プロローグ
ビーッ!ビーッ!
電子世界に大音量の警戒音。宙に浮かぶ無数の「ERROR」。
「侵入プログラム発見!直ちに処理を…おこ…ナ…ッ…」
監視プログラムが侵されたのは言うまでもない。
「…量が…多い…助け…借りる…」
青い角を持つ鬼が、途切れ途切れに言葉を発した。
どうか、どうか、電子姫様の元へ。
その「言葉」という「羅列」が届きますよう。
 ・
 ・
 ・
「お母さん、行ってきま〜す!」
アリィが大きく手を振った。その後ろでは、ハイラが微笑を浮かべてアリィを待っている。
「気を付けてね!」
カルラが手を振り返しながら言った。そして、2人のわが子の背が見えなくなるまでその手を下ろさなかった。
時刻は8時。今日も小鳥の軽快なさえずりがシエロの小庭に響き渡る。
「ほんと、お前の心配性は何時まで経っても尽きないな」
子供たちが行った後、屋敷から出てきたサリルがカルラの横で笑いながら言った。
「だって、もしものことがあったら困るじゃない…」
カルラはサリルに向かってそう言うが、やはり過剰なのかもしれない、と心の奥では思っていた。
「子育て」とは一体何か。本来なら自らが子のうちに知っていくことなのだが、カルラはそれを受けずに育った。
「ま、俺はそれでも良いとは思うけどな。さすがにあの子らが自立する頃までこれだと口を挟むだろうが」
サリルはカルラの気持ちを悟ってくれたようだった。カルラはサリルに笑いかけた。
「うん、私ももう少し気をつけなきゃ」

屋敷に戻った後、カルラはすぐに自分の部屋へ行った。もう既に依頼が入っている。早めに仕度をしなければ。
部屋のドアを開けると、床に手紙が落ちているのが目に入った。
「…?何でこんなところに…」
いつもならメルや他の者が直接手渡ししてくれるはずだ。不審に思いながらも、その手紙を拾う。封の下に「name:Kalula」と書かれているが、特にそれ以外に目立った文字は見当たらない。何処の誰が送ったのかは知らないが、どうやらカルラ宛のものらしい。
「(誰にも知られたくない依頼とか…?窓から侵入でもしたのかしら…)」
手紙の送り主の事を考えながら、カルラは封を開けた。
「…何も書いてない…いたずらみたいね」
テラシェも随分暇なのね…と、まだ幼く、アリィたちと違って学校に行っていない2人の子の内の1人を思い浮かべながら苦笑した。おそらく、この名前はテラシェ本人が書いたものではないだろうから、他に共犯者がいるのだろう。
手紙から目を離してまた歩き出そうとする。しかし、その目にカルラ本人の部屋は写っていなかった。
円形の白いフロアに、宙に浮かぶドア。
いつの間にか、奇妙な場所に来てしまっていた。
「………」
あまりにも突然のことで、言葉を失う。確かに、手紙を開けて中身を覗いている内に別の場所に来てましたなんてことを予測している方がおかしい。
『データ送信完了。正規データである確率は93.2%。これより監視体No.27<イグル>によるデータ確認を行います』
機械的な声がした方向を振り向くと、青い角と胴体を持つカービィがそこにいた。
「…キミは…カルラ?」
先ほどの声とは違う、ぼそっと呟くような声で、青カービィはカルラに問いかけた。
「え、ええ…そうですけど…」
質問の意味を半分ほどしか理解していないまま、青カービィの質問に答える。
『データ名、データ内容を確認。本人データと99.9%合致しています。データ送信はほぼ完璧に行われました』
『只今、電子姫様の電波を受信。監視体No.27<イグル>は直ちに応答せよ』
「…了解」
またもや機械ボイスが聞こえた。この声は青カービィから発せられているようだが、青カービィは口を動かしていない。青カービィが口を開くのは、か細い声のときのみだ。
青カービィが何かに承諾すると、一歩脇に逸れた。すると、先ほどまで青カービィのいた場所に水色の光が現れた。
