『殺人鬼』の扉−−VETYLI−− |
「ん〜と、どうすればいいのかな、これは…」 「あなたはトワを置いて何処に行くつもりですか?どうして行ってしまうのですか!?」 カルラのベールの裾を掴んで離さないのは、透明なベールを身につけた可愛らしいカービィ――トワイライトである。 「トワイライトさんには悪いけど、私たち、行かなきゃならないから…」 少し前、イヴと戦ったことで傷だらけだったカルラとイグルは、トワイライトのもとを訪れ、「眠る」ことによって回復したのだった。だが、完全に回復した2人がお礼を言って立ち去ろうとしたところ、どういうわけか、トワイライトはカルラにくっついてきたのだ。 「あなたはここにいるべきなのです!トワを置いていかないでください!!」 どうにかトワイライトを引き離して、次のBOSSと戦わなければならない。かといって、無理やり行こうとすれば、彼女に怪我を負わせてしまうかもしれない。自分たちを回復させてくれた相手を粗雑に扱えるわけなどなく、カルラは苦笑いをしながら、どうしたものかと途方に暮れるばかりであった。 2人がシーソーゲームをやっている最中、しびれを切らしたのか、突然イグルが鉢巻の両端を巨大な人型の手に変え、トワイライトをカルラから無理やり引き剥がした。 「捕まって。行くよ」 カルラがさっとイグルの手を掴むと、イグルは一番近くに浮いていた扉に手をかけた。 その扉には持ち手に『殺人鬼』と刻まれた鍵がかけられている。 イグルは空いている方の手で鍵を回して扉を開けた後、少しだけ開いた隙間からカルラを押し込んだ。「ガンッ!」という嫌な音。しかしイグルはそれを気にも留めず、自らも扉の奥へと飛び込んだ。 「まったくもうっ!戦う前から味方にダメージ与えてどうするのよ!!」 頭を抑えて扉の前に座り込んでいるカルラが、軽快に中へ入ってきたイグルに向かって言う。さっきの音はどうやら、カルラが反対側のドアノブに頭をぶつけたものだったらしい。 「…草と、夜空…ステージ形状が特殊…」 「そこ無視するところじゃないから!?」 カルラに何を言われても、イグルは意に介さない。カルラも諦め、その場に立ち上がった。足にひんやりとした、柔らかい草が触れる。 「まぁ…敵が射程範囲内にいたら、それどころじゃないのもわかるけど」 イグルは鉢巻の手を素早く前に出す。その各々の指先から、静かに、しかし獲物を仕留めるには十分なスピードを保ったエネルギー弾が数個放出された。エネルギー弾たちは、暗闇に浮かぶシルエットに向かって一直線に飛んでいき、「ドドドドドッ!!」と轟音を立てて着弾した。 「先制攻撃にしては、上出来じゃないかしら。それにしても貴方、音を立てずに攻撃するなんて、結構器用なのね…」 「…これだったら、まだ簡単…あと、まだやられてないと思うから…気をつけてね」 エネルギー弾の着弾した周囲には、黒煙が立ち込めている。と、次の瞬間、その黒煙はいとも簡単に薙ぎ払われた。 「夜空色に紛れて、夜空色の攻撃…でも、ヴェティリには全部見えてるよ」 黒煙を背景に立っているのは、1人の少女。その両手に鎌を握り締め、自分の周囲に何かが入った泡を浮かせている。 「ヴェティリはモツクヴェティリ・ヴァルスクヴラヴィ。お星さまが大好きなの」 ヴェティリは微笑し、少し頭を傾げた。彼女の身につけている透明なベールが少しだけ揺れた。 「ねえ、青鬼くんと紫のお姉さん。ヴェティリの…」 カルラが口を開きかけたときだった。ヴェティリが突然、草原のフィールドを滑るようにしてこちらに近づいてきた。そして、驚くべき速さでカルラの背後に回ったかと思うと、手に持った巨大な鎌を振り上げた。 「お星さまになって!!」 ブン!と勢いよく振り下ろされた鎌は、空を切る。瞬時に横に避けたカルラは杖を取り出し、振り返ったときの回転を利用してヴェティリの足元に向かって振る。しかし、これも空振り。ヴェティリは微笑を崩さないまま、空中へと逃げた。 「…計算通り」 ヴェティリの後ろでは、イグルが木の棒を振り上げ待ち構えていた。敵を空中で挟み、身動きを取りづらくしたところで叩く。組みたてのペアにしては、見事なコンビネーションだ。 だが、ヴェティリは表情を崩さない。手をイグルの方に向かって振ると、ヴェティリの周囲に浮かんでいた泡の一つが、イグルの頬に触れた。 「…?」 イグルは一瞬躊躇した。そして、ワンテンポ遅れた状態で木の棒を振り下ろした。頬に付いた泡の中には、赤く揺らめいているものが見えた。 「やけどに注意してね?」 ヴェティリがそう言った後、イグルの頬が「ボンッ!」と音を立てて爆発した。イグルの攻撃は逸れ、そのまま頭を下にして草原へと落ちようとしていた。 「!!?」 