おもいで
(那由他最中)


確か、あいつと出逢ったのは中等部にあがってすぐの頃。

うわさ話はある程度聞いていた。

同級生に眠り病の奴がいる、と。

いじめられていたことも大体知っていた。

理由は確か…態度がむかつく、だったか…。


小学校のイジメの理由なんて大概そんなものだ。

とりあえず誰かをいじめの対象にする。

それによって子供達は、小さな自分の支配する世界を作り上げる。

センセイやオヤ、逆らえない校則。

そんなものに縛られている子供達は、逆に何かを支配したいと望むようになる。

いじめが尽きることがないのは、多分そんな人間の本能なのだろう。

はっきりとした理由があるのなら、イジメの対象とされた人物だって、治そうとするに違いない。



そんな息吹と同じクラスになったのは、中等部にあがったとき。

新学期早々、息吹は自分の机がベッドであるかのように、ぐっすり眠っていた。

担任の長ったらしい挨拶も、ある程度大きな雑音だったように思う。

にも関わらず、息吹は動く気配もなく、じっと、ただひたすら眠っていた。

「じゃあ今から出席を取りまぁす」

担任が言ったが、俺の前で倒れている息吹は、何も反応しなかった。

「霜月息吹ー」

担任の声にも動じず、息吹はまるで死んだように眠っていた。

担任はもう一度「霜月ー…?」と呼ぶと、仕方ない、という顔で後ろの俺を見る。

「…おい、お前…呼ばれてるぞ…」

体をゆすってやると、息吹はようやく目をこすりながら体を起こす。

俺は顔を上げる息吹から廊下へと視線を逸らす。

「霜月ー」

三度担任が名前を呼ぶと、息吹はようやく「はぁい?」と、眠そうな声で返事をした。

「出席の時くらい目を覚ませ」

「席でわかるじゃないですかぁー?」

「そういう問題じゃないだろう?」

そこで短い会話が途切れる。

返事をしなくなった息吹に目をやると、再び眠りについていた。

それを見た先生は諦めて俺の名前を呼ぶ。

そうして何事もなかったかのように全員を呼び終えると、始業式の説明をして教室を出て行った。


それから数分後、5分前のチャイムが鳴り響く。

息吹は相変わらず、周りとは違う空気の中、机で眠っていた。

俺が近づこうとすると、誰かが肩を掴む。

手を払い振り返ると、そいつは「ごめん」の後にこう続けた。

「やめとけよ」

「どうして…?」

「絶対なつかれるぜ? うぜぇって」

「うぜぇかどうかなんて俺が決める」

まぁ那由他だし…。

そういって名前も知らないそいつは離れていった。

そんな特別扱いは昔から。

もう、その頃から諦めていた。

俺もあいつも、その頃から変わってないのかもしれない。

「おい、霜月…起きろよ」

さっきのようにゆすってやると、息吹は少し不機嫌そうに体を起こす。

ゆっくり顔を上げ俺を見ると、まだ眠そうな目をしてへらっと笑った。

「おはよぉ。ぇーと、君は…?」

「那由他最中」

「ナユタモナカ? あぁ、学年長だった人だよね?」

「あぁ、うん」

差し出された手を黙って握り返す。

「よろしくー。僕はねぇ…」

「霜月息吹だろ?」

「あれぇ? 僕って有名人?」

「あれだけ先生に呼ばれてりゃ有名にもなるだろうよ」

「あはは、そっかぁ」

笑うことに慣れていないのか、その笑顔はどこかぎこちなく、無理しているように見えた。

「次、講堂に移動だってよ」

「ぁー、そうなんだー…面倒だなぁ…」

「…サボるか?」

「ぇ? なっちゃんもサボるの?」

まるではじめからサボることを決めていたように、息吹は不思議そうにいった。

しかし、俺が引っかかったのはそこではない。

「…なっちゃん…?」

「だってー、那由他最中でしょ?」

「まぁいい…勝手に呼べよ。いくぞ」

息吹を連れて教室を出ると、俺は迷うことなく屋上へ向かった。




屋上に向かおうとしている間、息吹は俺に色々と聞いてきた。

誕生日や家族構成から、好きなもの嫌いなもの。

どんな子が好みだ、だの、部活やってる? だの…。

