Cohabitation (多所普) 相手に求めるか、互いに求めるか。依存と共存の違いなんて、それだけ。 それはつまり、片想いか、両想いか。 オレはずっと、そうだと思ってた。 彼女に振られた。理由なんて知らない。 多分、なにかしら説明してくれてはいたんだろうけど、俺には全く聞こえなかった。聞きたくもないという俺の本能が、耳を塞いでくれたんだと思う。 「別れよう」 その一言で、頭の中は真っ白になって。 「さよなら」 最後の言葉で、目の前に幕がおろされた。 理由が知りたくなったのは、数時間たって冷静にことを受け止められるようになってから。もちろん、奏江はいなくなった後だった。 そのあと、我慢できなくなって綾の家に行ったものの、綾はさも迷惑そうに俺を迎えてくれた。 寝転んでベッドを占領していると、綾は誰かに電話を始めた。言葉や、受話器から漏れる声である程度検討はついた。きっと相手は、俺の幼馴染であるいづみだろう。 前に綾に話したことがあった気がする。グチなんていえるの、お前といづみくらいだよ、と。 そのいづみに電話してまで帰らせたのだから、相当迷惑だったのだろう。 なんていうのはただの想像で、綾も案外気まぐれだし、なにを考えてるのか俺には読めないから、本当の理由なんて定かではない。気を使ってくれたのかもしれないし、もしかしたら本当に迷惑だったのかもしれない。 電話を終えた綾に「ありがと」とだけ残し、俺は自分の家へと向かった。 家に帰ると案の定、いづみが玄関の前にたっていた。 かける言葉も見つからず、ただ歩いていくと、突然いづみに抱きしめられた。 意味も解らずいづみの手を解くと、いづみはじっと俺の目を見つめた。 「どうしたんだよ?」 「大丈夫?」 「大丈夫って、何が?」 尋ねながら笑って見せたが、いづみは表情も変えず見つめ続けるだけで、何も答えてはくれなかった。聞かなくても分かることだといいたそうな目をむけ、もう一度俺を腕の中に戻した。 もう、いづみには全て分かっているようだった。全て分かって、受け止めた上で、今、ここにいてくれているんだと思った。 だから俺も、何も説明することもなく、唐突に想いを吐き出し始めた。 「すっげぇ好きだったんだ」 「うん」 「大切にしてるつもりでさ」 「うん」 「頑張ったつもりでいたんだ」 「うん、頑張ったよ」 それはただの独り言。だけどいづみは、そんな俺の言葉のひとつひとつに、返事をくれた。 放っておいてほしいんだけど、一人で居るのはどうしても嫌で。何をしてほしいわけでもない。ただこうやって、一緒に居てほしいだけ。 それいづみは、いとも簡単に俺にしてくれた。 「ワガママも全部、聞いてやってるつもりでさ」 「うん」 「それって、独りよがりだったのかもしれない」 「そっか」 「それが好きだってことだと、思ってたんだ」 「うん、そうだね」 いづみはただ、優しく言葉を重ねてくれた。 否定もなく、ただうなづくばかりで。それでも、俺には十分すぎるほど優しい言葉。 いづみは俺の代わりに涙を流しながら、ずっと言葉を聴いていてくれた。 求めていたのは、ただこれだけのこと。こんなに単純で、些細なこと。 それは多分、いづみのような存在。ずっとそばにいて、辛い時抱きしめてくれて、俺のために泣いてくれる。そんな、存在。 「なぁ、いづみ」 「ん?」 「……好きだよ」 突然口をついて出た言葉に、いづみはまた「うん」とうなづいた。 振られて間もなく口にするなんて、疑わしいことこの上ないはずなのに、いづみはその言葉さえも、受け止めてくれた。 「愛してる」 「うん」 「一緒に、いてくれる?」 「うん、いるよ」 「ホントに、アイシテル」 「うん、ありがとう」 俺を抱きしめたまま、いづみは涙を流し続けた。その間中、俺は涙も流せずに、いづみをなでてやっていた。ただうなづくいづみに、何度もアイシテルを囁きながら。 暫くして、いづみの涙が乾いた頃。俺の部屋に移動して、いづみにどうしてココへ来たのかを尋ねた。すると、綾に教えられて放っておけなかったから、といづみは答えた。 「なぁ、いづみ。お前さ、マジで俺の彼女になってくれるの?」 尋ねると、いづみは当然のように「違うの?」と尋ね返した。さっき散々アイシテルとかといっておいて何だけど、確かいづみには彼氏が居たような気がする。誰なのかとか詳しいことは聞いていないけど、そいつをそのままにしておく訳にもいかないだろうに。 「彼氏は?」 俺が聞くと、いづみは「別れるよ」と、迷うことなく返事を返した。 「はは、2年も付き合ってて、いいのかよ?」 「だって、あっちゃん、ほっとけないんだもん」 いづみから返ってくる答えは、それだけだった。 確かに俺はいづみを求めてるんだけど、その誰かも多分、同じようにいづみのことが必要なんじゃないだろうか。それを壊した原因が自分なのだと思うと、とてもいたたまれない気持ちになった。 だけどやっぱり、俺にもいづみの存在は、必要だと思った。 「彼氏にごめんっていっといて」 「うん、わかってるよ」 いづみも多分そんな気持ちがあったのだろう。俯いたまま少し不安そうに返事を返した。 「ちゃんと、タイセツにするから」 「うん、わかってる」 再びいづみを抱きしめて、俺はまた、独り言を並べていく。 「俺のこと、置いてかないで」 「うん、大丈夫」 「アイシテル」 「うん」 「ホントに、愛してるんだ」 「うん」 すぐに空気に溶けてしまう言葉を、どうにかして残そうと、彼女の存在がここから消えてしまわないように祈りながら。ただ、いづみの耳元で繰り返した。 きっと、こんな優しさを求めていたんだ。ずっと、これだけを求めていたんだ。だから今、その優しさの中で。いつまでも君を、愛し続けたいと想う。 求められたと勘違いして、与えていたつもりでも、相手に必要かどうかなんてわからなくて。求めるだけ求めて、与えられたつもりでいても、満足かどうかなんて、やっぱりわからない。 でも多分。求めることはワガママなんかじゃなくて。求められることは利用なんかじゃなくて。相手と共存するために、相手のことを想うこと。互いに求め合うことが、アイしあうっていうこと。 好きだよ。アイシテル。君の存在が必要だから。だから……ずっと俺の傍に居てください。 求めるとすれば、それだけ。 一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に何かを求め合って。願うとすれば、それがずっと続くこと。 「あいしてるよ」 空気に溶けていくその言葉達が、彼女の心にも浸透していくように、と……。そう願いながら、俺はもう一度だけ、独り言を囁いた。 END とっぷ りすと |