君と世界の終わり | ナノ

安い酒の缶をひとつ、またひとつと空けていくうちにただぼんやりとした孤独が水を含んだスポンジのようにむくむくと大きくなるのを感じていた。嫌いな静寂を埋めるために流しているだけのテレビからは、虚しすぎる笑い声が止むことなく溢れ続けている。もうお前と会うことは出来ないと真田に言われたのは二ヶ月ほど前のことだ。真田に彼女がいることは以前から知っていたが、その彼女が俺と真田が会うことをあまりよく思っていなかったとは知らなかった。真田が俺の家で呑んで帰ったあの夜、ひとり家で待っていた同棲中の彼女は真田が帰ってくるなり涙混じりに、もうあのひととは会わないでとそう言ったらしい。真田は女のそういう行動に弱いから素直に謝り、もう会わないと約束したらしいが、俺から言わせればそんなの、ただの女の醜い嫉妬だ。
さきほどより酒が回ったせいか、ここ何年かのうちに真田と知り合ったお前に、学生のころからずっと一緒にいた俺たちの仲を引き裂ける権利はどこにもないと顔も知らない真田の彼女に対してひどい悪態ばかりが口を衝いた。もし今夜、真田の彼女が家にいたなら俺は間違いなく殴りに行っていただろう。しかし俺は知っているのだ。会うことは許されていなくても密かに連絡を取り続けているメールで真田が言っていた。今夜彼女は、会社の飲み会で遅くなるのだと。俺だったら真田をひとり家で呑ませるようなことは絶対にしない。俺はぼんわりとする頭でテーブルの上に無造作に置かれた携帯と鍵を持ち、ダッフルコートに袖を通すと家を出た。もちろん行き先は、真田の家に決まっている。

「さーなだくん」
「…幸村?どうしたんだ、お前まさか、酔っているのか?」

真田はドアを開けて俺の顔を見るなり、驚いたような顔をしてそう言った。俺はそんなことないよと答えたけれど、足を上げた途端玄関のわずかな段差に躓いて真田に支えられる形となってしまった。そのまま心配そうな顔をした真田の腕を引いてひとの家の廊下を我が物顔で進み、余計なもののないすっきりとしたリビングへ入ると、真田は俺をよく沈むソファへと座らせよく冷えたミネラルウォーターを手にぎゅっと強く握らせながら言った。

「どうしたんだ、急に、そんなふうに酔うなんてお前らしくもない。それに、もう会えないと、前に言ったはずだろう?」
「ちょっと真田に意地悪したくなったんだよ。ねえ真田、このままどこかに行かない?たまには一緒に呑みに行こうよ、ね?」

俺がそう言うと、真田の瞳が一瞬だけ揺らぐのがわかった。ミネラルウォーターを喉に通す度にこくりと喉が鳴る。しかしすぐに真田の瞳はいつもの深い黒をした瞳に戻り、はっきりとした口調で、それは出来ないと俺の目を捉えて言った。

「あいつが、泣くところはもう、見たくないのだ」
「…じゃあ、キスしてよ」
「…それも、出来ない」

すまない。真田の低く、申し訳なさそうな声がしんとした空間によく響く。真田の顔に、また心配そうな色が差していくのを見て、きっと俺はいまとてもひどい顔をしているのだろうなと思う。悲しみでも憎しみでも絶望でも、どんな言葉を使っても言い現せないような、そういう顔だ。

「ごめん、俺、帰るね」
「…送っていく」
「いい。ひとりで帰れる」

真田は、もう一度すまないと言って俺を送り出した。俺はこの時間帯ではもう車も通らない海までのひたすらに真っ直ぐな道を歩きながら、ただじっと考えていた。頭のなかには、結局俺はなにがしたかったんだろうという問いがぐるぐると回っている。あのまま真田とどこか行ってしまっていたら、あのままキスしてしまっていたら、俺たちはきっと友達は疎か知り合いにすら戻れなくなっていただろう。ずっとあんな彼女と付き合っている真田のほうが可笑しいと思っていたのに、真田のほうが余程賢明だった。醜い嫉妬を押し付けていたのは、他でもない、俺のほうだったのだ。
しばらくして海に着くと、俺はなにも見えないしんと冷えた砂の上に倒れ込むように横たわった。誰かをこんなに憎いと思ったのは初めてだった。しかしそれが真田に向けられたものなのかそれとも、真田の彼女に向けられたものなのかはわからない。わかりたくもなかった。俺の身体の下敷きになった、さらさらと音を立てる可哀相な砂たちは、俺から憎しみと悲しみだけを残して、容赦なく体温だけを奪い取っていく。真田は、真田から俺を引き剥がしたあの彼女と結婚するつもりなのだろうか。きっと会うことも許されないのだから、当然結婚式に呼ばれることもないだろう。どうせ招待されたって出てやるつもりなど毛頭ない。酔いなどは、もうとうに覚めていた。どこまでも黒々とした光を湛える夜の海は、温い涙が頬を伝うなか鋭い寒さが胸だけを突いて、心が千切れてしまうんじゃないかと思うほど、痛かった。

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