「シズちゃんが警察官なんて、世も末だねえ」

壁側に座る臨也はこの喫茶店イチ押しのブラックコーヒーに付属のミルクもシュガーもいれないままくいっと飲んで、うっ熱いと顔をしかめて舌を出した。見慣れた光景とは言え実年齢23にもなる男の舌出しフェイスなどに僕の関心は無い。それが折原臨也の顔ならもう尚更で、真正面の席になんか座るんじゃなかったと白けた気持ちで後悔しながら僕はアイスティーをすする。そもそも臨也は猫舌の癖に自覚が無いので困る、気取って飲んでた高校時代からずっと冬にホットコーヒーでヤケドをこさえていた割に進歩がない。こいつはよく人間の可能性だとか進化だとか羽化だとか孵化だとかそんな言い方を好むが、では結局ちびちび冷ましながら飲むしかない自分はどうなのだと失笑してやりたい。まあ人間が好きとか言う奴に限って本当は自分が一番好きってことなんだろう。こんな奴に骨抜きにされる女性は居るんだから世の中広いよ怖いよ。

「新羅」
「やだよ」
「まだ何も言ってないよ」
「あげないよ。格好悪くセルフサービスの水でも飲んでなよ。氷でもかじってなよ」

ああそういえば臨也の素顔って見るの久しぶりだなあと気づいたのは彼が僕のアイスティーにプラス100円で載せてもらったバニラアイスを恨めしそうに裸眼で見つめているからで、前に彼と会った時には彼は、どこのセレブだお前はといいたくなるような馬鹿でかいサングラスをかけ、その前は無精めかしたつけ髭、そしてその前には頭の悪そうな赤い髪の毛姿でだったなあということも芋づる式に思い出した。赤というよりオレンジのようですらあったあの髪は当時衝撃の一言だったけど、今思えば一応は美形の臨也がやるとオレンジもそこまで品の無いものには見えなかった、かもしれない。そんな色にするくらいなら茶色や金髪の方がいいんじゃない、とした忠告は死んでも断るだなんて馬鹿なことを言っていたが。金髪なんてハゲればいいとか、なんとか。まあ臨也らしいといえば、らしい。
とにかく何かしらの変装は高校を卒業してから頻繁に手を変え品を変え、形を変えつつも継続し、僕の前でも誰の前でも素顔を見せることなんかなかったような覚えがあった。臨也とはまあ友達だがプライベートでどっかに出掛けようぜとか言えるほどの関係でもなく、お互いに学生という肩書きが取れてから彼と再会するのは大体仕事関連やら向こうが患者としてやらだったが、このお医者様が治療の邪魔だと言っているのに頑としてその時している変装を解こうとしなかった。我が旧友ながら恐れ入る。全く褒められたことではないのが残念だが。わ、なんだそう考えてみると本当に久しぶりなんじゃん。
その臨也は何年ぶりかの生身の素顔でぶすったれている。

「友達甲斐のない奴め。あーあお前には失望したよそういう奴だったんだね」
「私の方からはとっくに君への望みなんて捨ててるけどねー。あと静雄も俺と同意見だと思う」
「あれはお前にも失望してるだろ。あと飲んでる最中に静雄なんて名前出すなよ、コーヒーがまずくなる」
「え、君からしたんじゃないかい」
「俺はいいんだよ、嫌でもよく会うから」

静雄といえば、と改めてもう一人の旧友の顔を思い浮かべてみると、なんだか背中がチリチリした気がした。赤オレンジになっていた臨也とは対照的に、高校卒業後警察学校も出、無事進路対象であった警察官になった静雄はとっくに髪を本来の色に戻していた。警邏中の彼と街で会った時、清潔に整えられた髪を支給された青い警帽で隠し、ちょっと照れ臭そうに自転車から降りてその制服姿を見せた静雄は俺の目から見ても初々しく可愛いなあと、忌憚なく思ったものだ。
そういえば高校時代一番暴れ回っていたはずの静雄だけだ。蓋を開けてみれば。
ひと様に顔向けできる職に就いたのは。

「嫌でもとか言うけど、所詮自分の蒔いた種でしょ?」
「違うよ。シズちゃんがしつこいのがいけない。所轄のくせに管轄外まで追ってくるしさあ」
「だから犯罪者がそんなこというのはどうなの。――詐欺師さん」
「何をおっしゃる、闇医者センセイ」

うふふと僕らは笑い合い。
一瞬の後、この犯罪者が!と正に異口同音、ピッタリ一致した罵声をお互いに浴びせ、お互いにまたにまりと笑う。
まあ企業・個人・国を騙しに騙し全国で指名手配されてるような詐欺師と一緒にはされたくないわけだけど。少なくともこっちは素顔晒せる訳だしね。ていうか国税局を詐欺にかけるのに脱税以外の方法があるなんて臨也がやるまで知らなかった僕はただの、普通の病院は遠慮しちゃうシャイな患者さん達を手当てするだけの、善良な一般市民です。別に追われてもないし、私の顔が大写しの手配書もないし。

「そういえば前にパトロール中の静雄に会った時、ぼやいてたよ。勤務先に貼ってある臨也の手配書見てると殴って引き裂いてやりたくなってすごく嫌だ、ってね」
「いーい男に映ってるのにねえ。ああ美形俺。シズちゃんもあんな背中丸めて帳簿なんてつけてないで、もっと壁を彩る美男子を眺めたらいいのに」
「えっ、見えるの?」

僕は座席の関係上背にしてる格好になるから見えないけれど、この喫茶店の道路を挟んだ向こう側の道、正面には交番がある。平和島静雄巡査が勤務する交番だ。

「相変わらず目いいね」
「君は小学生から眼鏡なんだよね、可哀相に。よく見えるよー、シズちゃんめ、さては我慢できなくなっていっぺん殴ったな? 壁に亀裂が入ってる」
「亀裂で済んだんなら、よく我慢できたほうでしょ」

僕は背にして見えないけれど。
臨也の席からは大きな窓ガラス越し、交通量の少ない道路を挟み、交番の中の様子がよく見えているだろう。
臨也の口ぶりでは、池袋の大魔神はこの時間、まだ根城で業務に勤しんでいるらしい。なのに。

「改めて聞くけどさ。なんで、素顔なのかなあ、折原君?」
「なーに、俺の美貌を皆に見せないのはそれ自体が罪だって気づいたんだよ、岸谷君」

なんでもいいよ、とバカらしくなって俺は言う。臨也の考えなどわからないし、わかるつもりもないし、わかりたくもない。
ただ、でもさ。とだけは言わせてもらいたい。


「静雄に捕まえてもらいたがってるなら、あの交番に自首すればいいのに」
「えーやっだー何それー意味わかんなーい」
「僕を使って遠くから彼の顔を眺めるより、よっぽど近くで彼と触れ合えるよ」
「えーやっだー何それー意味わかんなーい」

ようやくさめたのかコーヒーをぐびぐびぐびっと飲み干す臨也。犯罪越しにしか旧友と関わり合えないなんて、馬鹿だねって思う。臨也曰く人間なんてものは矛盾の上に成り立っていて、ならばそれは臨也自身にも適用されるのでもう僕はそれについては何も言う気はない。明日映画を見に行く予定の自殺志願者だっているだろうってのさ。
だからこれで最後。

「臨也」
「ん?」
「なら、あんまり静雄をいじめないように」

えー何それーと臨也は溶けてどろどろになりアイスティーと融解したフロートを見て笑った。ああ、もう。この犯罪者め。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -