不本意だが見慣れてしまった高級マンションの前で、俺はそっと溜息をついた。
何でこう毎日毎日、と思うのだが、仕事なのでしょうがない。

郵便局員という仕事は好きだ。
人と触れ合えるし、手紙を届けて嬉しそうな顔をしてくれるとこっちも嬉しい。

しかし、だ。
最近の憂鬱の原因は、新しく配達区内になったある男のせいである。
折原臨也、という、珍しい名前に見慣れてる俺でさえ珍しい、と思う名前の男。
珍しいのは名前だけじゃない、あいつの脳内は珍しいとかもうそういう問題じゃないのだ。
変態だ。ただの変態。

初めて手紙を届けた日にベタベタと触られて以来、二度とあいつの家には配達しないと誓ったが、そもそも仕事だから逃げられない。
何の職業かは分からないが、書留とか本人手渡しの必要な書類ばかりで、ポストに突っ込んでおくわけにもいかない。
この仕事を始めてから暴力をふるうことは少なくなったのに、あいつの顔を見る度にぶん殴りたくなるんだああムカつく!

無駄に広いエレベーターで最上階に上る。
どう考えても俺とそう変わらない年齢の奴が一人暮らしをするような値段じゃないはずだ。
出ないでくれ出ないでくれ、祈りながらインターホンに指をかける。
出なければ不在届けだ、再配達は俺の担当ではないし、もし居たとしてもインターホンの故障とかで音が鳴らなければ良いのに。
ゆっくりと、押すか押さないかの距離で迷っていた指で、仕方ないと腹を括ってインターホンを押した。

「シズちゃん!」

ばんっ、とインターホンを押してからコンマ数秒、まるでドアの前で待っていたかのような速さで開かれる。
待ってましたとでも言うような満開の笑みが、こんなにも嬉しくないのは初めてだ。
待ってなくて良いのに。最近居留守使う奴多くて苛々するが、こいつは万年居留守でも良いのに。

「…書留です」
「いつも有り難う、シズちゃん」
「……」

俺のネームプレートには平和島、としか書かれていないのに、何故こいつは俺の名前をフルネームで知っているんだろう。
聞くのも面倒だ、さっさとサイン貰って帰ろう。
今日は仕事帰りにトムさんと呑む約束をしているのだと思い出すと、少し元気になった。

「折角だから上がってお茶でも飲んで行きなよ!」
「…勤務中ですので」
「俺ん家で配達最後でしょ?」
「…何でソレを、」
「ほらほら、上がってくれないとサインあげないよー?」

うぜええええええ!まじ何なのこいつ?人の勤務内容知ってるとかストーカー?ストーカーなのか?
可愛い女の子ならまだしも、男になんて真っ平御免だ!

「てめえ、良い加減にしねえと営業妨害で訴えるぞ」
「やだーシズちゃんったら恥ずかしがっちゃって!」
「人の話を聞けよ!って触んな!」

細い手が俺の腰辺りを撫で回してくるキモいキモいキモい。
叩き落とそうとしたがガッチリホールドされて身動きが取れないやばい泣きそう。
俺は真面目に仕事をやって静かに暮らしたいのに。

「シズちゃんってほんとに腰細いね!こんなんで重い荷物運べるの?」
「余計なお世話だ」
「でも大丈夫!シズちゃんが腰痛で働けなくなっても、君を養うくらいの財政力はあるよ」
「誰も頼んでねえよさっさと離しやがれ害虫野郎」
「ツンデレなところも可愛いなあ!」

何だこいつ日本語が通じないんですけど!
もうこれ以上ここに居たくなくて、渾身の力で振り切ると、即座に肩に手を回された。

「そんなに嫌がらないでよ。流石に俺も傷付くじゃん」
「どう見ても嫌がらせだろうが」
「あーあ、もう!可愛い顔が台なしじゃん」

怒った顔も可愛いけどね!という声が聞こえた気もしたが、全て脳外へ葬り去る。
こいつ警察に突き出した方が世のためかもしれない。
嫌よ嫌よも好きのうち、というが、こいつは嫌だ。一生好きになんかなれない。

「…ねえ、シズちゃん」

するり、と撫でられた肩に嫌悪したが、抵抗するのも面倒でじっと耐える。
耳元で囁かれる声は艶っぽい、正直嫌いな声じゃない、のが悔しい。
誰かにこんなに触られるのにも慣れてない、慣れてないだけで、少し嬉しい、なんて嘘だ。

軽く俺の耳にキスをしてから囁かれた言葉に、今度こそ俺は真正面からグーでパンチした。

「君からのラブレターを運んでくれるのは、いつかな?」



fin.
(死ねええええええ!)(あはっ!プロポーズとして受け取っておくよ!)

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