基本的に、調理師でないものが調理師と称すると罰金30万円以下の刑、簡単にいえば罰金。だから国家試験だってある。
俺はまだ受けてない為、見習いというものだ。しかも新人。
不満がないと言えば嘘になるだろう。
料理は作りたい。皿洗いばかりしていてもつまらない。
周りの気持ちが痛い程にわかる。
なのに俺は料理を作っている。

「…なんで俺なんだよ……」
「シズちゃんが一番センスと味覚が良いから。体で覚えるっていうのも理由の一つかな。満足?」

何回、何十回繰り返した事だろう…。
横でヘラヘラ笑うコック、折原イザヤ。コックじゃなかったら殴ってる。

「余計な事考えてないで、パスタ仕上げる。」
「うっせぇな…。もうできた。」

イザヤが俺の顔を見て、目を見開く。
それを見て、黒い目を潰したいと思った。跡形もなく。
物騒な事を考えた。ハッと我に返り、ギッとイザヤを睨みつける。

「こわ…。にしてもシズちゃんは本当に早いね。優秀優秀。」
「…餓鬼かよ。」
「むしろ犬?大型の気性の荒い犬。あ、ピッタリだ。」

俺の頭をポンポンと叩きながら、余計な一言、いや、コイツの言葉は十言ぐらい余計だな。
イザヤの手を払い、パスタを皿に盛る。
チラッとコチラを伺う奴らの視線がウザく、何かを言おうと口を開く。

「手前ら、うむぐっ?!」
「はいはい。気性が荒い犬を逆なでしない。散った散ったー」

俺が肝心の文句を言おうとした口を手でピタリと塞ぎ、見習いやらイザヤと同じコックにヒラヒラと動物を追い返すように動かし、その手で俺の額を軽く叩く。

「…何だよ……。」
「あんまり皆からの的にならない事。ただでさえシズちゃんは見習いなんだからさ?」
「……シズちゃんはやめろ」

ムッとしながら言えば、イザヤは溜息を一つつき、今度は少し強く額を叩く。

「っ…!何だよ…っ!!」
「一匹狼気取らない。」
「なら俺に料理させんのやめろよ!」
「それは無理。」

なんで、そう言う前にイザヤは俺の口の前に人差し指を立て、静かにと意思表示する。
人に大声出させたのは誰だよ!

「シズちゃんは料理作っても、作らなくても危ないのは変わらないから。でも、できるだけ俺に近いと危なくないでしょ」
「どういう意味だ…?」
「…気付いてないんだ。ある意味凄いね。尊敬はしないけど」
「だから、何が?」

イザヤが溜息をついて言う。
今までで人生にこれ程余計な言葉もない。

「君は存外、性的に男にモテる。覚えていて損はないよ?俺に対しても役に立つ。」

ブワリと鳥肌が立つ。
性的に?男に?
いや、これはまだいい。よくないがいい。
存外、モテる、これは複数に対しての言葉ではないのか?複数の男が俺にそんなドロドロした目で見ている。吐き気がする。

「で?少しは意識した?シーズちゃん」
「っ…!はなっ!」

イザヤが腕を掴む。チリッと鈍い痛みが響くぐらいにキツイ力で。
怖い訳ではない。得体の知れない感情を篭めた目がイライラする。気持ち悪い、って訳でもない。多分イザヤはしない。今すぐとか、するならとっくにしてる。大体コイツ女遊び酷いから。だが、いつもいた見習い達やらコックの誰かが自分をそんな風に見ている。もしかしたら、今も……

「まあまあ、シズちゃん。そんな今すぐ犯したいとかじゃないでしょ。一応俺が近くにいるから。」
「おか………っ!」

泣きそうになる。ヒヤリと奥底から体が冷えて固まる感じがしてくる。気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い。好意を寄せてくれる。ありがたいし、嬉しい。だが、イザヤの言う事のように性的。イザヤが犯したい、と言った。つまりは俺が………。駄目だ。気持ち悪い…。

「泣かないでよ。」
「泣いてない…!」
「……俺は気持ち悪い?」

俺の心を見透かした様な言葉に肩が震えた。今此処で、これに答えてはいけない。本能が告げる。今がいいのでは?理性が告げる。
意味がわからない。頭がグチャグチャだ。
イザヤが腕を掴む手に更に力を篭める。それを合図に俺は近くにあったフライパンを掴んでイザヤの額に向かって叩き込んだ。

「いっ…!たいなぁ……」
「知るか場合馬鹿っ!!」

流れの返事に意味はないだろう。思いっきり、そうイザヤに怒鳴ってからキッチンから出ていく。他の見習いやらコックやらがこちらを振り返るが知るか知るか知るか!!
こっちは許容量オーバーだ!!




「参ったな…。」
「何が」
「…新羅いたんだ。」
「悪いかな?で、何が?」
「いや、前より更に惚れた。」
「…気の毒に」

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