下から見ていたカルラはヴェティリに視界を遮られていたため、何が起こったのかが全く把握が出来なかった。イグルが落ちていくのを見て、慌てて走り出す。イグルが草原に落下する前に、何とかスライディングで下に滑り込み、風の渦を起こしてクッションの代わりにした。 「大丈夫?一体何が…?」 イグルはゆっくりと立ち上がる。無表情なまま、自分の頬をさすっていた。 「…泡に、火が閉じ込められてて…爆発した」 「泡って、あの子の周りに浮いてる、あれのこと?」 「うん…あの泡には能力が入ってるんだと思う…ぶつかると、攻撃を喰らう…」 「『スコープ』は?それで攻略を…」 「今回は無理だった…だから、不意打ちをしたんだよ…?」 カルラは少し考えた後に、ゆっくりと頷いた。そして、ヴェティリの方を見た。 「ねえ、貴方、さっき『お星さまになって』って言ってたでしょう?それってどういう意味なの?」 ヴェティリもカルラを見た。夜空色の瞳と、深緑色の瞳が重なる。 「ここの夜空に浮かんでるお星さまは、みんな、元はヴェティリと同じような『カービィ』だったの。」 ヴェティリはこんなの、常識でしょ?とでも言うようにカルラに話す。 「じゃあ、どうして、『カービィ』たちは星に…?」 「『カービィ』は死んだら星になるの。みんな、みんな、とっても綺麗なお星さまになって、ずっと輝き続けるの。だから…」 ヴェティリは無邪気な微笑をカルラに向けた。その表情は本当に純真で、無垢なはずなのに、カルラは悪寒が走る感覚を背に覚えた。 「ヴェティリはその綺麗でとっても大好きなお星さまで、夜空をいっぱいにするの!!!」 その笑顔には、相変わらず曇りがない。それがかえって、恐怖を掻き立てる。 「たった、それだけなの…?」 「うん!だから、ヴェティリはもっともっと頑張って、お星さまを増やさなくちゃならないの。それで、ね!紫のお姉さんたちも、お星さまになってよ!」 「殺人鬼」。鍵に記されていたヒントは、夢を見すぎた少女の末路。 カルラは手に持った杖を握りなおす。先ほど少しだけ顔を覗かせていた畏怖の念は、もうその目にはなかった。 「ごめんなさい。私たちはお星様になるつもりはないの。進まなければいけないから」 カルラの言葉を聞いて、ヴェティリは少し悲しそうな表情を見せた。 「そうなんだ…それじゃあ」 ヴェティリはいつの間にか、カルラの目の前に迫っていた。 「ヴェティリが、お姉さんたちをお星さまにしてあげる!!」 カルラがヴェティリの速さに驚いていると、足先に何かが触れた。途端に目をそらし、足元を見ると、泡が付着していることが確認できた。 カルラはすぐさま足を振り上げて取ろうとしたが、泡は自ら離れ、ヴェティリの元へと戻った。 よく見ればその泡は空で、中には何も入っていなかった。だが、カルラが訝しんでいる間に、泡の中に青い結晶のマークが浮かび上がった。 「紫のお姉さんは『アイス』が使えるんだね!青鬼くんはどんな能力が使えるの?」 ヴェティリは話している間にも、2人の背後に回ろうと弧を描くように走る。2人はすぐに背を合わせ、背後を取られない形でヴェティリを待ち受ける。 「おそらく、あの泡は相手の能力を吸収し、ヴェティリの攻撃の素として利用できるようにするもの」 カルラが囁くようにして、イグルにヴェティリの能力について説明した。ヴェティリは背後に回れないことを悟ったのか、イグルに真正面から襲いかかってきた。イグルはカルラの背を小突いて、「わかった」という合図を送る。その直後、イグルの棒とヴェティリの鎌が交差した。泡に警戒していたイグルはすぐにヴェティリを突き放そうと、鉢巻の手でヴェティリに向かってデコピンを弾き出した。 パァン!と夜空に響き渡る音。続いて、草が擦れ、擦り切れるような音と共に、ヴェティリが草原に仰向けに投げ出された。 「このまま、背後を取らせないように。相手が来るのを待ちましょう」 カルラが言った。イグルも頷き、更にお互いの距離を詰める。 「今のはちょっと痛かったかな。でも、ヴェティリはお姉さんと青鬼くんをお星さまにするまでは、やられないよ!」 恐ろしいほどに完璧な微笑。ヴェティリは立ち上がる否や、再びイグルへと接近する。イグルも棒と手を構え、攻防それぞれの準備をして待ち構える。 ヴェティリが棒の射程圏内にノーガードで入った。また攻撃しか頭に入っていないような、そんな動きだ。イグルはその機会を逃すまいと無駄のない動きで棒をヴェティリの額にめがけて振った。 しかし、ヴェティリは更に速度を上げることでそれを回避。更にイグルの脇を抜け、その速度に驚きを隠せない表情をしたカルラを横から狙った。 「紫のお姉さん、お姉さんはきっと、とっても綺麗なお星さまになるよ!」 ヴェティリが鎌を水平に振る。