大人になりたい | ナノ

姐さんがいつか誰かのものになるなんて考えたこともなかった。姐さんはずっとみんなのものであって、どこにもいかないものだと勝手に思い込んでいたのだ。だから姐さんが結婚するだなんて未だに信じられないし、それを受け止めてしまったら本当に姐さんが遠くへ行ってしまうような気がして、とてもじゃないがそれを受け止めようという気にもならなかった。俺は、足掻いたってどうにもならないのをわかっていながら落ち着きなくロビーの行ったり来たりを繰り返す。結婚式は式場ではなく、このちょっといいホテルの広間を借りてやるらしい。姐さんは最初ウエディングドレスを着るつもりはないと言っていたらしいが、人生で一度くらいは着ておくべきだという周りの強い意見に負けて渋々一着だけ着ることにしたのだと、いつだか神楽が教えてくれた。俺はそういう淡泊なところが姐さんらしいと思った。でもそれならべつに結婚式だってやらなくてもいいと言って欲しかった。なんだかんだ言いながらもやはり結婚への憧れを捨て切れない姐さんの姿を見ていると、その度に俺は姐さんが俺たちの姐さんである前に、歴としたひとりの女であったことを痛いほどに思い知らされるのであった。
きちんとした結婚式ではないので丁寧な挨拶や進行もそこそこに、すぐに自由に食べたり呑んだり出来る時間となった。姐さんもウエディングドレスのまま、お祝いに駆けつけたひとの間を縫うようにしてふらふらと歩き回っている。姐さんが着ているウエディングドレスは下にボリュームのあるものではなく、胸から足元へとすとんと落ちる随分とシンプル且つタイトなものだった。姐さんの、申し訳程度の胸の膨らみが下へと影を落としている。俺は姐さん、と声をかけた。きれいに化粧を施した顔が俺を振り返る。

「あら、沖田さんじゃないですか。来てくださったんですか?」
「姐さんのめでてェ日と聞いちゃ、行かないわけにもいけねェってもんでさァ」
「そう、来てくれてどうもありがとう、ゆっくりしていってくださいね」
「…姐さん、あんたいま、幸せですかィ」

ええ、とても。姐さんはそう言って、俺の突然の問いに俺がいままで見たこともないような女の顔で微笑んだ。そこまで考えたことはなかったけれど、もし俺が姐さんと結婚することになっても、俺じゃ決して姐さんにあんな顔をさせてあげることは出来ないだろう。だから俺は姐さんに選ばれることもなかったし、姐さんの色恋沙汰に名前が挙がることもなかったのだ。あんなに夢見ていた姐さんの隣はもう、俺ではないべつの男のものとなっている。俺は姐さんを誰よりも慕っていた。元より姐さんがみんなのものであるだなんて考えたことはない。最初から自分だけのものになればいいと考えていた。しかしいまさら姐さんについてをあれこれと並べ立ててみても、それは若かりしころの青臭い記憶以外のなにものにもなることはないのである。
そうして慎ましやかにではあるが式の最後に行われたブーケトスは、神楽がそれを物にした。本当は全力で取りに行ったくせに、さも自然と自分の手元に落ちてきた、みたいな顔するところが姐さんに似てきたように思う。神楽も俺とはべつの意味で姐さんを慕っている。ふと、姐さんが幸せならそれでよしとしようではないかと思った。ここにいる全員が姐さんの幸せを願うように微笑んでいることに気づくとなんだか急に涙腺がじわじわと緩んだけれど、これでいいのだ。行かないでと姐さんの細い腰にしがみついて泣く神楽の頭を、笑いながらいとしそうに撫でる姐さんが選んだひとなら、それで。

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