それより気になるのが、俺を残して帰ってしまうその神経。アマネ先輩は彼女が他の男と二人きりでもいいのだろうか。それとも、俺だったから残していったのだろうか。後者だったら俺は思いっきりアマネ先輩を裏切っていることになる。

 先輩と後輩、親しいからこその罪。そんなものもあるのかもしれない。

 別に俺はそういうことを気にするような性格じゃない。それなら最初からこんなカンケイは望まない。

 奪い取るのは簡単だけど、その後の処理が面倒だ。俺一人になったら、与えるのも守るのも、全て俺だけでする必要がある。それが愛だといってしまえばおしまいなのだが、俺にはそれが面倒で仕方ない。

 結局俺は、愛って名前にカッコウつけて、求めているだけに過ぎないのだと思う。

 そんな考え方をしているにも関わらず、目の前にあるもの、一度手に入れてしまったものを手放すことには抵抗がある。

 奏江先輩と別れるなんて考えられない。付き合っているに対しての別れるの過程ではなく、出会うの対義語である別れる、の意味で。

 先輩と後輩、セフレで浮気相手。それ以外の繋がりなんて俺たちには、ない。どんなにカラダを繋げたとしても、それは単なる快楽を求める欲求処理でしかない。どんなに俺が奏江先輩を好きでも、二人のセックスの間に愛なんてない。つまり、関係を切るということは、必然的に別れを意味する。

 そんな風に自分に対して言い訳を並べてはいるが、結論的には好きになっていたんだろう。ただ、それを認めてはいけない気がしているだけ。

 特定の人だけを愛し続ける自信なんてない。好きになってはまり込むなんてかっこ悪い。だから自分はこんな関係で満足している。そういう理想の人物像、言い方を変えればセカイを透かしてみる自分ってやつを作り上げて、考え方を無理やり頭に固定させていたのかもしれない。誰かを本気で好きになんてならない、と。

 それが今、全て壊されていく。相手がアマネ先輩だっただけなのに。

 劣等感にも似た嫉妬心。そんなものが自分の中に生まれてくるのを感じた。

 同級生、恋人同士。俺には絶対に手に入らないカンケイ。いつの間にか消えていたはずの距離が、俺の目の前に再び姿を現す。

 消えた距離も、このカンケイも、全て俺自身がそういう風に見ていたというだけなのかもしれない。

 だから今、必死になっているのかもしれない。

「よく今まで黙ってられましたね」

「だって、聞かなかったじゃない」

「彼氏がいることは薄々わかってたんすけどね。まさかこんなに近くにいるなんて思わないっしょ?」

 俺がいうと、奏江先輩は俯いて黙りこんでしまった。奏江先輩の隣に座り込んで先輩の顔を覗き込むと、目を合わせることを避けるかのように、彼女はふっと顔をそらした。

「アイツと別れてよ」

「アイツって……仮にも先輩でしょ?」

「もう先輩なんかじゃないっすよ。今の立場は奏江先輩の彼氏。でしょ?」

 奏江先輩は、けど……と口ごもりながら小さくうなづいた。

 俺は向かい側に座って、ベッドにもたれかかり、奏江先輩を見つめた。

「やっぱ、別れてくれないんすか?」

「だって、普君は……」

 きっとその先には、アマネ先輩が好きだとか、捨てられないとか、そういった悲しい事実が続くのだと思って。それが聞きたくなくて。俺は遮るように口にする。さも傷ついていないかのように、平静を装った、わざとらしい軽い口調で。

「ですよねぇ。所詮俺なんて、ただの浮気相手でしかないっすもんねぇ」

「違うよ! そんなこと……」

「じゃあさ、最初から俺が彼氏で、アッチが浮気相手ってことにすれば?」

「で、できない、よ」

「じゃあ、ちゃんと別れて」

「ダメ。どっちも、大切だから」

 タイセツなのはわかってる。でも、多分……いや、絶対。どちらかが上で、どちらかが下になる事は、決まっている。

 今まで自分は下だって認めていたくせにこうして問い詰めるのはおかしな話だが、きっと現実を見てしまったせいだろう。アマネ先輩が彼氏だという事実を知ったことによって、想像上にしかいなかった奏江先輩の彼氏という存在が形を持ったのだ。

