はじまらない物語
Story that does not begin
( * * * * * * )


義妹ができて以来、わたしはこの城で二番目になった。

「魔法の鏡よ、世界で一番美しいのは誰だ?」

「そちらにいらっしゃるひなの様でございます」

鏡の奥から彼が答えると、お父様は満足そうに頷き、わたしに言った。

「この鏡をひなのにやろう。お前の母親の形見だ、大切にしなさい」

思えばそのとき、既に義母との結婚の話は決まっていたのかもしれない。その日から、塞ぎこんで泣くわたしの傍にいてくれるのは、お父様からこの鏡にかわってしまった。

世界で一番なんて望んでいない。嘘だと思っているけれど、例えそれが本当であっても、何の価値もない。
だってわたしがこのお城から出ることなんて、もうないだろうから。

「綾、わたし、かわいいかな」

鏡を覗き込んで、わたしは尋ねる。

「ひなのちゃん、それ聞く相手、あっとる?」

魔法の鏡……その中にいる綾は、そんな生意気なことしか返さない。ここに来た頃は、それでもひなの様と呼び、口調だって敬語だった。それが今や、この有り様である。

「ちゃんと答えてよ、魔法の鏡の癖に」

「はいはい、かわいいよ」

「あの子より?」

「そんなの聞いてどうするん?」

「いいから答えて」

鏡の中の綾は、わたしなんか見ていない。手に持った小さな手鏡ばかりを見つめている。
それも同じく魔法の鏡で、世界中のどこでも映すことができるのだという。その手鏡と綾のいるこの鏡はリンクしていて、ときには手鏡の映像をこの壁掛けの鏡に映すこともできる。

昔はそれで色々な場所を見せてもらった。お母様がいなくなってから塞ぎこんでいたわたしに、彼なりに気をつかってくれたのだろうか。それとも、わたしがお母様の娘だから、だろうか。

もう何年も一緒にいて、色々なことを話してきたつもりだけれど、よく考えるとわたしが一方的にしゃべっていることが断然多い。だからわたしは、綾がどんな人間……ではないけれど、どんな性格なのか、よくわかっていない。

「さぁ、かわいいんじゃない?」

「どうしていつもそんな言い方するの?」

昔は、もっと優しかったのに。
どうしてみんな冷たくなっていくんだろう。お父様も、大臣も、他のみんなだってそう。意地悪をされるわけじゃないけれど、前よりもずっと、よそよそしい。

明日は義妹の誕生パーティーだ。
漆黒の髪は真っ白な肌をさらに白く見せ、ほんのり染まった頬を緩めて微笑めば、誰もが必ず彼女に見とれてしまう。美しいという言葉を人の形にしたような彼女の隣で、わたしはただ小さくなって俯くことになる。
とても憂鬱で、明日なんて来なければいいとさえ思う。

そんな苛々のせいだ、わたしが今、いつもと変わらないはずの綾の態度に、無性に腹が立つのは。

「見えてるんでしょ? お城だけじゃなくて、全部。あの子の顔だって知ってるはずだし、他にもたくさん、わたしよりかわいい子だってたくさん知ってるんでしょ?」

「見えとるよ。見えとるけど、それとひなのちゃんを比べてどうするん? 答えなんてわかりきったことじゃない?」

「わからないから聞いてるの!」

さっきから面倒くさそうな返事ばかりしていた綾だけれど、泣きそうなわたしを見て、ようやく立ち上がった。

「何が心配?」

鏡の中から、綾がふわりと姿を現す。
どれくらいぶりだろう。少なくとも一年はたっているはず。
鏡の中にいるとわからないけれど、わたしの目の前に立つ綾はとても大きい。

「俺もひなのちゃんと一緒なのに」

いくら綾が魔法の鏡だからって、人の心まで見ることはできない。だから、口にしないと伝わらないことはわかっている。

だけど、言えない。

「世界で一番かわいいぜ。俺の前におるのは今までもこれからもひなのちゃんだけなんだから」

その言葉がいつか変わってしまうのではないかと、わたしはずっと恐れている。

かわいくなくても、美しくなくても構わない。だからどうか、貴方だけは、ずっとわたしのものでいて。


end no.2

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