「この度は本当にお悔やみ申し上げます」










涙雨とは程遠い晴れやかな日。
前日に行われた通夜では空模様は怪しく、翌日の天気が心配されたがその必要はなかったらしい。・・・最も今回は寺ではなくセレモニーホールの手配だった為、弔問客が雨に濡れる心配はなかったのだが。


ぼんやりとした意識で組み立てられた場を見ていると、急に左に圧を感じる。


「シズちゃん」


視線を向ければそこには黒い喪服に身を包んだ臨也がいた。


「ぼんやりしてちゃ駄目だよ」


当たり前過ぎる簡単な注意を受けて思わず顔を逸らす。






臨也は昨日通夜の司会、遺族への挨拶、弔問客への案内などをつつがなく終え、俺は終わり際に黙々と会葬品を配っていた。

昨日も今日と同じく何だかぼんやりとしていて、そんな俺を見兼ねた臨也が『受付の方やってきて』と軽く背中を押し、俺はそのままゆっくりと歩を進めるという始末。

白と黒に包まれた世界の中で俺はただ、香典受付に名刺受け、香典受け、香典帳と筆記用具を並べていく。臨也は「この度は本当にお悔やみ申し上げます」という言葉を繰り返しながら弔問客を迎えていた。





昨日は土曜日本日は日曜日。これが葬儀業界では当たり前のことだ。
弔問客の沈痛な面持ちと時たま聞こえる啜り泣く様な声をまたぼんやりと感じながら外と隔絶された世界を見渡す。そうして棺の置かれた場所からやや離れた位置に立つ遺族を見つけた。


・・・今回亡くなったのは未だ四十代の男性だった。夜伽には喪主である奥さんと高校生になる子供が泊まり込み、ただハラハラと涙を零していた。昨日から今日にかけて泣き続けていたのか腫れた目が痛々しい。



「それではこれより葬儀並びに告別式を行います」という臨也の司会の声が響き、やがて読経、弔電、二度目の読経と繋がっていく。美しい物腰で式を執り行う臨也の姿はやはり目を惹き不本意ながらも憧憬すら生じてしまう。






昨今では大抵の病院には葬儀業者が葬儀相談カウンターを構えており、入院して死亡した場合、宗教関係や農協会員でないかぎりは大体がその病院に入っている業者で葬儀を済ます事が多い。今回亡くなった男性もそのクチだったのだが、わざわざ亡くなる前に臨也の元へ来た。何でも以前、友人の告別式の時に頭を執っていた臨也の葬儀にいたく感動を覚え自身の葬儀時にも是非・・・という事らしかった。臨也は二つ返事で了承し、数週間後に男性は息を引き取った。


視界を臨也のみに絞り込む。色白で線が細く驚く程喪服が似合う。何をしてもそつがなく、彼の葬儀は一種それだけで芸術だと幾人もの弔問客は溜め息を吐く。



・・・やがて二度目の読経も静かに終わり、最後の対面前に焼香に移ってゆく。陶磁器の香炉に伽羅の香り。荘厳な濃密な空気に満たされたこの場は別世界なのだ。
遠くで蝉が鳴く、鳴く、



男性が亡くなったのは四日前。夏場は遺体が腐りやすい為毎日ドライアイスを届ける。ボックスに詰めたドライアイスを故人のお宅へ届ける度に憔悴した遺族の顔を見なければならず、無言で棺へと向かっていた。・・・ドライアイス保存をしていると日数が経つにつれ死後硬直も手伝い、段々遺体が青白く透き通った蝋人形の様になってゆく。それは一種美しいが、逆に恐ろしくも感じられる。




告別式の最後の献花を終え、棺の中が真っ白な菊の花でいっぱいになってから棺は式場から斎場へと移動する。寺やセレモニーホールで式を行った場合、葬儀屋は斎場まで付いていかない。霊柩車と遺族を乗せたマイクロバスが遠くなっていくのを俺と臨也は見送った。



シン、とした空気。
二人の呼吸音だけが響く。



「髪」
「あ?」


唐突に口を開いた臨也は一言そう言った。


「髪、いい加減直さないとこれから先ずっと頭なんて出来ないよ。むしろクビ一直線」


トントンと自身の黒い髪を人差し指でつつきながら笑うソイツ。



「・・・・・・手前が死んだら直してやる」

「熱烈な告白だね」


臨也はクスクスと声を立てながら机上にあった白い菊を手に取り手遊びに興じ始めた。

派手であること、若いことは葬儀業界では暗黙のうちにご法度とされている。しかし俺はそれを真っ正面から破るような髪色をしていた。中学時代に染めた金髪はそのままに、黒い喪服を着た俺は端から見て何と滑稽な事だろう。



自身の手の中でクルクルと回る菊の花を見詰めた後、ゆるりと俺のすぐ目の前まで臨也は歩み寄ってきた。そうしてそっと俺の髪に白いその菊を添え、艶やかに微笑んだ。


「うん、綺麗」



馬鹿かと思ったが、そこまで嫌な気分じゃなかったことに心境は複雑化。


ゆっくり顔を引き寄せられそのまま唇は塞がれる。触れ合うだけの熱は大した間もなく消えてしまう。


−その儚さはまるで・・・・・・






「俺が死んだらシズちゃんが葬儀やってね」



弔問客はいらない
なら葬儀する意味無ぇだろシズちゃんがいればそれでいい
・・・・・・やっぱ手前馬鹿だろ
シズちゃんには負けるよ






ご焼香を ご焼香を








「・・・だったら俺が死んだら手前がやれよ」

「契約書のサインは如何様に?」

「要らねぇ」






束ねられた線香
香典帳に埋まった筆跡
冷たいドライアイス

・・・・・・・・・・・・・・・・・・白い、菊





合わさった唇の温度は生をこの身に浸透させ、脳裏にフラッシュバックする遺族と青白い蝋人形みたいな遺体。ギュッ、と拳を握ると臨也は俺の手に自分の手を重ね、静かにそのまま俺の身体を抱きしめた。ジャラリと鳴る数珠は綴られた想い。黒い黒い似合い過ぎる程に似合う彼の喪服姿。それをただ目に焼き付けながら、擦れる衣服の音と蝉の声にただ耳を傾けた・・・。

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