僕を悼んでくれるなら愛してくれ | ナノ

ここ数日間、しとしとと真っ直ぐな雨が降り続き、それは他でもない梅雨の訪れを示していた。引き戸を開け放してはいるけれど入って来るのはじっとりと絡みつくような蒸し暑い空気だけで、涼しい風もなければ、この天気じゃ来客もない。この部屋のもうひとりの住人である留三郎も、ちょっと用があるからと出て行ったきり、もう小一時間は戻って来ていない。大方、小平太のところにでも行ったのだろう。小平太のところへ行って、ちょっと程度の時間で帰って来られるわけがない。馬鹿だなあ。ぼくは一言そう低く呟いて、薬研を引く手を止めた。
留三郎は、留三郎と小平太が恋仲にあるのをぼくらが知らないと思っている。だが実際は知らないのは文次郎くらいのもので、仙蔵も長次もみんな知っている。そのふたりがどう考えているのかは知らないが、ぼくらにそれを隠し通そうとするなんて、そんなの最初から無理なはなしだ。不器用で、お互いを愛することで精一杯の彼らに、そんなこと出来っこないのだ。

「おい、伊作」
「…留三郎」
「なんだよ、そんなあからさまにいやそうな顔するなよ。ちょっと、相談したいことがあるんだが、いいか?」

そう名前を呼ばれ、顔を上げると留三郎が雨を背にして立っていた。留三郎はぼくの返事を聞くよりも早く部屋に足を踏み入れ、ぼくに向き合う形でゆったりとあぐらをかいて腰を下ろした。べつに、留三郎に対していやな顔をしたのではない。とたとたと近づいて来る足音だけでそれが留三郎のものだとわかってしまった自分に嫌気がさしただけだ。それで、相談ってなんなの。ぼくは先程の嫌気を拭い取ることが出来ないまま、素っ気ないふうに尋ねた。本当は、それは怪我や病気についての相談、それとも小平太のこと、なんていきなり核心をつくことを言ってしまいたかった。が、生憎、ぼくにそんな勇気はない。

「ここ最近、動悸が激しんだよ。ふとした瞬間とか、寝る前とか」
「…他には?眩暈とか息切れとかはあるかい?」
「いや、大丈夫だ」

ぼくは、それなら大丈夫だとにっこりと微笑む。それはきっと疲れからくる一時的なものだから、よく眠ればすぐ治ると思うよという虚偽の言葉を付け加えて。留三郎はそんなぼくになんの疑いも持たず、そうかと納得しきった様子で立ち上がった。ありがとな。留三郎がそう言い残して軽やかな足取りで部屋から出ていってしまうと、部屋のなかには蒸し暑い空気とどっしりとした静寂とちっぽけなぼくの存在だけが残った。ぼくは堪らなくなって石で出来た容器にがしゃがしゃと乱暴に薬草を入れると、薬研でそれを力任せにどんと押し潰した。薬研を握る手に自然と力が籠もると共に、どうしようもないくらい可笑しくなって、ぼくはひとり、声を上げて笑った。
一頻り笑ったあと、先程の留三郎の伏し目がちに照れたような表情を思い出してみた。本当に留三郎は馬鹿だ。あれなら小平太のほうが、なにも考えていないように見えて余程利口かもしれない。ぼくはあのとき言いたかったことを口に出してみる。

「それはね、誰にも治せない病だよ」

お前が小平太をすきなうちはね。すると今度は途端にかなしくなってどうしようもなく泣きたいような気分になった。ぼくは滲む視界を袖口でごしごしと拭う。これじゃまるで、ぼくが羨ましがってるみたいじゃないか。独りでいたって不便なことなんてなにひとつないのに。特別な感情なんてなくたってぼくはこんなにも満たされているのに。べつに、留三郎のことがすきだとかそんなんじゃない。ならどうして、こんなにも虚しさばっかりが後に残るのだろう。涙と汗がひとつになって首筋を滑り落ちていく。ぼくには、小平太や留三郎みたいに誰かを真っ直ぐに愛すことは出来ない。どうしたって、愛せない。

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