前世の君よ、強く在れ | ナノ

不思議な夢を見た。ひとを何百、何千と斬る夢だ。もちろん俺がじゃない、あいつがだ。夢のなかの俺は、おそらくいまで言う警察みたいなもので、どこまでも続く広野を返り血を浴びて体のどこそこを真っ赤に染めながら走る坂田を必死に追っていた。坂田がひとを斬らねばならない理由も俺が坂田を追わねばならない理由も、なにひとつわからなかった。夢のなかなのだから当たり前だ。俺が見たくてこれを見ているわけではない。夢は俺の意志とは関係なく、まるで一本の映画を観ているかのようにどんどんと進んでいく。突然、広野のど真ん中で坂田が立ち止まり、持っていた刀を捨てた。俺も坂田もふうふうと肩で息をして呼吸を整えようとしていたが、俺の右手は震えるほど強く刀を握り締めたまま、決して離そうとはしなかった。

「おいおい、泣くなよ。お前斬るひと、俺斬られるひと、いまはそれ以外必要ねえだろ」
「…わかってる、わかってるけど、でもどうしても、俺はお前になにかしてやれたのかなって考えが、頭をちらついちまうんだよ」
「お前は、俺が一番嬉しいことをしてくれたよ、俺をすきになってくれた。こんな俺をすきになってくれたじゃねえか」

斬る理由も追う理由も、なにひとつわからなかったが夢のなかの俺が刀を捨てない理由だけは、なんとなくわかってしまったような気がする。俺は斬らなければならない。正義という名の剣で、理由はどうであれ何百、何千とひとを斬った坂田を、この手で斬らねばならないのだ。

「土方、俺、絶対に生まれ変わるよ。そしたら、お前はまた俺を、すきになってくれるか?」
「当たりめえだろ、約束する」
「そっか、それなら大丈夫だ。なあ、ちょっと一服してえよ、煙草一本くれ」

俺は震える手で火を着け坂田に煙草を手渡した。坂田はそれをぎこちない動きで口に銜えると、煙を吐き出すふりをしてゆっくりと俺に背を向けた。斬れ、ということなのだろう。俺は刀を握る手に力を込め思い切り腕を振り上げる。夢のなかの俺は、なんの躊躇もなくそのまま腕を勢いよく振り下ろし、見たくない、と思った瞬間にぱっと目が覚めた。覚めたばかりの目の前には血塗れではないいつもの坂田の顔があって、俺の顔を上から心配そうな表情で覗き込んでいる。お前、なんかすごいうなされてたよ、大丈夫なの。俺は起き上がってもまだどくどくと激しく脈を打つ心臓に手を当てながら、心配そうな顔のままの坂田に大丈夫だと答えを返した。なんとなく顔を拭うと頬が不自然に濡れている。どうやら夢を見ながら、俺は泣いていたらしい。そりゃ、坂田も心配するわけだ。

「なあ、ひとつ、変なこと聞いていいか?」
「おー」
「お前さ、約束、覚えてる?」

コップのなかの水道水をごくりと飲み干してから、俺は坂田に聞いてみた。テレビのクイズ番組に夢中の坂田からは、はあ?お前なに言っちゃってんのとかいまテレビで忙しいからあとでとか、そういう投げやりな答えが返ってくるだろうと思っていたが、しかし今日ばかりは違ったらしい。覚えてる。覚えてるよ、としっかりとした返事が返ってきた。俺が驚いて坂田のほうを見ようとすると、坂田のほうが先に俺を見つめていた。俺はなんだか恥ずかしくなって、ぶっきら棒に、煙草なんか吸えねえくせに格好つけてんじゃねえよと言うことしか出来なかった。テレビの前にあぐらをかいて座る坂田の隣に腰を下ろすと、坂田がごめんねえと間抜けな声を上げる。本当に不自然な夢を見た、と思う。隣でテレビの画面を食い入るように見つめていた坂田が、いきなり呟くようにして、また俺をすきになってくれてありがとねと言ったので、とうとう俺はまたみっともなく泣いてしまった。俺の頭を撫でる坂田の手が馬鹿みたいにやさしい。俺たちはきっと、いや、間違いなく、同じ夢を見ていた。

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