さよならの余韻
(水瀬ひびき)


エリーが日本に来てから、僕が丸くなっただとか笑顔が増えただなんてことを一人二人どころではない人数に言われたけれど、根本は変わってなどいなかったのだろう。参列した彼の葬儀で涙ひとつ流すことのなかった僕は、やはり冷たい人間だ。


「心配をかけてごめんね」

病床で申し訳なさそうに言った彼に「君が逆の立場ならそう言われたいと思う?」などとかわいげのない言葉を返す僕にも、彼は「そうだね」と苦笑するだけだった。

そもそも日本に誘ったのは僕の方だった。それに対して喜んでいた姿は嘘ではないだろうから、当然日本に来たのは彼の意思でもあったはずだが、きっかけを作ったのは間違いなく僕だ。

けれど、妖精というのは綺麗な場所でしか生活できない、らしい。つまり、生活排水や排気ガスにまみれ、草木がコンクリートに邪魔されながら申し訳なさそうに生えている程度でしかない日本は、住むのに適していないどころか住んではいけない場所だった、そうだ。
何故このような言い方をするのかというと、僕がそれを知ったのは、エリーが倒れ、しばらくしてからのことだったからだ。

僕くらいの世代のゲームや漫画をよく知っている人間であれば、ふと気づいたことなのかもしれない。それはファンタジーではよく見かける設定だそうで、事実、それを聞いた淳ちゃんは、驚いた僕とは対照的に「あぁ……」と、何か気がついたような風だった。そんなことがあったから、余計に僕は自分を責めたのだった。

妖精特有の病気であり、人間の薬ではもちろんのこと、妖精族にさえどうにかできるのかわからないそうだ。それに、妖精族に話を聞こうにも、そちらの親族とは既に疎遠になっており、どこにいるのか、どうすれば出会えるのかもわからないらしい。

怒りを覚えたのは自分に対してが大きかったが、諦めたような様子のエリーに対しても感じざるを得なかった。
何故教えてくれなかったのかと問えば、人間の血のほうが濃い自分は大丈夫だと思ったからだ、という答えが返ってきた。それから、日本での生活の楽しかった思い出などを語り始めるものだから、努めて冷静に喋っていた僕も、堪らず「そんな話は聞きたくない」と言ってしまった。彼のほうが辛いことは十二分に分かっていたのに。

けれど、ごめんね、と彼は笑っただけだった。

「だけどね、ひびき、僕はこれでも構わないと思っているんだよ。大切な人を失うのはあれっきりで十分だから」

あれ、というのは彼の両親のことだ。
火事によって肉親を亡くしている彼は、不意にそのことを思い出すのだと言っていた。それがいつなのかを彼が口にすることはなかったけれど、普段が明るい分、たまらなく寂しそうな表情を浮かべることがあった。そんなときの声のかけ方を知らない僕は、いつも見て見ぬふりをするしかなかったのだが、僕が目をそらすと必ず彼は「紅茶を淹れようか」なんて、僕に気を使うかのように誘うのだった。そして、僕が「そうだね」と返すころには、もういつも通りの顔をしてキッチンへ向かっていた。

彼が言ったそれは本心であっただろう。しかし、彼と同じ時間を感じることができない僕にはわからない気持ちであった。確かに大切な人を失うことは辛いだろうけど、だからといって僕は先に死にたいだなんて思うことはできない。
エリーに会えなくなった今だって、寂しさはあれど、だから自分も、だとか、僕が代わりになれたら、なんてことを思うことはできなかった。

「人間じゃないのは僕の方かもしれないよね」

葬式帰りの飛行機の中で、僕は窓の外に広がる重そうな灰色の雲を眺めながら、自嘲気味に呟く。

「誰かの言ったとおり、僕は冷たい人間だよ」

「なんで? 泣いたかどうかだけで、んなこと決められるわけねぇじゃん」

ガラスに写るのは、外したネクタイをポケットに突っ込み、ワイシャツの第一ボタンを外す、淳ちゃんの姿。

「っつーかお前、そんなこと気にすんのかよ」

「まぁ、そういう意見が多いっていうことは受け止めてるよ」

やっぱりな、と、エリーとは全く違う反応を見せる彼だけれど、こんな僕を優しいだなんていってくれるのは、もう世界中で彼だけになってしまった。

はぁ、とため息を吐くと、「そんなに我慢しなくてもいいのに」と、言われてしまった。

「我慢なんてしてないよ。泣かないでいいってさっき淳ちゃんも言ったくせに」

「言ったけど、泣けないのと泣かないのは違うと思うぜ」

振り向くことができなかったのは泣いていたからではない。
それでも僕は泣けなかった。いや、彼のいう通り、泣こうとしなかったのだ。

泣いてもいいことはわかっている。隣にいる彼は咎めやしないし、ちゃかすことだってないだろう。
だけどそれでも、僕は泣きたくなどなかった。彼も最期まで僕に涙など見せなかったのだから。

end


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