あなたと彼の恋が柔らかなものでありますように | ナノ

小春っていっつも笑顔やからあんま気付かれへんねんけど、ほんまはめっちゃ弱いねん。やから、これからはお前が俺の代わりに、あいつを守ったってな。ユウジ先輩が一方的に俺の小指に自分の小指を絡め、勝手に約束をしていった日のことをぼんわりと思い出していると、消毒液をよく含んだ綿がなんの予告もなく切れた口元に触れたので、俺はびりりとした痛みによって無理矢理現実へと引き戻されてしまった。反射的に顔を後ろに引っ込めると、小春先輩も申し訳なさそうに綿を掴んだピンセットごと手を引っ込める。すいません。俺が謝らなあかん理由なんてなにひとつもないはずやのに、小春先輩の顔を見たら罪悪感にも似たそれが俺をいっぱいに満たしどうにも謝らずにはいられなくなってしまった。小春先輩はまた何事もなかったように、男にしては白く華奢な手を動かし始めた。

「光、あんた、そんなに強くないんやから、喧嘩ばっかりしたら、あかんよ」
「やって、あいつら小春先輩のこと、その、気持ち悪いって」

今日はどこで授業をさぼろうかと歩みを進めている途中だった。その途中、俺は聞いてしまったのだ。購買の前ですれ違う男ふたりの口が、楽しげに小春先輩を悪く言う言葉を零すのを。俺は頭で考えるよりも先にその男の肩を掴み、気付いたときにはもうその男の頬に爪の色が変わるほど強く握った拳をお見舞いしたあとだった。相手もこの状況をやっと理解したのか、俺が殴ったほうではない小柄な男が思い出したようになにやら大声を上げて詰め寄ってきた。しかし相手が二人組だろうと先輩だろうと俺には関係なかった。小春先輩のことを悪く言ったに変わりはないからだ。
俺には、どうして恋愛対象が同性というだけでこんなにも煙たがられてしまうのか、まるで理解が出来なかった。だからユウジ先輩と小春先輩が付き合っていると知ったときも大して驚かなかったし、むしろそれを公言していることに感動を覚えたくらいなのに、どうしてこいつらはそれがわからないんやろう。殴っているときも殴られているときも俺はずっとそんなふうなことを考えていて、授業が終わるチャイムが聞こえ心配そうな顔をして救急箱を抱えた小春先輩がこの屋上に現れるまで、殴られ響くように痛む腹を抱えながらうずくまっていた。ユウジ先輩だったら、絶対にこんな情けない姿を小春先輩に見せたりはしないだろう。あいつらをぼこぼこには、出来ないだろうけど。

「ひとはね、自分と違う生きものは、どうしても受け入れられへん生きものなんよ。でも、ありがとうね、いつもそうやって、わたしのために喧嘩してくれて」
「…別に。俺は、ユウジ先輩との約束、仕方なく守ったってるだけですから」
「…そう、ユウくんが…」

小春先輩は納得したように一度だけ頷くと、俺の切れた口元に丁寧に絆創膏を貼り救急箱を脇に抱えて立ち上がった。ありがとうね。小春先輩が俺に背を向けたまま言う。二度目のありがとうは、きっとユウジ先輩との約束を守ってくれてありがとうという意味なのだろう。小春先輩がそっと顔に手を当てるのを見て、やっぱり、小春先輩のそばにおるのは、ユウジ先輩やなくちゃあかんのやなあと思う。俺じゃあ、小春先輩を笑顔にさせるどころか笑かすことさえも出来ないし、ユウジ先輩みたいに強くもない。なにより、たったひとりだけを大切にするなんて、俺には出来ない。俺の居場所は、ユウジ先輩と小春先輩のふたりが一緒にいて初めて完成する。俺にはふたりともが、同じくらい、大切なのだ。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、小春先輩が自分のクラスに帰ってしまうと、以前3人で笑いながら弁当を食べていたこの場所がひどく殺風景で、さみしい場所のように見えた。俺は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、画面ではないほうをこちらに向けた。前に、無愛想な顔をした自分となんとも幸せそうな顔をしたユウジ先輩と小春先輩の3人で撮ったプリクラが同じようにこちらを見つめ返している。ユウジ先輩、ごめんなさい。俺はまたあなたの天使を、泣かせてしまいました。やっぱり俺には、あなたの代わりは無理っすわ。いつもなら、いつの間にか俺の背後に立っていてなにかとちょっかいを出してきた先輩からの返事も、いまはもうない。俺はもう既に授業の始まっているはずのクラスには戻らず、もう一度びゅうびゅうと容赦なく冷たい風を受ける屋上へと腰を下ろした。イヤフォンを耳に嵌め、音楽を再生するとユウジ先輩のすきだった洋楽ががちゃがちゃと俺の鼓膜を揺らす。殴られた腹の痛みは、不思議なほどよく消えていた。しかしたとえ傷が癒え、痣が残らずとも、ユウジ先輩がいなければこの屋上は、俺と小春先輩のふたりには、かなしいくらい、広すぎる。

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