透明な道 秋も半ばに差し掛かるのに、何故か暑くて、エアコンをつけてみた。冷たい風が頬を撫でる。腫れあがったそこに、ひりひりと痛みが走る。抱きしめてくれてる勇太クンの体温が、より一層熱く感じられる。 その傷ができたのは、ついさっきのこと。理由は簡単。勇太クンより先に帰った。それだけ。 「何勝手なことしてんだよッ!」 衝動的な行動が、私の頬を傷つける。けれど、まだ勇太クンは気付いていない。頭に血が上ってる彼には、私の姿さえ映らない。 「危ないって何度いったらわかるの?!」 「だ、大丈夫だよ……まだ、お昼だし……」 「関係ないよ!」 私の言葉を遮って、彼は叫んだ。 「ミリは自分がオンナノコだってこと、全然わかってない!」 勇太クンがオンナノコのこと、わかってないんだよ。なんて、恐くて言えなかったけど。きっと今、世界が見えなくなってるんだよ。それは前に立った、私のせいかもしれないけれど。 勇太クンが私を見て、私が勇太クンをみる。互いの視界の大半を占めるのは、相手の姿。だけど私たちは、前が見えなくなっているんじゃない。前に向かって歩いていたら、道が繋がっていただけ。だから私たちは出会った。今はただ、正面にいた人物を見つめている。そして、恋がうまれたために、立ち止まっているにすぎない。だから、私たちはこれから、二人で新しい道を探さなければいけない。 気付いたら、涙を流してる私。そして目の前には、呆然としてる、勇太クン。私の涙が彼の頭を冷やし、彼は冷静さと現実感を取り戻す。そしてそのうち、同じように涙を流しはじめる。 「……ごめんね」 「いいよ」 「痛かった、よね?」 「大丈夫」 ニコッと笑うと、勇太クンはさっき叩いた頬にキスを落とした。 「嫌いに、ならないで」 「うん、好きだよ」 「オレ、すっごくミリのこと、愛してるんだよ……」 「うん、わかってる」 私はこんなに愛されてる。彼が、狂ってしまう程に。私が、壊れてしまう程に。 そんなこと、わかってる。わかってるから、安心して彼を愛せるのだ。 部屋の温度は、はエアコンによって徐々に下げられていく。この冷たい空間に、私たちは単なる熱の塊として取り残された。まるで、今の現実と私たちの理想の関係を具現化しているようだった。 このままではいけない。このままでは、私たちは世界に飲み込まれ、熱を失ってしまう。だから私たちは探さなければいけない。この世界をきちんと見つめ、うまく生きられるような、二人だけの新しい道を。 了 とっぷ りすと |