来世の君に、幸有れ | ナノ

なんとも幸せな夢から目を覚ますと、花粉のせいなのかなんなのか鼻をぐしゅぐしゅと鳴らす坂田が俺の顔を覗いていた。なにしてんだと俺が問うと、ちゅーしようとしてたと鼻の詰まったような間抜けな声で坂田から答えが返ってきた。俺は笑い混じりにふざけんなと零してから芝生に寝そべったまま、ぐっと伸びをする。それは、まだ季節は冬だというのに、春だと勘違いしてしまいそうなほどに日差しの温かな日のことだった。

「お前、寝てるときなんかすごい幸せそうな顔してたよ、なんかあったの」
「夢、見てたんだよ。なんか、すげー幸せな夢」
「ふうん。それ、どんな夢?」

坂田が、興味があるのかないのかどちらともつかないような口ぶりで言う。いつもなら忘れてしまうはずの夢の内容も、今日ばかりははっきりとなにもかもを鮮明に覚えていた。きっとそれほどに俺は嬉しかったのだろう。たかが夢如きでそこまでになってしまう、自分の女々しさに呆れるのもそこそこにして、俺は夢の内容を反芻するように話し始めた。
夢のなかの世界はいまとは全く違う、着物でもなければ刀も持っていない、未来の世界のようだった。俺の隣には坂田が座っていてやさしい顔つきで俺の頭を撫でている。ほかにもふたりで食卓を囲んだり並んでテレビを眺めたり、ふたりっきりで会うことさえ難しいいまとは大きく違う世界で、俺も坂田も、随分と幸せそうに笑っていた。俺がそこまでを一息で話すと、突然坂田が不思議だな、と言って後ろに倒れ込むようにして寝そべった。なにが不思議なんだよ。俺が驚きと困惑を半々にして隣に寝そべる坂田に言葉を投げかけると、坂田は最初に大きく鼻を啜ってそれから顔全体に受ける日の光に目を眩しそうに細めて言った。夢のなかの坂田が、だいすきなイチゴミルクのようなきれいなピンクのTシャツを着ていたことが、俺にはひどく印象的だった。

「俺も、同じような夢見たんだよ。俺もお前も、夢んなかですげー幸せそうだった。なあ土方、もしいつか俺を切らなきゃいけないときが来ても、絶対に俺を生かしたりすることはしないでくれよ」
「…わかってるよ」
「そんな恥ずかしいことになったら、来世のお前に顔向け出来ねえしな」
「…来世が、夢のなかみたいな世界だったらいいな」

俺がそう言うと坂田は顔だけをこちらに向けて、俺をすきになってくれてありがとうなと言った。不意の、出来事だった。いままでで坂田から面と向かってそんな言葉を貰ったのは初めてだったので、また驚きと困惑がぐちゃぐちゃになってなんて返したらいいのかもわからないまま、俺はみっともなく泣くことしか出来なかった。それからしばらくして、ふたりで川に沿うように続く道を歩いた。そうして最後には必ず、ふたり反対の方向を向いて別れるのだ。俺と坂田は決して一緒にいてはいけない、いつかは斬らねばならない存在だ。だから、正義という名の剣を振りかざすことを仕事としている以上、そんな姿を街のひとに見られるわけにはいかないのだ。俺だってそのことを十分理解しているし、坂田だって同じように理解してくれていると思う。そう頭ではわかっているのに俺はいつも、反対側へと去っていく坂田の背中が見えなくなるまで、その場から動くことが出来ない。今日も徐々に小さくなっていく坂田の背中を見つめながら、本当に、来世が夢のなかのような世界だったらいいと思う。ひとを斬ることも刀も必要ない、ふたりっきりで会うことも難しくない、そういう世界に、出来ることなら、俺は生まれ変わりたい。

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