R-18


俺の主人は、偏屈で有名だ。
世間一般でイメージするところの偏屈と言うと気難しい男を想像するだろう。

主人は違う。
普段は人当たりも良く、社交性の高い紳士なのだ。
ただ、感情のネジが何本か切れてしまっているらしく何か気に入らないことがあると途端に変わってしまう。
そのラインを見極められる人物だけが彼と友人付き合いができる、という訳だ。
友人、と言ったのは主人には仕事上の付き合いだけの知り合いなら数え切れないくらいいるからだ。
故に、“友人”は数えられるくらいしかおらず、主人は一日のほとんどを屋敷で過ごしている。
相手をするのは、執事であるこの俺だ。



チリン。


主人は用があると鈴を鳴らす。
夕暮れ時、聞こえてきた鈴の音に、俺は服装の乱れを確かめ、主人の部屋のドアをノックした。

「臨也様」
「…入って」

ドアを開けると、窓の外を見ている主人の姿。
機嫌は良くないようで、いつもは笑みを絶やさないその顔に今日は笑みがない。
床に目を走らせると、今朝生け変えた花瓶が花ごと棚から落ちて割れていた。当然、床に敷いた絨毯は水浸し。
手を切らないように花瓶の破片を拾う。絨毯は拭き掃除をしたくらいではどうしようもないくらい水が染みていた。明日にでも清掃業者を呼ばなければ。
濡れてしまった手袋を外し、少し水気を絞ってポケットに入れた。
手袋を外した手首から、包帯が覗く。
昨日の出来事を思い出し、少し背筋か寒くなったが、気にせず作業を続けた。
作業している間、主人は何も言わず窓の外を見ていた。

「臨也様」
「静雄」

理由を聞こうとした矢先、不意に自分の上にかかる体重を感じてバランスを崩した。水浸しの絨毯に座り込んでしまう。
眼前には、赤い瞳を歪ませた主人の顔があった。

「昨日あれだけしてあげたのに、まだ足りなかったの」
「え…」
「静雄はとんだ淫乱だね」

昨日。
俺は今いるこの部屋で主人に身体を蹂躙された。
昨日だけではなく、一昨日も、その前の日も。ほとんど毎日主人に身体を組み敷かれている。
手首の傷も、昨日最中に主人がナイフで傷をつけたものだ。俺の身体には、そんな傷が無数にあった。

「なっ、違います!」
「何が違うの?窓から見えたよ、帝人と笑って話しているのが」

ナイフでプツンとネクタイを切り、ボタンを弾き飛ばしていきながら、主人はアハハハ!と笑う。

「あれは仕事の話でっ」
「笑う必要なんかないだろう?静雄は俺以外に笑っちゃダメなんだよ?」
「…っ」

露になった胸板には、もう消えかけている傷跡があった。何週間か前につけられた傷だ。

「跡が無くなっちゃいそうだね」

主人は傷跡を一筋撫で、なぞるようにナイフの刃を立てた。

「今度は消えないように傷をつけてあげる」
「…っ、あああっ…くぅ…」
「綺麗な赤だ。やっぱり静雄には赤が似合うよ。静雄だけ赤い服にしようか」
「い、…っぅ…ぁ…」
「あぁ、やっぱり綺麗だ。静雄によく似合う色だよ」

はぁ…と溜息をついて主人、臨也様は傷口をなぞった。血が溢れてくる。血がついたままの手で頬に触れ、優しくて深い口づけを一つ。

「ふ、ぁ…」

血の匂いに、くらくらする。

「は、ぁ……い、ざや…ま」

臨也様は前を寛げ、膝立ちになって自身を俺の眼前に差し出す。
何も言わず、勃ち上がっているそれを口に含んだ。

「傷跡が消えないよう、毎日つけてあげる」
「ふぁ…い…んん…」
「嬉しい?静雄」
「んっ、んう…ふ、」
「いっそのこと、使用人も静雄以外全員クビにしようか」
「んーっ、んん!」

口の中で弾け、粘ついた精液が広がった。含みきれなかったものが口から溢れた。口の中のものはそのまま飲み込む。

血の匂いと、精液の臭いに、頭がくらくらした。

「は、ふ…ぅ」
「みんないなくなれば、静雄と二人きりだしね。嬉しいだろう?」

そう言って蕩けそうな笑顔と、口づけを落とす臨也様に、俺が否と言えるわけがない。

「は、い…」

嗚呼、いい加減、俺も狂っていたのか。


でも。
俺の全ては、この方だけ…なのだ。



「二人きりが、いいです」

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