。
 今だってそうだ。教師の声に反応して、慌てて教科書のページを捲るあかりの横顔を視界の隅で確認しながら、どんどん、気分が捻じれていった。隠しごとをされて面白くないのと……それ以上に、水臭い、と感じていた。
 一人でこそこそなんかしてるなよ。
 そんなことを考えながら、俺も教師の声に意識を集中させた。


* * *


 ――思い出すのは、去年のことだ。
 去年のバレンタインデー。朝からウンザリするほどたくさん、女子からチョコや贈り物の類を手渡されながら、肝心の相手の姿が見えなくて、ずっと焦れていた。
 あいつは……あかりは、どうするつもりなんだろう?
 バレンタインにあかりが誰かにチョコを渡すつもりがあるのかどうか、ずっと気がかりだった。
 一緒に過ごす時間は、客観的に見ても多かったと思う。他の生徒よりも、ずっと。
 だけど、確証みたいなものは全然無くて、焦っていた。だって、あいつ、ボンヤリだし。天然だし。それに最近、妙に人気があるみたいだし……。
 そんな風に、当日が来るずっと前から気になっていたけど、これは流石に本人に直接聞く訳にいかないことだったから、ただ、妙に浮き立った気分で待っていることしかできなかった。
 そんなだったから……去年の二月十四日、屋上であかりから声を掛けられて、手作りチョコレートを渡された時は本当にうれしかった。
 渡されたのは、一体何をどう失敗したらこんなことになるんだろうってくらい見事に失敗した手作りチョコだったけど、本当に、うれしかったんだ。
 あかりが俺のことを、どう思ってるのか、いつも気がかりだったから。
 もしかして、俺ばかりが好きなんじゃないかって、心配だったから。
 だから、本当にうれしかったんだ。

「……なあ、そんな顔すんなよ?」

 あかりはすっかりしょげかえって、うっすら隈の出来た目で、自分が渡した手作りチョコを悲しそうに見つめていた。チョコを渡す時に見えた指先の絆創膏を隠すようにしているあかりを少しでも安心させたくてやりたくて、気がついたら、素直な気持ちを言葉にしていた。

「俺、ホント、うれしいんだ」

 本当に心から出た台詞だった。あかりは心細げに「……ホント?」って聞き返してきたけど、本当だった。嘘なんか言う訳無いだろ、だって、一番欲しかったものをもらえたんだから。……この気持ちが、ちゃんとおまえに伝わっていれば、いいんだけど。


* * *


 放課後、下駄箱の前で屈んで靴をはきかえている亜麻色の髪の頭を見つけた。ずっと五時間目の不可解な行動が気になっていたから、その亜麻色の持ち主に声をかけた。

「おい」

 頭を上げて、顔を確認。途端、その表情が固まる。……相変わらず、分かりやすい反応。動揺してるって丸わかりだ、未熟者。
 その動揺した顔に向け、用意してた台詞を投げかけた。

「もう帰るんだろ? 途中まで一緒に帰らないか」

 あかりは「えっと…」と口ごもって、はっきりしない。……まただ。五時間目と同じ、煮え切らない態度。
 ついには顔を俯かせて、つむじしか見えなくなってしまった。肩が縮こまって、いつもより小さくなって見えた。…………そんなに、イヤなのかよ。

「……別に、何か用事があるならいいけど」

 踵を返して背を向けた。歩き出そうとしたところで、背中にあかりの声がぶつかってきた。

「な、ないよ! わたし、瑛くんと一緒に帰りたい……です」

 ……なんで、敬語。
 振り返ると、やっぱり俯いたままの亜麻色の頭が見えた。小さな白い手が鞄の取っ手を握りしめていた。その手が、必死に呼びとめようとしてるみたいに見えて、目を離せなかった。
 あかりが恐る恐る、という風に顔を上げる。
 ……出た。お得意の上目づかい。
 亜麻色の前髪から黒目がちな目が覗く。泣いている訳でもないのに、やけにキラキラと光る。この目に弱い。
 思わず言葉に詰まって、視線を逸らした。顔が勝手に熱を持つから、手のひらで覆って隠した。……何か、全然、格好がついてないな、俺。

