PARADOX

(吉崎綾)


 生きることは単純だ。何も考えず、ただ先にある死を受容することのみを考えればいいのだから。

 生においての恋愛は、それを複雑にする要素の一つ。生きることに意味を与え、死の受容を困難にする。

 しかし、そう思っているのは苦しみもがいている本人にだけであって、傍観者から見れば、答えなんて簡単に見つかるものだったりする。だからこそ誰かに相談し、答えを尋ねるんだし、自分ひとりでは解決できない難問も多いのだ。

 他人のことと自分のこと、全てを客観的に見ることができる人間にとっては、セカイなんて実に単純明快な構造なのだろう。そんな人間がいるのかどうかは不明だが。

 少なくとも、俺は違う。ただ、傍観者の立場から見た場合、俺の周りの人間関係はそうだった、だからそう思うというだけ。

 これは俺の見解で、俺の意見で、何億幾つもある答えのうちの一つ。つまりは、それが俺の世界。

 そう思って、聞いててほしい。



 秋の気配も深まり、並木道のいちょうも色づき始めた頃。既に卒業して半年ほどたった母校へ、気が向いたので足を運んでみた。

「ちはー」

 明るい挨拶の後、何気なく開いたドアの向こうでは、どうやら愛し合う最中だったようで、聞こえてきたのは返事とは程遠い嬌声だった。

「あっ……やァん!」

「ちょっ……奏江先輩っ……」

 繋がっていた淳は一瞬見上げたものの、すぐに奏江へと視線を返し、顔をゆがめて挿れていたモノを抜いた。途端に結合部から白濁が散る。

 そのまま淳は後ろへ座り込み、奏江は淳の背に回していた手を離すと、肩で息をしながら床へ倒れこんだ。

「うわ! ごめんっ、奏江先輩」

「ん、平気」

 腹部を気にするように押さえながらだるそうに体を起こし、しいてあった淳のジャージを羽織って、奏江は床と向かい合ったままそばにおいてあったカバンを取った。そんな奏江に、淳は両手を合わせ、小さく頭を下げる。

「抜いたんだけど、ちょい入っちゃったかも……マジごめん」

「大丈夫よ」

「マジで? 何かあったらすぐいってくださいよ?」

「うん、ありがと」

 見られたことで焦っていたのだろうか。ジャージのジッパーをあげると、パンツとスカートだけをはき、他の衣服はカバンに詰め込んで、奏江はそそくさと帰ってしまった。まぁこの状況で何をするわけにもいかないだろうから、それが一番賢明な判断なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、帰っていく奏江を見送りながら淳がため息を吐くのが聞こえた。

 奏江が出て行った後の扉を閉めて振り返ると、淳は怪訝そうな表情で立っていた俺を見上げていた。

「ちょっとぉ、綾先輩、邪魔しないでくださいよぉ」

「はは、悪い悪い」

 淳は床に座り込んだまま「まぁ俺はいいんすけどね」といいながら、ティッシュの箱をつかもうと手を伸ばした。とって投げてやると、「どうも」と返し、何枚か引っ張り出してさっきの行為で汚れた自分のモノを拭き、丸めてゴミ箱へ投げ入れる。そしてさらに何枚か出して、今度は白く汚れた床の上に広げた。

「どうして?」

 俺が話を戻すと「奏江先輩彼氏いるっぽいから、何かあってもどうにかなるっしょ」と、軽い返事を返した。

「ってぇかノックくらいしましょうよ」

「声を出さねぇ方が悪いだろ。部室に入るのに普通ノックなんかするか?」

「はは、そうっすねー」

 ティッシュの山をゴミ箱に押し込み、淳は脱いでいた上着を着ながら椅子に座る。

「で、何か用っすか?」

「奏江といつからヤってたんだよ」

「え? そのこと?」

「いや、気になったから」

 あぁ、そうっすか。と返事をし、淳は思い出すように視線を仰ぐ。

「えーと、去年の夏くらい、かなぁ? あんまり記憶にないんすけど」

「ふぅん」

「水泳の後で髪の毛とか濡れててさ、妙に色っぽかったんで」

「あぁ、そう」

「何すかぁ? 自分が聞いたくせに」

「別に理由まではきいてねぇし」

 淳は呆れてふぅ、とため息をつくと、タバコを咥えて火をつけた。ゆっくりと息を吸い、輪になった煙をふわっとはいた後、タバコを一本俺に出した。

「綾先輩も吸う?」

「あぁ、そんじゃ……」

 差し出されたタバコをつまみ上げ、ポケットからライターを取り出し火をつけた。


 奏江が普と付き合い始めたのが去年の3月。普の大体の恋愛話は聞いている。何かにつけてよく喋るから。

 俺のキオクが正しければ、確か普から告ったはずだ。普の恋愛は大抵告られてどちらかが飽きるといったパターンが多かった。それは普の性格のせいか、よく知らない奴でも付き合うせいかはわからない。ただ、普から告白するケースは珍しい。それだけアイツは本気だったのだろう。にも関わらず、このざまか。

 他人同士の恋愛ごとに口出しする気はないが、彼女の浮気相手が淳だということは少し同情する。

 普は見た目もいいし、別れるにはもったいないとでも思ったのだろうか。それとも、自分から別れを切り出すのが嫌なだけなのだろうか。相手を傷つけることを罪と捕らえ、その重さを背負おうとしない。世の中にはそんな人間もいる。つまりは、自分にウソをついているということ。そして、その場から逃げようと浮気に走ることになる。それもひとつの罪だし、自分に、牽いては相手にウソをつくことも、そう考えれば立派な罪だということに、当の本人は気づいていない。

 奏江がそんな奴だとはいわない。あくまでも可能性の一例であって、現在の状況と照らし合わせて考える必要はない。ただ、俺の中にそんな考えが浮かんだというだけ。

 本気でスキなのかどうかなんて俺にはわからない。しかし、淳と普、どちらもスキだなんて言葉は、ただの戯言でしかない。

 所詮この年齢での恋愛なんてそんなもんか。

 タバコの火をもみ消しゴミ箱に捨てると、淳に軽い挨拶をして帰ることにした。



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