みんな燃やそう、火の粉を散らして | ナノ

金吾がぼくをすきだと言ってくれてから、たくさんのものを手に入れて、またそれと同じくらいたくさんのものを失った。たとえば、いままであまりすきではなかったこのやわらかく明るすぎる茶色の髪は、金吾がすきだと言ってくれたからすきになったし、逆にいままですきだった椿の花は、金吾が落ちた首を連想されるから嫌いだと言ってからはぼくも嫌いになった。だがそれをいやだと思ったことは一度もなかった。むしろ自分のなかに金吾の色が混じって、日に日に違う色になっていくのが嬉しかったし、なによりそれが、心地よかった。
その夜、金吾はいつものように蝋燭の小さな光の下で刀の手入れをしていた。一方のぼくは珍しく本を読むことに夢中になっていたので、金吾がぼくをじっと見つめていることに気づくのが遅くなってしまった。金吾はぼくと目が合うと気不味そうな顔をして、光に照らされて鞘の先からぎらぎらと覗く刀へとさっと視線を戻す。そんな目と目のやり取りが何度かあり、なんとも言えない気持ちになったぼくはついに金吾に問うてみた。

「どうしたの?」
「あ、いや、喜三太には、緋色が似合うなと思って」
「緋色?」
「そう、東洋の踊り子みたいな」

一瞬、見たことのない緋色がどんな色なのかを思い浮かべるために視線を天井に向ける。それからまた金吾に視線を戻すと、金吾の手は鞘に入った刀を強く握り締め、わなわなと震えていた。おまけに鈍い嗚咽まで零れ始めていて、そこでやっと金吾が泣いているのだと理解する。ぼくは金吾が泣くなんて滅多にないことに驚いて、栞を挟むのも忘れ、本そっちのけで金吾に駆け寄った。

「…金吾?」
「ごめん、喜三太、ごめん、俺、お前は物じゃないのに、自分のものにしたくて堪らないんだ。こんなの俺の、エゴの塊でしかないのに」

そう言って金吾はぼろぼろと涙を零しながら俯いた。金吾の口からは、堰を切ったダムのように何度も何度も、ごめんが生み出されていく。金吾が謝罪を重ねる度にぼくの心には罪悪感にも似た感情が、長く尖った氷柱のように突き刺さっていった。ぼくは物だってなんだっていいのに。むしろ金吾の物にして欲しいし、金吾だけにぼくを独り占めしてもらいたい。ぼくがそう思えば思うほど金吾が傷つくことになるとわかっているのに、それでもやっぱり出来ることならそうして欲しいと思ってしまうところが、ぼくのほうが金吾より大きなエゴを抱えているに違いなかった。

「…軽蔑、しただろ、ごめん、でも俺、お前がすきなんだ」
「泣かないで、泣かないでよ、金吾ぉ」

そう言ってぼくは肩をぶるぶると奮わせ、声を無理矢理抑えるようにして泣く金吾の肩をぎゅっと強く抱きしめた。さっき風呂に入ったばかりだと言うのに、金吾の首筋からは染み付いた土の匂いがしている。いつも汗にまみれて鍛練をする背中はとても大きくて堅いもののように見えていたのに、こうして実際に腕を回してみると、それは底のない沼のように柔らかく弱々しいもののように思えた。
それから金吾の腕から鞘に仕舞われた刀がごろりと転げ落ち、太い腕に抱きしめられながら、ぼくは気づいてしまった。きっと、ぼくのなかに金吾の色が混じっているのではなくて、ぼくのほうが金吾の底のない沼へと溶け始めていたのだ。しかしもう、戻ろうとするには遅すぎた。ぼくは金吾の腕をとって立ち上がる。行こう。金吾は顔を涙でぐしゃぐしゃにしたまま、まるでわけがわからないというような表情でぼくを見上げている。緋色を、探しに行こう。その、東洋の踊り子みたいな色を、お願いだからぼくにも教えてよ。弱々しい声でそう言ったぼくを金吾はまた手招いて、ぎゅうと強く抱きしめた。どろどろに溶けあって、どちらのものともつかなくなった幸せと悲しみが、痛いほどに苦しい。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -