僕らの恋が春を連れて来ますように | ナノ

見慣れないメールアドレスを表示したスマートフォンが机の上で震えたのは、冬と呼ぶにはまだ早く、秋と呼ぶには寒すぎる、そんな月がやけにきれいな日の夜だった。時間はもう午前1時を回っていて、こんな時間に送ってくるなんて非常識なやつやな、と思ったのも束の間、本文にここから10分ほどの距離にある公園の名前しか書かれていないメールの差出人のアドレスを見て、俺は相手が誰であるかを直感した。すぐにくたくたになったスウェットから着替え、ハンガーにかかっていたジャケットに腕を通す。俺は逸る気持ちを押さえ、震える手で玄関に鍵をした。服を着替えたことに特に意味はない。ただ、そのままで会ったら失礼な気がしただけだ。
俺が公園に着くと、メールの差出人はブランコに浅く腰かけ、悠長に煙草を吹かしていた。辺りは暗く、遠くからなのでよく見えないが、俺の知っている先輩よりかはいくらか痩せ、伸ばされた髪のせいか以前より顔の彫りが深くなったように見える。暗闇のなかを大股で歩く俺を見つけたらしい先輩は、ブランコから煙草を消して立ち上がった。俺はなんの反応も示さずそのままずかずかと歩みを進め、先輩がブランコから離れた瞬間、思い切り振り上げた拳で先輩の頬を強く殴った。案の定、先輩は尻餅をつく。俺は、地面に手をついて睨むように俺を見上げている先輩に、吐き捨てるようにして言った。

「なにしにきたんや」
「おいおい、久しぶりに会ってそれはないやろ。なんかこう、感動の再会みたいなんないんか」
「あるわけないやろ、お前みたいなやつに」

そうだ、こんなやつに感動の再会なんてするはずがない。だってこいつは、俺がまだ高2で、小春先輩が高3だったころ、なんの連絡も相談もなしにある日突然高校を辞めたのだ。そのくせ一丁前に、俺には、小春を守ったってななんて約束を残していくから、その言葉のせいで小春先輩がいままで何度涙を流したかは計り知れない。口には出さなかったけれど俺はずっと、あんなやつのことなんて早う忘れたったらええのにと思っていた。そうして小春先輩は高校を卒業し、大学に進学したが、ユウジ先輩を忘れるどころか、毎日薄くなっていくユウジ先輩の影を忘れまいとすることに必死になり、先月とうとう身体を壊し入院することになってしまった。原因は、ストレスと疲労。もうすぐ退院出来るらしいが、そんなことは関係ない。ユウジ先輩との約束は、小春先輩を守るどころか、縛り付け苦しめる結果にしか成り得なかったのだ。だから、そんな無責任なやつとの再会を、素直に喜べるわけがなかった。
意外にも先輩は突然殴られたにも関わらず、怒ってはいないようだった。へらへらと笑いながら砂を払い落とし立ち上がる姿にまた俺は腹が立って、今度は先輩の胸倉を掴むと、泣きそうになるのをぐっと堪え、先輩の顔に自分の顔を近づけた。

「お前のせいで、お前のせいで小春先輩は、入院するはめになったんや。それやのに、小春先輩が辛くていちばんそばにいてやらなあかんときに自分のすきなことしてふらふらしてたお前に、会って馬鹿みたいに喜べるわけあれへんやろ」
「…いま、なんて?小春が、入院?」

ユウジ先輩の目が、泳いでいる。先輩がそう取り乱すのも無理はなかった。だってユウジ先輩は、いま初めてこのことを知ったのだから。本当は小春先輩が入院することになったとき、すぐにでも知らせたかった。しかしユウジ先輩は高校を辞めてすぐにアドレスを変えていたので、先輩のほうから連絡してくるのを待つほかに連絡をとる術がなかったのだ。その間、小春先輩はなにもかもにたった一人で耐えていたのかと思うと、頭のなかはユウジ先輩に対する怒りとなにも出来ない自分の無力さでぐちゃぐちゃになり、とうとう堪え切れなくなった俺は、ユウジ先輩の胸倉を掴んだまま、声もなく泣いた。

「原因は、わかるやろ、いま小春先輩のそばにおらなあかんのは俺やない、俺やないんや」
「…財前」
「なあ、先輩、お願いします、小春先輩のそばにいてやって、もうどこにもいかんといて、お願い」

俺は先輩の胸倉から手を離し、ずるずると縋るようにその場にへたり込んだ。地面に吸い寄せられるように涙が落ち、いくつかの小さな染みを作る。そんな俺にユウジ先輩は、ごめんな、財前、ありがとうとそれだけを低く呟いてどこかへと去って行った。ひとりになって、暗闇に溶けていくようにして小さくなるユウジ先輩の背中を見つめる自分の呼吸が震えていることに気づくと、俺は先程先輩がしていたように砂を払い落としながら立ち上がった。先輩はきっと、明日には小春先輩の入院している病室を訪れるだろう。何故かはわからないが、妙な確信が、俺にはあった。かじかむ手を温めながら、俺は深夜の公園を後にする。小春先輩が退院したら、真夜中の学校に忍び込んで、またあのころみたいに屋上で弁当を食べよう。真冬にやる花火もいい。とにかく、やり直すのだ、あのときを。大丈夫、俺たちならやり直せる。何度でも、何度でも、また3人で。

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