Mauloa


 伝承なんて噂の類でしかなくて、大抵ウソで重さを増して、さも面白い話のように仕立てあげられてるだけ。そのネタにされた不幸な犠牲者が俺達って訳だ。

 俺は人間でいう魔物の類にあたる、吸血鬼という人種である。人種、なんておかしいかな。人間はきっと、俺と自分達が一緒だなんて思ってないから。例えば、銀の十字架とニンニクが苦手だとかってのは、嘘。血を吸わないて生きられないってのも、いつの時代の話だよ、ってなもんだ。それから、吸血鬼は日光に当たると灰になる、なんてのも嘘かな。ただ、光を見ると死にたくなるから、半分は本当かもしれないのだけど。何なんだろうな、アレ。昔は平気だったんだけど、ここに引きこもるようになってから、そんな気になってくるのだった。

 現実問題、死にたくても死ねないってのがあるんだけどさ。吸血鬼だからって痛みがあるのは人間と同じで、死ぬことに恐怖があるのも、やっぱり同じ。だからこんな無意味な生き方をしているのだ。

 まぁ、吸血鬼の末裔なんてそんなものってこと。代を重ねるごとに弱点はどんどん消えていく。そして今、俺は限りなく人間に近い生き物になっている。それはもう、寿命が長い人間と言えば伝わるくらいに。ある意味、進化してるんだと思う。



 何年眠り続けていたかなんてわからない。何日起きているのかも、わからない。日にちなんていう概念は既になくなっている。人間と隔離されるようになってからはずっとこんな暮らしだったと、遠い昔に父が言っていた。花が咲けば春だと感じ、雪が降れば冬だと知る。ホント、そんな感じ。そんな日常を壊したのは、数十年ぶりの訪問者だった。

「こん……に、ちは……」

 おびえた様子の声が、俺一人で住むには広すぎる屋敷の中に響き渡る。姿を見ると、どうやら女の子のようだ。歳は幾つだろう、まだ成人していないようにじゃ見えるが、暗くてはっきりとはわからない。

 普段なら眠くて無視しているところだが、今日は偶然にも起きたばかりだったので、たまにはいいか、という軽い気持ちで出ることにした。

「こんにちは」

 俺が挨拶を返すと、相手は身をこわばらせ、恐る恐る辺りを見回した。

「誰か、居るの……?」

「あぁ、いるよ」

 玄関ロビーへ続く階段を降りながら、返事をする。コツコツと俺の足音だけが響き、少女はドアを開いて覗き込んだまま、少しあとずさった。

「だ、誰……?」

 人の家にやってきて名前を聞くなんていささか失礼な気もするけれど、きっと近くの町の誰かなんだろう。この辺りでは誰もがここは無人、もしくは吸血鬼が住んでいる、のどちかを信じている。彼女がどちらを信じているのか知らないが、どちらにしても俺は不審者なのだろう。

「俺はレオンってんだ。お前は?」

「わ、私は、アリア……」

 その名前に、俺は足を止めた。止めたというより、止まってしまったのだ。本当に偶然なのだろうかと思うくらい、驚いた。その名前は、俺が最後に別れた人と同じだったからだ。人間ではなかったけれど、彼女と別れてから、同族にも、もちろん人間にも会っていない。もう、四百年余り、いや、もっとだろうか。それくらい昔になる。

 あまり思い出したくなくて、気にしないように再び足を進める。

「そう、アリアね。とりあえず入りなよ」

 アリアは暫く動かなかったけれど、俺が目の前まで行くと、安心したのかようやく中まで入ってきた。その顔を見て、俺は再び息を呑んだ。姿かたちまでアリアとそっくりだったからだ。それはもう、彼女は生まれ変わったのだろうかと思うくらいに。

 いや、違う、ちがうちがうちがう。

 間違えそうになっている自分の脳を叱るように、頭の中で数回繰り返す。こいつはあくまで別人だ。アリアはもう、どこにもいないのだから。

「いらっしゃい」

 気を取り直して、久しぶりの笑顔を浮かべる。けれど、アリアは辺りをキョロキョロしながら、不安そうに両手を握り締めていた。

「どうしたの?」

「早く、逃げないと……」

「逃げる? どうして」

「殺されちゃうわよ!」

「え? 誰に?」

「吸血鬼!」

 あぁ、そういう設定になってるわけね。確かに、誰も近づけないためには一番いい言葉だろう。だからたまに、恐々覗きにくるやつがいたのか。

 何故ここまで憎みあうことになったのか、俺にもわからない。家族は誰も教えてくれなかった。ただ、人間と関わってはいけないと、ずっと言い続けていた。俺達を殺す、怖い生き物なんだと。最期の言葉も、確かそんな内容だった気がする。

 きっとアリアも同じように、小さな頃から言われ続けてきたのだろう。

「レオン君は聞いたことないの?」

「いや、あるよ。吸血鬼が住んでるんだってね」

「そうよ! だから……」

「それじゃあ、どうしてアリアはココに来た訳?」

 必死に訴えるアリアの言葉を遮って、俺は尋ねた。するとアリアは躊躇うように視線を落とし、そして小さく言った。

「肝試しなの」

「肝試し?」

 確かに子供がよくやる遊びだ。実際何度か子供が来たこともあったが、ベッドにいたり面倒くさかったりでこうして会ったことはなかった。子供が考え付くことなんて、いつの時代も同じようなものなのかもしれない。

「この家から、何かとってこい、って…」

「泥棒じゃん」

「だっ……だからっ、返すつもりだったわよ!」

「そんな、返す返さないじゃなくてさ、勝手に他人のものを持っていく行為が泥棒な訳」

 正当な意見だと思ったのか、アリアはおとなしく「ごめんなさい」と謝った。

「いや、いいんだけどさ。誰もいないと思ってたんだろ?」

 アリアは少し戸惑いながら頷く。

 あぁ、誰もいないんじゃなくて、吸血鬼がいると思ったんだったっけ。

「大丈夫だって。ココには俺しかいねぇよ」

「でもっ! ここは吸血鬼の家だ、って」

「噂だろ? ここは俺の家」

「ここ、が?」

 アリアは恐々と館の中を見回す。たくさんの窓にかかる紅いカーテン、先祖のものだと思われる大きな肖像画、ど真ん中にズドンと存在する階段……。アリアにとってここは物語に出てくる吸血鬼の館そのものに見えるだろう。それが事実なのだから、当然なんだけど。

「だからさ、そんなに心配するなよ」

 優しく言ったつもりだったが、アリアにとって、慰めの言葉になっただろうか。なんだか嘘を言っていないのに、嘘をついている気分になる。人間だと思い込んでるアリアに合わせてるんだから、アリアを騙していることは確かなわけで、それがこういう気分にさせているのかもしれない。俺にも感情ってもんが残っていたのかと思うと、なんだか驚いた。

「何なら全部案内してあげるけど、どうする?」

「全部、って……一人で住んでるの?」

「うん、どうして?」

 何の疑問もなくそう返した俺に、アリアはもう一度館の中を見回して、言った。

「だって、こんなに広いんだよ。家族の人はいないの?」

 あぁ、確かに、普通の人間からすれば、若い人間がこんなに大きな屋敷に一人で住んでいるなんておかしく見えるのだろう。

「みんな死んじゃったんだ」

 俺は、過去を思い出しながら、呟いた。



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