その際、アイス能力の入った泡が鎌に触れ、割れた。 突如として周囲を襲う冷気。そして、氷が形成されていく「パキッ!」という音。カルラはヴェティリの鎌から発生した、剣のような氷の結晶に頬を切られていた。 「…ッ!」 負傷に構わず、カルラはヴェティリに向かって水晶玉の付いていない、反対側の杖の先で突くような攻撃を繰り出す。だが、ヴェティリは氷のついた鎌をカルラの頬から離すと、すぐに身を引いてそれを避けた。 「…すごく速い」 「ええ、そうね」 イグルとカルラの言葉は、お互いに素っ気ないものだった。カルラは手で軽く頬に触れた。頬の傷から、出血はしていない。しかし、傷口とその周囲には薄い氷が張り付き、見るからに痛々しげだ。 「でもまぁ、確実に避けて、こちらの技を当てていけば、勝てるんじゃないかしら」 カルラの言葉を聞いて、イグルは頷いたが、どこか不安そうな、そんな仕草を見せた。 再度、イグルとカルラが背中合わせに立ち並んだあと、ヴェティリがカルラの正面から向かってくる。 「(今度は横からの強襲は無理よ…どこからでも来なさい!)」 カルラの思考をよそに、ヴェティリは直進してくる。カルラが杖を地面と平行にしたまま、イグルの横まで杖を引いた。このまま振れば、横からの攻撃でも正面からの攻撃でも臨機応変に対応できるというわけだ。 ヴェティリが杖の当たる範囲に入るまで、あとわずか。射程圏内に入った瞬間叩いて、正面で仕留めるか。カルラがそう考えていたときだった。突然、ヴェティリが姿をくらました。 「?一体どこに…」 カルラが辺りを見渡そうとする。その前に、頭上から白銀の鎌が襲ってきた。カルラは咄嗟に前に出るが、遅かった。 「な…っ!」 はじめからその動きを予測していたかのように、ヴェティリの鎌が、カルラの背を切り裂いた。カルラはすぐに前方へと跳んだが、直後、苦しそうな声を漏らし、草むらに倒れ込んだ。 「カルラ…?」 イグルはカルラのいたほうを向き、ヴェティリを棒で殴ろうとする。が、ヴェティリは今度、横へ跳び、イグルの攻撃から免れた。 「イ…グル……」 イグルがカルラの元へ駆け寄って背の傷を見た。予想以上に深く、満足に動けそうにない。体力は半分以下になったと予測されるが、負傷が背だと、飛ぶことも不可能だろう。 「カルラ……もう、動けないよね…?」 イグルの問いに「そんなこと…」と反論しかけたカルラだったが、その顔は徐々に俯いていった。 「……そうね。この状態じゃ、攻撃はできない」 カルラが悔しそうに言った。イグルはそっと頷いて、立ち上がった。 「カルラ、今から君が『Assist』…僕が『Main』…それでいい?」 カルラがイグルを見た。さっきの暗い表情ではなく、意を決した様子でまっすぐ、イグルの目を見つめた。それがOKの合図だと、イグルは悟ったようだった。 「…『Main』の承諾を確認。『Change』の実行を依頼する」 <承認しました。これより、『Skill』の一部変更、更新を行います。アップデート完了まで残り83%…> イグルの指示に、イグルではない、別の誰かの声が答える。 「ねえねえ、もっと楽しませてよ。ヴェティリ、退屈してきちゃった」 草原に身を潜めていたヴェティリが、2人から少し離れた場所に現れた。鎌を構え、今にも突撃してきそうだ。 <残り46%…31%…> アップデートはまだ終わっていない。イグルは静止し続けている。カルラは、ヴェティリから隠れるよう、身を縮めた。 「もうあそべないなら、ヴェティリお星さまになってくれるとうれしいな!」 ついにヴェティリが動き出した。標的をイグルに絞り、まっすぐに向かっていく。イグルはまだ動かない。 「先に、青鬼くんがお星さまになってね!!」 勝利を確信したように、ヴェティリは大きく前方に跳び、鎌を大きく縦に振りかぶった。相変わらず、その笑顔に一切の曇りはなく、心から無邪気に、笑っていた。 ガンッ!何かがぶつかり合う音がした。ヴェティリの鎌の柄に、木の棒が交差している。いつの間にか、イグルはヴェティリの足元にいて、木の棒でヴェティリの鎌を抑えていた。 <アップデート完了。一部能力に補正がかかりました。引き続き、『Main』を軸として『Battle』を実行してください> 「了解。『Main』:イグル、ターゲットをモツクヴェティリ・ヴァルスクヴラヴィに設定。直ちに討伐を開始する」 イグルが「見えざる声」に応答した。そして、ヴェティリを木の棒で弾き飛ばした。 「お待たせ。ここからは…」 ヴェティリが草むらの中から立ち上がって、イグルを見た。イグルも、ヴェティリから目をそらさなかった。 お互いに、武器を構えた。 「僕が相手だ」 煌く星の下、神速の戦いが、今始まる。 Be continued. |