質問は尽きることがない。

女から色々聞かれることはあったが、ここまで突っ込んで聞いてくる男も珍しい。

息吹からしてみれば、その息吹間を埋めるための会話づくりだったのかもしれない。

本人はいたって真面目に聞いているようなので、俺も全ての質問に真面目に答えてやった。


誰かになつかれたことなんてなかったから、正直かなり戸惑った。

腹を割って放せるほど深く仲のいい友達なんてそんなにいなかったし、こんなに人見知りしない奴も周りには居ない。

今考えると、そういうところが息吹はトクベツだといえるのかもしれない。

誰に対しても同じ態度で、誰に対しても優しく出来る。

それがあいつのいいところでもあるが、そのせいで傷つくことも少なくないように思う。

「お前、いじめられてるんだろ?」

「ぇ…? あれ? やっぱ知ってたんだー? はずかしいなぁ…」

えへへ、とてれたように笑い、息吹はアスファルトの上に両手を突いて両足を投げ出すと、じっと空を見上げた。

「別に恥ずかしがることじゃねぇだろ?お前が悪いんじゃねぇんだし…」

隣にたって息吹を見下ろしたまま、俺は言う。

すると息吹は、少し悲しそうな目をしながら、首を横にふった。

「ううん、僕が悪いんだよ…」

どうしてそう思うのかと尋ねると、俺の顔を見て「やっぱわかんない?」と笑い、再び空に目を戻した。

俺も一緒に見上げると、大きな雲がゆっくりと流れていくところだった。

その雲を追いながら視線を流していると、息吹はポツリと呟いた。

「なっちゃんは知らないでしょ? 多分、わかんないと思う…」

「何が…?」

「嫌われるのが怖いってキモチ…」

わからないといえばわからないのかもしれない。

ただ、孤独という恐怖ならば、少しくらいは感じることが出来る。

いつもいる周りの人間は、まるでそこらへんの風景のように、俺に影響を与えることもなく、外の世界を覆い隠す。

それが、俺にとっての一番の苦痛だった。

誰も居ないクウカン。

その中に一人残された不安。

それでも学校にきていたのは、信じていたから。

みんな昔は友達だったからだといっていた。

トモダチじゃなくなったのは、きっと自分に原因があるのだと。

「だからね…みぃんな僕が悪いんだよ…」

「自分を責めるなよ」

「責めてるんじゃないよ? 反省してるんだ」

「俺には責めてるようにしか聞こえねぇ…」

「…じゃあ、みんなが僕を責めてるんだね…」

息吹はそういって、自嘲ぎみに笑った。

そうやって昔から、頑なに人を信じる奴だ。

誰かを悪く思うとか、誰かの責任にするとか、そういうことができない。

自分以外はみんな善人、悪いのは全て自分。

そう、思い込んでいる。

だから、ただ「大丈夫か?」と尋ねるだけでも

「なっちゃんは優しいね」

まるで合言葉のように、微笑みながらそう返す。

その頃から、ある意味強かったのかもしれない。

怒りとか、悲しみという感情に対して、人は一番素直になる。

それを真っ先に感じられるのが息吹なんだろう。

今俺が一人じゃないのは、多分あいつがいたから。

あいつの存在は、人と人との距離をなくすことが出来るから。

別のミライを見ることなんてできないから、断言できるわけではないが、俺はそう思う。

俺はアイツみたいに素直にはなれない。

だから口に出してはいえないけれど、俺にとっては一番大切なトモダチ。

本当に数少ないトモダチと呼べる存在の中に入っている。


羨ましさも少なからず持っている。

声羅が昔ポツリとこぼしていたけれど、俺達にはないその純粋さ。

セカイを温かい色に変えられる、そんなところに。

俺も真乃達といれば、そんな風になれるのだろうか。

そんな存在になれたとしても、やっぱりこんな風に素直にはなれないな。

ふっと笑みをこぼし、隣で静かに寝息をたてている息吹にタオルケットをかけ、俺はパソコンに向かい直した。


  END




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