≪…繋がっているでしょうか…?こちら、監視体No.00〈ランセス〉。イグル、聞こえるなら答えてください≫
「聞こえています、『電子姫様』」
青カービィが小さな声で、しかし先ほどよりはしっかりした調子で水色の光から発せられる女性の声に答えた。
≪イグルの存在を確認しました。あぁ、やっとビジョンが見えてきました…イグル、こちらの紫の女性がカルラさんですね?≫
水色の光の問いに、今度の青カービィは頷くだけだった。
≪はじめまして、カルラさん。私はランセスという者です。まず、いきなりこちらの都合に巻き込んでしまったことを深くお詫びさせていただきます。≫
水色の光が揺れ、光が弱くなった。どうやらこの光が詫びるときの表現らしい。
「えっと、ツッコミどころ満載なんですけど、とりあえずここは何処なのか、そして私は何故ここにいるのかを教えて下さらないでしょうか…ランセスさん?」
振り返った先にいた青いカービィが2つの声で1人芝居をした後に、片方の声から指示が出て、片方の声が承諾して避けたら今度は水色の光が現れて変な動きをして謝りだした…あまりにも奇妙である。カルラの世界では科学が発達しておらず、ここが「ゲームのような世界」であることすらも理解は出来ない(彼女の世界ではコンピュータゲームなどは存在しない)。それ故なおさら滑稽かつ気味悪く見えた。
≪そ、そうですよね…特にカルラさんのような世界出身の方は余計意味が分からないですよね…多分、理解に苦しむと思いますが、ざっくり言わせていただきますと、ここはコンピュータの世界。「情報」により成り立つ世界です。≫
コンピュータ。
それは何語でしょうか。
≪ガイライ語とかいう言葉らしいですけど、私も詳しくは知りません。とにかく、ここと貴方のいた世界は全くの別、つまり貴方には私たちの住む、別の世界に似た世界に来ていただいたことになります≫
「情報」により成り立つ世界と言われてもよく分からないが、何にせよ、自分が別の世界に来てしまったことに変わりはないのだと、カルラは頭をフル回転して聞き取った。
≪そして、何故貴方がここにいるのかについてですが、先ほど申したように、ここは私たちの住む世界に似た世界。似た世界というのは、同じ場所に密集することがあります。…特にここや私たちの世界は+、−のようなものを帯びていることが多いのです。そして、2つの世界は同じ場所に集まり、お互いに引き合いを始めました≫
「…その結果、『電子姫様』の世界はこの世界という膨大な『情報』に圧迫されてしまった」
ここでさっきイグルと呼ばれた青カービィが口を挟んだ。
≪その通り。これではお互いの世界に悪影響が及んでしまいます。そこで、私は監視体…私もそこにいるイグルもそうですが…にこの世界についての「情報」を集めるよう指示を出そうとしたのですが、それには「量」と「質」に問題がありました。監視体は「量」が多く、この世界は全てを受け付けてくれませんでした。かといって監視体の「量」を減らすと、今度は個体の「質」が低いため、全ての情報を集めるのはとてもではありませんが出来ません。あの宙に浮く扉の奥には、「質」の低い者たちでは攻略できない情報…「Boss」たちが待ち構えているのです。≫
「ということは、私がこちらに来させられたのは、その『情報』を集める手助けをするためということですか?」
≪そういうことになります。私は個体でも「質」のある存在を別の世界から連れて来て、その「Boss」を攻略していただこうと考えたのです。この世界は別の場所からデータを読み取っている痕跡が多く見られました。「Boss」や「Rival」、そしてここにいる複数の存在―――「Assist」とでも言いましょうか―――のほとんども元は別の場所の存在のようです。ここまで多くの読み取りがされているのなら、私たちの方でも個体の情報を読み取らせることが出来るのでは、と思い、別の世界から探し当てた存在、つまり貴方をこの世界に読み取ってみたのです。幸い、読み取りは成功し、貴方というデータを離れた世界からここに持ってくることができました。≫
