戦争がきっかけで、一族は皆殺された。人間と吸血鬼の戦争だ。当時は既に人間との仲は悪くなっていて、もう修復できない状態だった。いつの頃からか彼らは俺達を人殺しだと言い、街で見つかれば公開処刑が行われていた。そんな時代に俺達は生まれ、そして間もなく、大きな戦争が始まった。戦争は数年間続き、この辺りの吸血鬼は当時小さかった俺とアリア以外、皆殺しにされた。他の国に残っているのかもしれないけど、少なくとも家族は誰も教えてくれなかった。教えてくれたとしても会いに行けるわけでもないのだから、いないのと同じことだ。

 戦争が始まって1年が過ぎた頃、俺の父親も戦争に出ることになった。その頃だっただろうか。俺達は隠し部屋のさらに奥、4畳程の小さな部屋の床下に隠された棺の中に二人で入れられた。少し狭かったけれど、そんなことを言っている場合ではなかった。

「眠りなさい。悪夢が醒めるまで」

 それが母親の最期の言葉だった。

 それから100年余りアリアと俺は眠り続け、目を覚まして棺から出ると、そこにはもう空が広がっていた。辺りには仲間どころか建物もなく、地下のこの場所にいなければ俺達も死んでいたことを暗示していた。少し辺りを見に行ったけれど、建物の多くは燃やされており、一番奥の崖の上に建つこの場所だけが綺麗な形で残っていた。飛ぶことのできない人間は、ここを燃やすことができなかったのだろう。

 そして俺とアリアはこの場所に隠れ、何百年の時間をすごした。それくらい長い時間が経てば、地形も徐々に変わってくる。雨によって屋敷の後ろに広がっていた崖は崩れ、この屋敷へ渡ることができるようになった。それは人の手が加えられていないためにお世辞にも道とは言えないものだったが、俺達が通るようになって徐々に獣道のような小さな道ができていった。

 久しぶりに降りた街は大きく変わっていて、当時あった店などはほとんどなくなっていた。機械と言うものが増え、見たことも、用途さえわからないものも多く目に入った。俺達がまだ子供の姿だったこともあり、人々は尋ねるたびに色々と教えてくれた。俺達が吸血鬼だと疑われることも全くなく、安心した。

 周りと話をしてみると、戦争については語り継がれているようだった。しかし、その戦争と同時に吸血鬼は滅びたということになっており、俺達の歴史は多数の噂を帯びて伝説となっていた。そして何も知らない人間は、この屋敷に吸血鬼が住んでいるという設定を作り上げ、それを物語にして楽しんでいた。それはここが人間の世界であり、もう俺達の入る隙間は残っていないという証明でもあった。

「ごめんなさい」

 慌ててアリアが頭を下げる。けれど、もう気にする程の感情は残っていなかった。それは遠い昔話。人間達の世界で伝承になると共に、俺の気持ちの中でも、徐々に過去の物語として整理されていったうちの一片でしかない。

「いいよ。不思議だもんな。吸血鬼の家に俺みたいなのが一人で住んでるなんてさ」

 俺が笑ってみせると、アリアは少し困ったような顔をして、尋ねた。

「あの、レオン君は、寂しくないの?」

「別に。なんで?」

 俺の返事にアリアは言葉を詰まらせた。俺があまりにもすんなりそう答えたからだろう。だけど俺にとってはこれが普通だった。いや、元々は普通じゃなかっただろうし、家族やアリアがいなくなった時は寂しいと思っていたのかもしれないけど、そんな感覚が消えるくらいに時間はたっていた。だから、今一人であることに寂しさも感じないし、母子家庭で育った子供がそれを当たり前だと思うように、俺の中でもこの状況がもう当たり前であるのだった。

「そんなに困るなよ。みんな環境が違う、それだけさ」

 言ってやると、アリアはやっぱり困った顔をした。だけど今度は少しだけ、笑ってくれた。笑顔もアリアにそっくりだ。ここが本当に現実なのかと疑いたくなるくらいに。

「で、アリアは何がほしい?」

「何、って……」

「ほら、何か持って帰るって言ってたじゃん」

 俺はアリアが最初に言っていた言葉を思い出し、話を戻した。この、暗い空気を払いのけるように。

「いや、俺友達とかいねぇからさ、仲良くなってくれたアリアにプレゼント。何かひとつ、好きなものやるよ」

 寂しくはないと言ったばかりだというのに、矛盾してる。だけどそれは紛れもなく本心だった。ただ意識していなかっただけで、やっぱり内心は少し寂しいのかもしれない。今の俺に、その気持ちを受け入れる気は、まだないんだけど。

「なんでもいいよ」

 遠慮したのか、それとも本当に肝試しができればよかったのか、アリアはそう言った。俺は少し考えて、そしてあるもを思い出し、それをあげることに決めた。

「アリア、ちょっと待っててくれる?」

 階段を駆け上がり、二階の一番奥の部屋を開く。そこはアリアの部屋だった場所で、彼女がいなくなる前と何も変わってはいなかった。俺が眠っているのと同じ時間ずっとそのままだったのだ。俺はいつまでも開くことのできなかったタンスを開いた。取り出したものは、アリアの遺したペンダントだった。大きなエメラルドが小さなダイヤモンドの粒で囲まれている。それはアリアの親の形見で、アリアがいなくなる前に俺にくれたものだった。それを握り締め、俺は再びアリアの場所へと戻る。

「はい、これやるよ」

 ブローチを手渡すと、アリアは驚いて、慌てて俺に押し付けるように返した。

「こんなに高そうなもの、駄目だよ!」

「いいって、俺がつけるわけじゃないしさ、金に困ってるわけでもないし」

「だけど私、ただ肝試しにきただけなのに」

「いいんだって」

 俺は少し口調を強め、言った。

「俺はアリアにつけてほしいんだ」

 アリアは戸惑っていたが、俺が「頼むよ」と加えると、少し納得いかない様子ではあるが、受け取ってくれた。

「なんだか、ごめんなさい」

「だから、俺からのプレゼントだって。プレゼントってのはあげたいものをあげるもんなんだよ。値段とか関係ねぇの」

 俺が言うと、アリアはようやく「ありがとう」と、笑ってくれた。

「それじゃ、もう帰るね」

「あぁ、気をつけて帰れよ」

 手を振ると、アリアも笑って振り返してくれた。俺は久しぶりの訪問者を、彼女の姿が消えるまでずっと、見送った。


[*前] | [次#]

とっぷ りすと
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -