きみが想う誰かは死ねばいい | ナノ

委員会が終わり、誰もいないはずの教室へ帰ると、ホームルームはかなり前に終わったはずだというのに文次郎が私の席に座り、退屈そうに肘をついて窓の外を眺めていた。しかしあまり嬉しくはなかった。なぜなら、今日留三郎から文次郎に彼女が出来たことを聞いたばかりだからだ。留三郎から聞いたはなしでは付き合うことになってもう四日ほどが経っているらしいが、文次郎はそんなことは一言も言ってはいなかったし、言おうとする素振りすら見せなかった。どうして私にだけなにも言ってくれなかったのか、そもそもどうして付き合うことにしたのか、それらの疑問の全てが私の心を波立て収まるということを知らない。そんな状態で文次郎に会って、一体なにを話せばよいというのだろう。しかし性格上、自分の弱さを他人に悟られるのはなによりも嫌いだった。だから、文次郎にこの動揺を悟られないようにしなければ、と思ったときにはもう思ってもいない言葉の数々が流れるように口から零れ落ちていた。

「彼女が出来たそうだな、結構なことじゃないか。そうだな、お前は鈍感だからな、女の言うことにはよく気をかけるんだぞ。それから…」

文次郎は相変わらず窓の外を眺めたまま動かない。そのとき初めて、文次郎がこちらを向いていなくてよかったと思った。いつもと変わらず話せばよいのだと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、顔が引き攣りうまく笑えなくなる。自分の声であるというのに自然体を装えば装うほど、普段自分がどのくらいのトーンで話していたか思い出すことが出来ない。もう文次郎が私のはなしを聞いているかいないかは、さほど問題ではなかった。どうやったら私はこの空間から抜け出すことが出来るのか、ぺらぺらと嫌みにも似たアドバイスを零しながらそんなことを考えていると、文次郎が私の言葉を遮るように溜め息混じりに続けた。

「お前は、そう言うんじゃないかと思ってたよ」
「は?」
「殴られる覚悟で待ってたのにな。なあ、頼むから」

泣かないでくれ。このとき初めて文次郎の顔を見た。窓の外に視線を向けるのを止めこちらを向いた文次郎の顔は、眉間に皺が寄り、唇も不自然に歪んでいた。いま初めて私の顔を見たはずなのに私が泣いていることに気づいていたということはきっと、私の心中の動揺も文次郎には自分のことのようにわかっているに違いない。そうであるなら、もう自然体を装う必要もなくなった。私はこのとき初めて、他人の前で顔を歪めて泣いたのである。
文次郎はそんな私の手を取って、そんなひどい顔をして泣くなと私の頭を自分の胸元へと引き寄せた。恐らく彼女は文次郎のこういうところに惚れたのだろうなと思うと同時に、私のほうがずっと先に文次郎に惚れていたのにという嫉妬が水を零したようにじわじわと心に広がった。いま私が、付き合うのをやめてほしいと言ったら文次郎はきっとすぐにでも彼女に別れを切り出すだろう。だが私がそれを言わないのは、文次郎のこの優しさがなにより心地好いからだ。文次郎が彼女より私に優しくしてくれるのが嬉しくて、私のほうが愛されているという優越感に浸りたくて、こうしてなにも言わないまま大人しく文次郎に慰められているのだ。私は文次郎の胸に頭をつけたまま、窓に映った自分の顔に目をやった。ああ、いまの私は醜いな。目も頬も鼻の頭もみんな真っ赤にして抱き寄せられているいまの私は、本当に、醜い。

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