ずっとこうしたかった | ナノ

どうしてこうなったのだろう。考えてみても原因はひとつしかなかった。目の前ではその原因である菊丸が子どものようにばたばたと落ち着きなく座敷のなかを走り回っている。そんな菊丸から、今朝メールがあったのだった。いつも外国にいて滅多に日本に帰って来れないんだから、手塚は今日の飲み会絶対参加ね。そんなふうに書かれたメールの本文を指でするするとスクロールしていくと、最後に駅前の居酒屋の名前とご丁寧に住所までもが添付されていた。絶対参加。俺は思わずその言葉を口に出して呟いてみる。絶対だとか必ずだとか、俺はそういう言葉に弱い。なんとなく断る気にもなれず、断る理由も見つからないまま、俺はいまこうしてその飲み会に参加している。部屋の隅に座りながら少し酔いの回った頭で辺りを見回すと、大人びたけれど確かに昔から変わらない懐かしい顔ぶれがそこには揃っていた。昔は、こうして学校、年齢関係なく集まることが出来る日が来るなどとは思ってもいなかった。ひとの密集した空間も篭ったような空気も、お世辞にも心地好いとは言えないものだけれど、やはり俺はなんだかんだみんなの騒がしく楽しげな顔がすきなのだった。
ふと対角線上の部屋の隅へと目をやると、壁に頭をもたれぐったりとしている男がいることに気づいた。それが、跡部だった。俺は酒を片手にわいわいと騒ぐ連中の間を縫うようにして歩き、跡部の隣にそっと腰を下ろした。跡部はそんな俺に閉じていた目を少しだけ開け、なんだ手塚かと言っただけだった。

「どうした、気分でも悪いのか」
「ああ、少しな。酒とひとに酔ったらしい」
「外の空気でも吸ったほうがいいんじゃないのか。ちょうど俺もそうしようと思ってたんだが、一緒にどうだ」

意外にも跡部は俺の言葉に素直に頷くと、覇気のない息を吐きながら立ち上がった。俺は、ふらふらと歩く跡部の足元を気にしながらその後ろを歩く。居酒屋の外はしんとしていた。駅前と言ってもにぎわっているのは駅の反対側に降りたときだけで、こちら側は電車が通り過ぎるとき以外はいつだって一定の静寂を保っている。俺が少し離れた場所にある自販機で水とお茶を一本ずつ買って戻ると、跡部は長い脚を投げ出すようにしてガードレールに腰を下ろしていた。俺は、先程と同じように跡部の隣にそっと腰を下ろす。

「どっちにする」
「じゃあ、水を。みんなお前が来るって知って、ガキみたいにはしゃいでたぜ」
「喜んでいいのか微妙なところだな」
「…まあ俺も、お前が来なかったら、きっと参加してなかったけどな」

そう言って跡部の小さな頭が俺の肩へと寄せられる。跡部が使っているシャンプーの匂いなのか、跡部自身の匂いなのかはわからないが、なにかとてもよい匂いがする。本当に昔は、こんなふうに跡部が無防備な弱さを見せてくれる日が来ようとは予想もしていなかった。ただ緩やかに流れる時間だけが、プライドや責任のせいで石のように固くなった心をほぐし、いまこうして触れ合えるほどの距離を作ってくれているのだ。
俺が水滴でびしょびしょになったペットボトルの蓋をぱきりと回すと同時に、遠くから踏み切りの閉まり始める音がする。電車が通り過ぎたころには、俺たちがいないことに気づいた菊丸が心配そうな顔で俺たちを探しにくるだろう。楽しい時間ほど終わりがくるのは早い。思えば俺の人生はいつだってそうだった。楽しいときはあっという間に過ぎて、苦しいときばかりがいやになるほど長かった。俺が、こんなことを思ってもなにも変わらないとわかっていながら、このときが終わらなければいいと思った瞬間に、ごうごうと音を立てて電車がすぐ後ろを駆け抜けていった。しかしそれに紛れるようにして跡部の言った言葉は確かに俺の耳に届いていたし、どうしてもあと一歩が踏み出せない俺の背中を押すにはそれだけで十分だった。俺は跡部の手を奪って走り出す。行き先は、もちろん、決まっていない。

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