「静ちゃんはさあ。弁護士には向いてないんじゃない?」

法廷からの帰りだった。目の前で人を見下したような目をして立っているこいつはさっきまで敵側だった弁護士、折原臨也だ。

俺が被告側の弁護人で臨也が原告側の弁護人。つい先程まで法廷で激しい論争をしていた相手だ。

実は俺と臨也はこれが初対面ではない。俺と臨也がこうして法廷で会うのはこれで七回目だ。最初に出会ったのは俺も臨也も駆け出しの新人で(今もだが)お互い初めて弁護人として法廷にたったときだ。あのときは何とか俺が勝ったが、それ以降俺は一度も臨也に勝てていない。今日も原告側の勝訴で俺はまた臨也に負けてしまった。

どうにもこの男、性格は最悪だがとにかく頭が切れる。相手を口車に乗せ、裁判を自分のペースに持ち込む。そんな端から聞けば詐欺師のようなやつだが、奴の勝率は新人弁護士の中でもダントツでかなり注目されているようだった。

そんな奴が放った言葉に俺は眉をひそめた。

「ああ?」

「弁護士のくせにガラが悪いねえ」

クッと見下したように笑う臨也。殴りてえ、と思わず拳が震えるがなんとか抑える。高校時代ずいぶんやんちゃした俺だが、さすがに弁護士の身で人を殴るのはいけない気がする。

「静ちゃんはやっぱ弁護士には向いてないよ」

「お前に言われる筋合いねえよ」

「はは、また今日も負けたのに?」

前言撤回。こんな嫌な笑い方しやがる奴は一刻も始末した方がいい。それが世のため人のためになると本気で思う。

「静ちゃんさ、被告側になったらほんと感情的になるよね」

「当たり前だろ」

「それはそうなんだけど、静ちゃんの場合は必死になりすぎてない?俺、静ちゃんは依頼者に同情して熱くなりすぎてる気がするんだよねー」

淡々と臨也は言葉を紡ぐ。感情的になってなにが悪い?依頼者に同情して必死になりすぎてなにが悪い?キッと睨んでそう言い返すと、臨也は言った。

「端から聞くとすごくいい弁護士なはずなのにねえ。親身になって話を聞いてくれて同情してくれる人情熱い弁護士、ってね」

「…何が言いたい」

「もったいないねえ。これで技量が追い付けばいいのに」

その言葉にカッと頭に血がのぼって思わず臨也の胸ぐらを掴んだ。

「なぜてめえなんかにそんなこと言われなくちゃならねえ」

「…俺、暴力は好きじゃないなあ」

くす、と笑う臨也の言葉にはっとして慌てて胸ぐらから手を離した。暴力だけはいけない、と頭の中で嫌というほど分かっていてもこいつの言葉は一々勘に障る。いらいらしながらチッと舌打ちをした。

「話の続きだけど、静ちゃんは人のために役に立つのが幸せなタイプだ。だからすごく依頼者のために頑張るよね。俺の目から見ても静ちゃんの努力は並大抵じゃない」

「あ?誉めてんのか?」

「んー、半々てとこ」

半々ってなんだよ、と思うが心の中にしまっておいた。まあ話を聞きなよ、と臨也はまた語り出す。

「けどいまいち勝率が上がらないのはなんでなんだろうね?」

「…………」

「分からない?言ってあげようか?」

にんまりと職業が弁護士とは思えないくらい悪人のような笑みを浮かべ、臨也は言った。

「静ちゃんの主張にはたまに感情論が混じってるんだよね」

「感情、論…?」

「そ。あまりにも被告人をかばいすぎるせいなんだろうけど、所々静ちゃんの私情が混じるんだよ」

だから勝率が上がらない。ふふと含み笑いをする臨也の言葉に俺は少なからず衝撃を受けていた。それが原因だったのか、と今までのことを思い出す。たしかに俺は裁判中熱くなってしまうことがあるのを自分でも自覚していたつもりだが、でもまさかそれが勝率が上がらない原因だったとは。

俺はこの事実を教えてくれた本人に改めて向き直った。

「なんか…その、ありがとな。大事なこと教えてもらえて良かった。それとさっき胸ぐら掴んじまって悪かったな」

感謝と謝罪の言葉を口にする。案外こいついい奴なのかもしれない、と小さく思った。言い方がちょっと引っ掛かるだけで、俺にこんな大事なことを教えてくれたのだから。

「お礼なんかいいからさ、」

毎回いやみな奴、と思っていたがそれは俺の勘違い、

「キスしてよ」

思わず、フリーズした。

「………………は?」

「だからキス!いいこと教えてあげたかわりにキスしてくれって言ってるんだよ」

前言撤回。やっぱりこいつは性格わりぃただの変態野郎だ。

「気持ちわりぃふざけんな」

「なに?してくれないの?」

臨也は不満そうに頬を膨らましたがすぐにニッと笑った。その性悪な笑みに嫌な予感がして、思わず眉をひそめた―――が、遅かった。

「じゃ、俺からするよ」

臨也は俺のネクタイをひっぱり軽く俺にキスをした。いきなりのことに唖然とするがすぐ我に帰り、バッと臨也から離れた。

「てめえいきなり何しやがんだ変態!!」

「あはは可愛いね!ちょっと触れただけなのに」

「うるせえ…!」

ごしごしと臨也が触れた部分を袖で擦る。多分真っ赤であろう俺をニヤニヤと見つめていた臨也はいきなりニヤニヤ笑いをやめて言った。

「じゃ俺帰るよ」

「は、てめえ人の質問に、」

「次に会うのを楽しみにしてるよ!そのときまでに俺が言ったこと、直しておきなよ!」

ニッと笑ってそう言い捨てると臨也は去っていった。

後に残ったのは乱れたネクタイをした俺。奴に触れられた唇はまだじんじんと熱を持っていて、胸も何を意図しているのか分からないが早鐘を打つようにどくどくしていて。

俺はくそ、と奥歯を噛みしめるしかなかった。

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