「…ボクや『電子姫様』の伝達ユニットは普通に繋がった場所から来ることが出来たから…読み取りは自動的に行われた」
≪少し「量」を食いましたが、そこは致し方問題ありません。貴方の実力であれば監視体No.27「イグル」というこちらの最も優秀な監視体とペアであれば、ほとんど敵なしであろうと見込んであります。しかし、その前に聞かなければならないことがあります…カルラさんの寛大な心を信頼してお尋ねします…貴方は私たちの、そしてこの世界の為に、この世界の「Boss」を攻略していただくことを承知して下さるでしょうか?≫
カルラは少しの間押し黙って考えた。ここで「No」と言っても、自力では帰れない。私を連れてきた彼女(あの水色の光の声的に女性であると推測した)らの助けを借りなければならないだろう。それに、話の半分ほどは未だに理解できていないが、下手をすると、ここと彼女らの世界、両方が最悪の状況に陥ることは分かっている。ここにいる自分も助かる保証はない。何より、困っている人たちが目の前にいるのだ。となると答えは1つ…
「わかりました。その『Boss』の攻略は私に任せてください」
カルラの答えを聞くと、ランセスは激しく点滅して喜びを示した。
≪良かった…この伝わり切らない感謝の思いを何と述べれば良いのか…!≫
半分ほど自分の都合で引き受けてしまった頼みだが、感謝されて悪い気はしなかった。
≪あぁ、先ほど言い忘れていましたが、貴方はあくまでデータ体。本体は今でも貴方の世界にあります。万が一危険を察知した場合は危害が及ぶ前に貴方を元の世界に押し戻します。≫
本体は元の世界にある…?
「あ、あの…本体って今どうなって…」
カルラが遠慮がちに聞いた。すると先ほどの機嫌は何処へ行ったのやら、ランセスは≪えっと…その…≫とどもった後、光が弱弱しくなった。
しばらくの沈黙。それを打ち破ったのはイグルだった。
「…意識不明で…倒れてる」
さわやかな風がカルラを撫でていったような気がした。
…この先がとてつもなく心配になってきた。
別の世界に来た、という点からか、時間が止まっている設定なのかという考えが大分を占めていたのであまり元の世界のことは気にしていなかったのに。
ああ、また依頼を一つすっぽかすことになりそうだ…。
 ・
 ・
 ・
遅い。
サリルは門の手前でカルラが来るのを待っていた。
「仕度に時間がかかってるのか…?それにしても遅すぎる気もしなくはないが」
ブツブツと文句を言っていると、メルが屋敷の方からこちらに駆けてくるのが見えた。何故か真っ青だ。
「旦那様!大変です!嬢様が…」
「カルラがどうかしたのか?」
「とにかく、今すぐ屋敷にお戻りになってください!!」
そう言われた途端、サリルはメルに手を掴まれた。
これはまずい。今度はサリルまでも真っ青になった。
何故なら、彼女がスロウ能力の持ち主だから。
「『メル式ショートカット投げ!!』」
すぐに地面から足が離れる感覚が伝わってきた。続いて青空を背景に円を描く雲。風を切って飛んでいく。
サリルはそのまま屋敷の一部屋に窓から入って床を少し転がった。窓の横幅は丁度カービィ一体が収まる程度なので、メルの投げるコントロールはほぼ完璧と言ってもいい。何より、窓が開いていて助かった。
窓の方を向き、ひっくり返った視界を見ているサリルだが、ここがカルラの部屋だということは分かった。
「おい!カルラ!何があったんだ…!?」
すぐに立ち上がり、振り返る。
そこには、こちらに途方に暮れた表情をながら黙って泣いているユノと、
苦しげな表情をして床に伏せているカルラがいた。


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