あなたと一蓮托生 | ナノ

高校生のころの彼は勉強も出来たし人望も厚かった。後輩からも慕われていたし、教師からもいつも期待されていたように思う。高校最後の年の彼は生徒会長を勤めていて、ひとの上に立っても決して威張らないところにとても好感を持ったのを覚えている。彼はわたしが将来記事を書く仕事に就きたいと思っているのを知ってか知らずか、なにか配布物を作るときにはいつもわたしに仕事を任せてくれたし決まって出来を褒めてくれるところも素直に嬉しかった。いま思えば、あのころのわたしはかなり彼に惚れていたのだと思う。しかし当時のわたしは残念ながら、その感情の全てを上手く彼に伝える術を持ってはいなかったのである。
それは高校生のころ、わたしが担任に頼まれて体育館裏の機具庫へ向かったときのことだった。そのときの彼は地面に腰を下ろし機具庫の壁に背中をもたせかけながら煙草を吸っていたのだが、わたしと目が合ってもばつの悪そうな顔などは一切せず、むしろ、おーなんて言って呑気にひらひらと手を振ってみせた。わたしは、彼が未成年であるのに煙草を吸っていることをあまり気にしてはいなかったので担任から頼まれ事をしていたことなどすっかり忘れ、彼に手招きされるまま彼の隣に腰を下ろした。

「大学、推薦決まったんでしょう?ばれたらやばいんじゃない?」
「そうかもな」
「まあ、あなたのことだから、どうにか上手くやるんでしょうけど」
「それ、褒めてんのか?」

嫌みに決まってるでしょ、とわたしが言うと彼はまた煙草を口に含み煙と共に乾いた笑いを零した。すると突然彼が空いているほうの手でわたしの頭を撫でたので、わたしは驚いたように彼の顔を見た。彼はいつもとなにも変わらぬ表情でわたしを見つめ返したけれどわたしにはわかる。誰にも言ってはいないけれどもう長いこと彼と付き合っているわたしには、なにも言わなくても彼が次に言おうとしていることが、流れ込むようにわかってしまうのだ。

「俺さ、高校卒業しても、お前みたいにいい女は絶対いないと思うんだよな」
「…うん」
「でも、俺よりお前を幸せにしてやれるやつはいっぱいいるわけだろ?俺が将来やりたいのは、収入が安定してるような仕事じゃないし。だから俺はさ、ここらで身を引こうと思うわけ」
「…うん」
「楽しかったよ、お前の彼氏になれて」

わたしも、楽しかった。わたしも、たぶん彼も、そう言うのが精一杯だったのだろうと思う。彼は、泣いたりはしなかったけれど泣きそうなわたしの口に吸いかけの煙草をそっと置くように銜えさせ、お前も共犯だなと意地悪く笑った。これはふたりだけの秘密な。そう言って去っていく彼を引きとめるようなことはしなかった。普通の関係に戻ってもふたりは繋がっていることを示すふたりだけの秘密を残していってくれた、彼の優しさを無駄にするようなことはしたくなかったからだ。こうしてわたしたちは、誰にも知られずに始まり、誰にも知られずに終わったのだった。
そして彼はいまわたしの横で眠っている。突然、ほとんど仕事のことでしか鳴らない携帯に彼からの連絡が来たときは驚いたけれど、飲みに行かないかという誘いにはあまり驚いたりはしなかった。もう随分長い間離れてしまっていたのではっきりとはわからなかったけれど、彼のその言葉から次に言おうとしていることがなんとなく感じ取れたからだ。居酒屋で呑みながらたわいのない会話をして、それからわたしたちは流されるようにホテルへと向かった。セックスが終わってわたしが汗ばんだ肌をくっつけるようにして彼の胸に頭を寄せると彼はまたあのときみたいに、共犯だなと乾いた笑いを零した。規則正しい寝息を立てる彼を起こさないように、わたしは彼の枕元にある煙草の箱から高校生のときから銘柄の変わらないそれを、一本だけ抜き取って口に含んだ。これはふたりだけの秘密。あの日の彼の言葉を煙を吐き出しながら反芻する。来月彼は、5歳年下の一般女性と結婚するのだそうだ。べつに彼から幸せを奪ってやろうなんてそんなことは微塵も思ってはいない。でも、結婚したあとも覚えていて欲しいとは思う。そんな女もいたような気がするなあ程度でいいから、わたしをずっと頭の末端に置いていて欲しい。彼を思う気持ちはあのころから1ミリも変わってはいないのに、わたしの肺をじりじりと汚す煙だけが、あのころの何倍も何倍も苦かった。

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