「結局はさ、奏江先輩がどっちをとるかじゃない?」

「選べない」

「そんなことないでしょ? 俺たちの意思でも、奏江先輩自身でも、先輩の気持ちは変えられないんだからさ」

 それがわかるのは、本人だけ。悩んでいる、奏江先輩だけ。結局悩みなんて自分以外に解決できる奴はいないのだ。

 黙り込んでいる奏江先輩を見つめながら、俺はなおも尋ねる。

「俺が別れるっていったら、内心嬉しいっしょ?」

「そんなことないよ!」

「どうしてそんなにはっきりいえちゃうんでしょうねぇ」

 嘲笑気味にいってやると、奏江先輩はまた黙って俯いた。奏江先輩の前にいって覗き込むと、奏江先輩は瞳に涙をためて、唇をかんでいた。

「ねぇ、お姫様ってどんな気分? 取り合いされて嬉しい? それとも、囚われたままで逃げ出したい?」

「そんなんじゃ……」

「ねぇ奏江先輩……早くしないとマジで俺が連れ去っちゃうよ?」

「ごめん。まって……」

 だんだん、奏江先輩の声が霞んでいく。

 彼女をこんなにもしているのは自分なのだという事実と、そんな状況を作った自分自身に、いささかイラつきを覚える。

「追い詰めてるの、わかってるけどさ、俺、マジで別れたくないんすよ」

 もう、強がってる場合じゃなくなっていた。
 ただ、別れたくなくて、必死に言葉を並べている自分の口元に、少しだけ笑みがこぼれる。

 必死になるのって、かっこ悪いんじゃなかったっけ。女一人を手放さないように、必死になって喋ってる俺って、すげぇダサいじゃん。

 そう、自分の中で認めることで、奏江先輩に対しての態度も変わっていく。

 自分が別れたくないからって奏江先輩を追い詰めて、半ば強引に別れさせようとしてる今の俺は、ほしい玩具が変えないからって地団太踏んでるような、小さなガキと変わらないのだと。これ以上かっこ悪いことなんてないのだと、そう認めることで、少しだけ素直になれた。

「重いかもしれないし、奏江先輩もこんなの押し付けられたら迷惑だとは思うけどさ。多分俺、アマネ先輩だったから、焦ってるんすよ」

「焦ってる?」

「うん。アマネ先輩相手じゃ、ちょっと分が悪いかなぁって」

「そんな」

「俺の方が先だったら、俺だけを見ててくれた?」

「わかんない、けど……」

「高校生なんてガキっすか? 校則と時間に縛られて、自由なんてほとんどなくて。やっぱそんな人じゃ、嫌?」

「そうじゃない。そんなこと、関係ないの」

 俺も、泣きそうだった。奏江先輩が泣いてる姿をみてたら。アマネ先輩のこと、考えてるんだって思ったら。少しだけ、目が潤んでいた。

 それを隠すように、奏江先輩のカラダを抱きしめる。

 抱きしめて。必死に抱きしめて。奏江先輩の耳元で、本音を小さく呟いた。

「お願い、俺にしてよ」

「でも……」

「……好きです」

「淳…?」

「マジで、奏江先輩が、好きなんすよ」

 もう、一度言い出したら止まらなかった。

 ホントにいうつもりなんてなかった。だって俺達はただのセフレで、それはどうあがいても恋人にはなりえない関係だったし、例え恋人になれるのだとしても、それを望むことはないと思っていた。

 それなのに今、俺はそんなことを望んでいて。涙をこらえたら、もう本音はこらえ切れなかった。

「ごめん。別に、壊すつもりなんてなかった。でも、別れたくないから。別れても、奏江先輩と繋がってたいから」

 もう一度「ごめん」と呟いて、俺は口を閉じた。

 暫く、奏江先輩を抱きしめたまま、沈黙が続いた。長い間、時計の秒針が動く音を聞いていた。長い間、窓の外を流れていく雲を、見つめていた。

 雲が、窓の端から端まで移動した頃。秒針が一周二周、回った頃。俺の腕の中で少しだけ顔をあげて、奏江先輩はゆっくり答えた。

「別れるね」

「え?」

「普君と、別れる」

 俺は一瞬、耳を疑った。そんな言葉がかえってくるなんて思っても見なかったから。

 俺は浮気相手、アマネ先輩は彼氏。浮気相手のワガママで彼氏と別れるなんてありえないと思ってたから。

「……いいんすか?」

 奏江先輩を覗き込みながら、その言葉と、奏江先輩の気持ちを確認する。

「わかんない。けど、私も、淳と離れたくないから」

 奏江先輩はそういって、俺の体を抱きしめている腕に、力を込めた。

「ホントに俺でいいの?」

「まだ、わかんない」

「後悔しない?」

「したら、慰めて」

「わかった」

 その言葉を誓うように、俺は奏江先輩に唇を重ねた。

 多分、アイじゃない。アイなんていう、キレイなものじゃない。アイって名前にカッコウつけて、求めてるだけに過ぎないんだと思う。

 ただ、求めてるだけ。

 ほしいんです、貴女が。

  END



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