「と、とにかく」

 咳払いをして、仕切り直す。
 一瞬考えて、口をついて出た台詞は結局、こんな風だ。

「じゃあ、行くぞ」

 一体何が“じゃあ”なんだか……。
 居たたまれなくなって、そのまま背を向けて歩き出した。背中越しに、あいつの足音が後からついてくるのが聞こえて、そのことに、ひどく安心していた。


* * *


「…なあ、五時間目のとき、何隠したんだよ」

 学校から十分に離れたのを確認して、本題を切りだした。

「あ、あれは、その……」

 あかりはしばらく口ごもっていたけど、ややあって、言いにくそうに、訥々と語り出した。

「…まだ言えないの。近いうちに、ちゃんと言うから、今は……ごめんね」

 たどたどしいけど、しっかりとした意志みたいなものは感じられたから、頷いてやった。

「それなら、いいよ」

 納得できない部分は多かったけど、頷いた。あかりは天然でボンヤリなところがあるけど、素直なヤツだった。ウソはつかない。こいつが「ちゃんと教える」っていうなら、信じられた。だから……ちゃんと言ってくれるまで待とうと思った。……まあ、すごく気にはなるけど。
 隣りであかりの亜麻色の髪が揺れてる。夕日に照らされて、ほとんど栗色に染め上げられている。横を歩くあかりのつもじの辺りを眺めながら、でも、あんまり無理すなるなよ、と思った。俺も人のことは言えないけど、あかりだって頑張りすぎるところがあるし、一人で色々と抱え込みすぎるところがあるから。

「ふふ」

 ……あかりがニヤニヤ笑っている。「なに笑ってるんだよ」って聞いたら「何でもないよ!」って、やっぱり笑いながら頭を振る。
 ……何なんだ、一体。

「瑛くん瑛くん」

 あかりが俺の名前を呼ぶ。柔らかい声で、耳に優しく響く。「何だよ」って聞き返したら、「わたし、頑張るからね!」と元気に宣言してきた。
 ――だから、さっきから一体何の話だ、と思う。
 顔に出ていたんだと思う。あかりは俺の顔を見るなり、一層笑みを深めて、先に駆けだした。置いてきぼりを食らったような気分のまま、その後ろ姿を見つめていたら、振り向いたあかりがもう一度「頑張るからね!」と言って微笑んだ。
 振り向きざまに亜麻色の柔らかそうな髪があかりの頬の周りで、ふわふわと揺れた。ガードレール越し、あかりの肩越しに見える海が、夕日の眩い光を受けて、明るいオレンジ色に煌めいている。空と海と、あかりの輪郭が輝いて見えた。
 あかりが笑っている理由も、一体何を頑張るのかも全然分からなかったけど、その姿がとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。

「……危ないから、前見て歩けよ」

 数歩先で、俺が追いつくのを待っているらしいあかりに小言をつきながら、足を前に進めた。――まあ、ほどほどにな。本当に言いたかった小言は隠し込んだままで。





***************
書いたひと→スミ子

さき子さんの可愛い×∞なデイジーサイドをドキドキしながら熟読、瑛くんサイドを書き始めたら、最初からMAXクライマックス、デイジーにぞっこんすぎる佐伯くんが出来あがりました。一年前から好き状態ときめい瑛だから仕方ない、ですよね! その割には結構、内心で悪態ついてる瑛くんになってしまい……す、すみません。
佐伯くんは普段、デイジーに対して飾り気のない態度ばかり取りますが、肝心のところで物凄く優しいから不意打ちでズルイと思います。そんな風に、ときどきとても素直な彼にデイジーもきっとドキドキしてるんじゃないかなあ……と夢見つつ、次回デイジーサイドに続きます。次もわたしのターンだったって今気づいて愕然です。頑張ります……!



back




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -