2/12 daisy side | |
昼休み。はるひちゃんとレシピ本を見ながら、どれにしようかと思う。どれもおいしそう。……でも、どれも難しそう。 しばらく眺めてから、盛大にため息をついて本から視線を逸らした。 ──思い出すのは、去年のことだ。 去年の二月十四日、張り切ってチョコを作った。といっても、市販のチョコを溶かしてまた固めてデコレーションするだけの、簡単なもの。 その簡単なものを、遊くんも言葉を失うくらいに失敗した。気づいたら材料のチョコも時間もなくなっていて、迷ったけれど、それを仕方なく瑛くんに渡した。 瑛くんは、なんとも言えないような声を出して、困りきった顔をしながらもわたしへのフォローをしてくれた。「本当に嬉しい」「ちゃんと全部食べる」って。 その優しさが嬉しくて、でも、優しい瑛くんを気遣わせてしまったことが心苦しかった。絶対に、あんなものより美味しいチョコをたくさんもらっているのに。 だから、今年は絶対に失敗しないチョコを渡すんだと張り切ってみたものの、いまだに何を作るのかさえ決まらなかった。 「……もういっそ、高級チョコにしようかなあ」 「え!? あんた、作らんの?」「うーん。どうしよう?」 「絶対、手作りのほうがええって!」 でも、高級チョコなら絶対に美味しいし。 逸らした視線を戻して、もう一度本を見る。パラパラとページをめくる。やっぱり、どれもおいしそうだ。 ちゃんと作れたものを渡したら、瑛くんはすごく喜んでくれると思う。ぐずぐずに失敗したチョコですら、貰ってくれたんだもん。 高級チョコは美味しい。美味しいけど……。 「…そうだよね。ちゃんと、わたしが作ったもので喜んでほしい!」 「そうやでー、その意気や! 頑張り!」 「頑張る!」 レシピ本を読み進めているうちに、ひとつのチョコに目が止まった。 「コーヒー風味のトリュフ…」 「お、ええやん。トリュフやったらそない難しくないで」 「そうなの?」 「切って溶かして混ぜて固めて成形すれば終わりやから」 「そっかあ…。じゃあ、これ、頑張ってみようかな……」 レシピを詳しく見ると、はるひちゃんの言うとおり、そんなに難しくなさそうだった。 去年に失敗したのは、溶かして固めるだけだからってレシピも調べずにやったせいもある。今年はこうしてちゃんとレシピもあるわけだし、だんだんと自分でも大丈夫そうな気がしてきた。 「よし。わたし、頑張るね! はるひちゃん、ありがとう」 「うちは何もしてへんよー。うまくいくとええな」 「うん!」 そのとき、予鈴のチャイムが響いた。はるひちゃんが「次、移動教室やった!」と、こちらに手を振りながら慌てて教室を出て行った。 それを見送って、わたしはさっき決めた「コーヒー風味のトリュフ」のレシピをまじまじと眺めた。頭の中でイメージトレーニングをしてみる。だけど、去年の失敗が邪魔をして、あまりうまくいかなかった。 ため息をついて顔を上げると、ちょうど教室に瑛くんが入ってくるのが見えた。慌ててレシピ本を机の中にしまう。 そういえば次の時間は選択授業だから、瑛くんもこの教室なんだった。しかも、席、わたしの隣だし。つい忘れてた。 「…おい、いま何か隠しただろ」 「え、えっ?」 小声で、こちらにいぶかしげに声をかけてきた。その問いかけが図星なものだから、あからさまに動揺してしまう。 どう言い訳をしようかと目を泳がせていると、本鈴のチャイムとともに先生が入ってきた。 「ほ、ほら。先生、来たよ? 前向いてなきゃ怒られちゃう!」 助かったとばかりに、慌てて瑛くんと同じような小声で言った。 何かを疑うような目をしたものの、瑛くんはそのまま前を向いて、真面目に先生の話を聞き始める。その様子を横目で見て、小さく息をついた。 もし、うまくいかなかったら高級チョコをあげるつもりだから。手作りするつもりなのがばれちゃったら、また失敗したのかってがっかりさせちゃうかもしれない。そんなの、いやだった。 だから、うまくいくまでは、内緒。 「教科書八十二ページを開いてー」 先生の声にはっとして、わたしも授業に集中した。 * * * 「おい」 ホームルームが終わって、帰ろうと下駄箱で靴をはきかえていると、頭上から声がした。 顔を上げると瑛くんで、その顔がちょっと不機嫌そうで、さらにその原因はわたしなので、答えあぐねてしまう。 「もう帰るんだろ? 途中まで一緒に帰らないか」 「えっと…」 「……別に、何か用事があるならいいけど」 そう言うと、瑛くんは淋しそうに踵を返す。 「な、ないよ! わたし、瑛くんと一緒に帰りたい……です」 このまま、わたしのせいでいやな気持ちのままにさせてしまうのはだめだと思った。思ったら、とっさに了承していた。 俯いていた顔を恐る恐る上げて瑛くんの様子を伺うと、「うっ」と声を出して目を逸らされてしまった。 手で顔を覆われているからよく見えないけど、なんとなく顔が赤い…ような? どうしたんだろう? 「と、とにかく。じゃあ、行くぞ」 ふい、と顔を背けて瑛くんは歩き出す。慌てて、それについて行った。 学校から大分離れたところになって、ようやっと瑛くんはこちらを見る。 「…なあ、五時間目のとき、何を隠したんだよ」 「あ、あれは、その……」 案の定、レシピ本のことを尋ねられてしまった。本当のことは言えない。だけど、嘘だってつきたくない。 瑛くんはいつだってわたしに誠実だ。だから、わたしだって誠実でいたい。 「…まだ言えないの。近いうちに、ちゃんと言うから、今は……ごめんね」 「ふぅん。…ちゃんと教えてくれるんだろうな」 「うん」 「それなら、いいよ」 「ありがと」 まだ、少し不満そうな顔をしながら、それでもちゃんと引き下がってくれた。瑛くんは、いつだって優しいんだ。わかりづらいときもあるけれど。 そういうところが、好きだなあ。 「ふふ」 「なに笑ってるんだよ」 「何でもないよ!」 うん。 わたし、瑛くんのこと、すごくすごく、好きだなあ。 「瑛くん瑛くん」 「なんだよ」 「わたし、頑張るからね!」 「?」 きょとんとした顔の瑛くんを見て、わたしはまた笑った。 *************** 書いたひと→さき子 トップバッターなので緊張しながら書きました…! これを書くためにバレンタインをわざと失敗してみたら、瑛の優しさに萌え転がったので彼の優しさを書いてみたんですが……つ、伝わらないごめんなさい。 デイジーがしみじみと瑛のこと「好きだなあ」って思ってるの萌えます。 back |