第一話。




意味がわからない。

いや、元々空兄の言うことは突拍子もないことが多いが、それにしてもぶっ飛びすぎてる。

空兄の長々とした夢物語を要約すると、俺達は神の生まれ変わりで、今から世界を救う勇者になるんだそうだ。

なんて夢のある話だろう。

だけど俺だってもう16歳、そんなに子供じゃない。

そんな夢を本気で見るような年齢じゃないのだ。

第一、どうやったら世界が救えるんだ。

どうして世界はなくなるんだ。

と、いうか、世界は危機だったの?

色々思ってる人はいるだろう。

だけどそんなの、俺だってわからない。

むしろ、俺の方が聞きたい。

何から話していいのかわからないけど、とりあえず、俺の自己紹介から始めるべきか。

俺の名前は乙姫聖、ってかいてオトヒメセントって読むんだけど、まぁその、名前の読み方がおかしいとかいうのは、あまり気にしないでほしい。

俺は聖なる都エマルドって場所で生まれて、その中心にある大きな教会に隣接してる孤児院で育った。

教会と聖職者の多いこの町は、孤児院なんかも多くて、他の国から子供が送られてくることさえあるんだ。

それから、俺は天使族っていう背中に小さな羽根がついている、っていうか浮かんでる種族。

天使の生き残りなんだってことで、この町では特に大切にされている。

っていっても希少種なんてものじゃないんだけどね。

あとは、本当の家族は血の繋がった兄の空だけ。

今は孤児院を出て、空兄と同じ警察署で働いてる。

一緒に住んでるのは、同じ日に拾われた星斗とその姉の葉月、あとは孤児院のお姉さんだった神子さん。

それくらいかな、俺の紹介は。


で、こんなことになったのは、つい先日。

「あ、シナモンさんおはよー」

いきつけのパン屋のお姉さんに笑顔で手を振り、大通りを駆け抜けて、俺は仕事場である警察署へ向かう。

働いてる支部は小さくて、俺と空兄の二人しかいない。

だからこうして、遅刻ギリギリに行くのが日課となっている。

「せーふ!」

ドアを勢いよく開けると、あきれ顔の空兄が座っている。

「お前なぁ、どうしてそんなにルーズなんだ」

「空兄はどーしてそんなに早く準備できるわけ」

「毎日が遠足気分だからだ」

「わけわかんねぇよ」

「毎日明日が楽しみってこと。だから前日に準備するってこと」

「あ、なるほど」

なんて、納得しなくてもいいところで納得してしまう。

そんなたとえ話でもわかるように、空兄は子供っぽい。

俺より四つも年上だというのに。

「っつーか聖、お前ももう16歳になったんだな」

しみじみと語る空兄。

「俺が孤児院を出た年だぜ」

「そっかぁ。孤児院を出てから、四年もたつんだよなぁ」

のんびりした町並みを眺めながら、こうして雑談をする毎日だ。

たまに財布を落とした人や、道に迷った人がやってくるくらい。

あまりに暇なときは、パトロールという名の散歩へ向かったりもするのだけど。

ただ、今日は少しだけ違っていた。

いつも通りののんびりした毎日を俺は望んでいたはずなのだが。

神様は、そんな些細な願いさえもかなえてくれないのだろうか。

「それでな、お前に話とかなきゃいけねぇことがあるんだよ」

「なに?」

「うん、16歳になったらな、伝えようと思ってたんだけどさ」

空兄は少し真剣な顔をして、言った。

「お前は神の生まれ変わりだったのだ!」

「そんなつまんねぇ冗談いいから、仕事しろよ」

「いやいや、俺が言ってるけどさ。ほんとなんだって」

「いいから、さすがにそれは信じないから」

毎度毎度だまされてる俺だが、こんな冗談を真に受けるほど馬鹿じゃない。

なんて、騙されなかったことに対して少し優越感に浸ってたら。

「おにいちゃんは悲しいよ。実の兄弟さえ信じられない子に育ったのか」

「そういうわけじゃないけど」

「俺の育て方が間違ってたんだな」

「冗談ばっかりいうからじゃん」

「冗談みたいだけどな、本当なんだよ」

なるほど、俺自身が神様だから、些細な願いも叶わなかったわけか。

ってんなわけないだろ。

「聖、兄ちゃんが時間魔法が使えることに疑問を持ったことはないか?」

言われて少し、考えを巡らせる。

空兄は確かに、時間を操る魔法が使える。

そしてそれはものすごい才能だということも聞いた気がする。

だから普段は使ってはいけないと、確か聞いていた。

時間に踏み込むことは、神の領域を侵すことになるから、と。

「才能じゃなかったの?」

「まぁ、才能あふれる俺が使っていたら疑問になんて思わないかもしれないが」

「いやいや、そういう意味じゃないんだけどね」

こんな軽いノリで言うから信用できないだけなんだけどね、兄貴。

「どう言ったら信用してくれるんだ」

困ったような口調でいう空兄。

ここまで言ってもネタばらしをしないってことは、本当なのかもしれない。

「わかったわかった、一応信用しとく」


「生意気な返事だな」

空兄はまだ不満そうだったけど、そんなことは気にしない。

「で、どうすればいいわけ?」

「お前は、自分の記憶を取り戻せ」

「どうやって」

「神々は肉体が滅びるとき、魂を人間の中へ、記憶を宝石として封印したんだ」

「つまり、その宝石を捜せばいいわけ?」

「そういうこと」

よく理解しきれていないが、とりあえず従うしかないようだ。

反論しなくなった俺に対して、空兄は満足そうに笑っている。

「そんで、どこにあるの? 家? この町? 隣町?」

俺は面倒くさいといわんばかりの口調で言う。

と、空兄の口から、思わぬ一言が。

「世界のどこか」

あっさりと、限りない広範囲を指す空兄。

「何いってんの! 無理無理!」

「ま、星斗の占いがあれば大丈夫だろ」

「確かにあいつの占いは当たるけど……」

「たぶん」

「適当じゃん!」

俺が怒るのも当然だ、と思うんだけど。

「まぁまぁ、がんばろうよ」

なんて、怒られてる意識もないのか、至極気楽に言う空兄。

「空兄も行くってことなんだよね?」

「ま、そのうち」

「え?」

「先にいっといてよ、追いつくからさ」

「はぁ?!」

結局理解もできないまま。

かといって、逆らうこともできないまま。

こうして俺達は、目的も不明確な旅に出ることになったのだった。


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