僕等の始まり
(山車岡日和)



最中は面倒見がいい。無駄に、そして迷惑なほどに、面倒見がいい。他の連中は中学半ばや高校で一緒になったから、多分知らないだろうけど。俺や声羅は、その短所にもなりうる長所に、小さい頃から悩まされてきた。

弱いものを助けようというのだから、迷惑とまではいわない。ただ、すてきれないほどの悲しみは、俺たちにはどうしようもないものだから。無作為に手を出しても、それが助けになるとは限らない。俺は、そう思うだけだ。


細い腕と、大きな瞳と、不安げな表情と。全てを含めて、『弱弱しい』が第一印象。

「は、初めまして」

怯えるように口を開いたその少年は、最中の後ろで目を泳がせながら、震えていた。正確には、震えているように見えた。派手な髪の毛の俺と声羅を見て、怖がったのかもしれないけど。目が合った途端にそらされて、早速気分を害された。

「誰、こいつ」

怪訝な顔をする俺を見ながら、最中は「新入部員」といって近くの椅子を引いた。

「座れよ」

最中がいうと、彼は最中を見ながらゆっくりと席に着いた。

「霜月息吹」

「そいつのこと?」

「そ、こいつ」

名前を聞いて、ようやく記憶がはっきりしてくる。どこかで見た顔だと思ってたら、イジメでタゲられてたやつか。

「おい、声羅」

「ん?」

「あいつってさ…」

「あぁ、うん」

俺の言葉から言いたい事を察したようで、声羅は苦笑しながら息吹に目を戻した。また最中の癖がはじまった。恐らく声羅もそう思っていたことだろう。

「そっちが掃部声羅で、あっちが日下部日和」

聞こえていない最中が、息吹に俺達を紹介する。

「よろしくなー」

にこっと笑う声羅に対して、俺は笑う気にもなれず「どうも」と呟きながら頭を下げた。

「まだ俺達も入ったばっかだし、大丈夫だよな?」

「どうせこれだけ人数いりゃ、かわらねぇよ」

「しばらく記事も書かせてもらえないだろうしな」

部活の相談をしている二人から息吹へと目を向けると、彼は俺と声羅を交互に見つめていた。

「霜月君、怖いの?」

「うっ、ううん!」

気づいた声羅が覗き込むと、息吹は慌てて、過剰なくらいに大きく首を振った。

「俺の髪、地毛だから、ね? 母親がイギリス人なんだ」

「そ、うなんだ。す、すごいね」

「そっかな?」

声羅は早速うちとけた様子。心を開いているかは別として。

「まぁ、仲良くしようぜ」

声羅は自慢の長髪を指に巻きつけながら、警戒心を解くように笑いかけた。すると、真横から最中が口を挟む。

「こいつ、ナルシスト入ってるからよ」

「こいつ、機械オタクの自己中王子だから」

「オタクじゃねぇよ!」

「自己中はいいんだ」

「よくねぇ!」

見苦しい言い合いに、俺は呆れて呟く。

「ごめん、どっちもノータリンだから」

「ノータリン?」

不思議そうに、でも相変わらず怯えたように息吹が俺を見あげる。

「脳みそが一般人よりも欠如している病気」

息吹を見ながら適当な説明をつけると、二人が同時に顔を向ける。

『誰がだよ!』

「はい、仲良しー」

『仲良しじゃねぇ!』

「気持ち悪いほど息が合ってんじゃん」

顔をしかめてみせると、またもや二人同時に「なんだよ」と返された。なんでも二人の両親が仲がよくて、幼稚園の頃から一緒にいるそうな。どちらの家も資産家だから、そういうこともあるのかもしれない。最中は腐れ縁とうんざりしたようにいっていたが、隣で声羅は親友だと笑っていた。

「ホント、仲良しだね」

クスクスと笑い始めた息吹を見て、少しだけ安心した。笑えないほど壊れてはいないのか、と。
少し寂しそうだったのは、羨ましかったからだろうか。

「バカにされてるよ」

俺が言うと、息吹は再び「そんなこと!」と、慌て始める。

「バカにしてんのはお前だろ」

最中が睨みつける横で、気にすんなよ、と声羅は息吹の頭をなでた。

「いじめてやるなよー」

「いじめてないよ」

「こいつ、腹黒いから」

「優しいよ」

「俺のほうが優しいぜ」

もう親しみ始めた声羅は、息吹に「なぁ?」と同意を求めながら笑った。息吹は不思議そうにしていたが、まだ言葉はかけられなかったらしい。俺と声羅がいいあっているのを間で眺めながら、ぽかんと口を開けていた。それに気づいた声羅が、にやにやしながら俺を指差す。

「あのさー、こいつって……」

「黙れよ」

「兄貴と弟がいるんだけどさ」

「あいつらの話は俺には関係ねぇだろ!」

「なかったら話してもいいじゃん」

なおも続く勢いの口論は、最中が持ってきた入部届けによって遮られた。

「ほら、息吹。入部届けかけよ」

机の上に置かれた入部届けをみながら、息吹は頷く。そんな息吹にボールペンを渡して、声羅は隣に座ってまた話し始めた。

「息吹ってどうしてここに入ったわけ?」

「あ、なっちゃ…那由他君が…」

聞かれてることを考えるように、息吹はペンを止めて少し動きを止める。しかし、息吹が答える前に、声羅が「え?」と、遮った。

「なっちゃん…?」

いいながら、声羅は最中に目を向ける。最中は不満げに「何だよ」と、小さく呟いた。

「お前、なっちゃん?」

「……息吹が呼んでるだけだよ」

「…な、なっちゃん?」

何度も繰り返しながら、声羅は徐々に笑い始める。その笑いが声になってきた頃、最中は我慢できなくなったように「黙れ!」と叫んだ。

「だっ、だって…お前、なっちゃんなんて呼ばれてたのかよー!」

「黙れっつってんだろ! 息吹にかかれば、お前もあだ名になるんだよ!」

「俺はいいけどさ。名前もきれいだし?」

「そこまでくるか? ナルシスト」

「本当のことだから仕方がねぇだろ」

俺にはもう日常茶飯事の言い争い。お互い、こんなに本音が言えるのは相手だけなんだろうな、と思う。いつもみたいに面白いな、と思いながら見ていると、横に息吹が控えめに俺の袖を引いた。

「あの、ぴぃちゃん」

「……俺のこと?」

「うん、ぴぃちゃん。…だめ?」

「いやー、いいよぉ。みんなピヨって呼ぶし、ね」

何、イブ? そう返すと、息吹は少し驚いた顔をして、何故か恥ずかしそうに俯いた。

「どうしたの?」

「あ、あの。あれ、大丈夫かな?」

「いいよ、あんなのいつものことだから気にしないで」

言ってやると、息吹は安心したように「そっか」といった。

「なっちゃんがあんなに騒いでるの、初めて見た」

「あぁ、うん。声羅相手だとね…幼馴染だからさ」


まだ少し、おびえた様子もあるけど、しゃべってくれたことに俺は安心した。


「イブ。よろしくね」


初めて笑った息吹に笑い返し、入部届けを指さす。息吹はそれを書き始める。

案外強いじゃん。今まで休む事もなく耐えてきたんだから、それくらいの根性はあるんだろうけど。単に最中が過保護なだけ、か。
あいつのほうが問題児かもしれない。喧嘩する二人を見ながら、俺は小さくため息をついた。


END



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