狂愛ジンテーゼ その真っ赤な糸で、俺の首を絞めて下さい。 その真っ白な腕で、俺を絞め殺して下さい。 [ 狂愛ジンテーゼ ] 目を覚ますと、普段通りの自分の部屋だった。 喉に手をやり、何もないことを確認する。 そして、さっきまで止まっていた呼吸のリズムを取り戻す。 幻だった。 微笑むユカリさんの姿は。 それから、俺の首を締めていた、あの縄と腕も。 俺は恐らく、ユカリさんに殺されかけていたのだと思う。 あの状況から察するに、それしか浮かばなかった。 けれどその時のユカリさんの表情は、ひどく穏やかで。 今まで見たこともない程、綺麗で。 それを初めて正面から見られたことに、少しだけ、喜びを感じていた。 そんな夢だったので、目覚めはさほど良いとは言えなかった。 しかし、朝は変わらずやってくる。 「おはよう」 何でもない、朝の挨拶。 それさえも彼女は、返してはくれない。 反応ひとつ見せず、まるで俺が此処に居ないかのように振る舞うその態度は、俺自身に対しての存在否定と言えなくもない。 「冷たい女だな」 隣から、カズが呟く。 「ハハ、いつも通りだ」 「いつも通り、って……」 「これくらい、慣れてるよ」 笑いながら言うと、カズは理解できない様子で目を逸らした。 「どうした?」 「お前はおかしい」 「いつもの事だろ」 「自分で言ってりゃ世話ねぇよ」 言いながらカズは、タバコをくわえて火を付ける。 その姿から目を逸らし、廊下を見つめる。 「なぁ、カズ」 「ん?」 「俺が死んだら、ユカリさんは喜んでくれると思うか?」 カズは顔色一つ変えず、くわえていた煙草を手に取ると、大きく一息吐き出した。 「お前、自分が何いってるか解ってんのか?」 「ハハ、わかってるよ」 俺は静かに、答えた。 「そんな夢を、見たんだ」 不思議と、悲しさはなかった。 俺でも彼女を笑わせる事ができるのだと、思った。 「単なる夢だろ」 「夢でもユカリさんは綺麗だった」 「そりゃお前の頭は変わらねぇからな」 カズはまた、煙を吐き出しながら言った。 「頼むから、そんな冗談で死ぬなんての、やめてくれよ」 「わかってるよ」 「いや、どうもお前は単純すぎていけねぇ」 小さなため息をつきながら、カズが呆れる。 そうだな、と同意して、ゆっくりと目を閉じた。 けれど、どうしても忘れられそうにない。 その光景と、その場に不釣合いである、あの悦びが。 拒絶するのならば、いっそ貴女が消して下さい。 貴女の手で、俺の息を止めて下さい。 そうすれば貴女は、俺を忘れはしないでしょう。 そうすれば俺は、貴女を忘れられるでしょう。 了 とっぷ りすと |