日曜日:プロローグ
(音梨姫咲)


「突然だが、姫咲がよその学校に行くことになった」

部室に入るなりそんな重大発表をした結城部長に「えー?」と真乃さんが驚きの声をあげたけれど、実は一番驚いていたのは私だった。

そんなこと、誰からも聞いていない。

何かの冗談だろうか、とも思ったけれど、部長は冗談なんていうようには見えないし、先輩達の様子を見ても一様に驚いているだけで、何かほかにアクションが起こる様子もない。

「まさかまた、あの時みたいに姫咲を貸すつもり?」

あの時というのは、緋雪に行ったあの日のことだろう。苦い顔をしている真琴先輩の横で、相生先輩も何か言いたそうに結城部長を睨んでいる。

「代わりに他の学校の生徒が来るんだとよ」

「つまり、交換すんの? それが何で姫咲なんだよ」

「さぁな、決めたのは赤根だ。文句なら赤根に言えよ」

赤根、と結城部長は呼び捨てにしたけれど、赤根先生はこのバスケット部の顧問であり、国語の先生でもある。先輩達はあまり好きではないようだけど、授業もわかりやすくて丁寧だし、うちのクラスの授業のときは、たまに私に声をかけてくれる優しい先生だ。

「アカネちゃんかぁ。かわいい子でもいたのかな?」

「かわいい子がいるからって普通代わりに姫咲を渡すか?」

「相変わらず屑だな」

首をかしげる白河先輩の言葉に、真琴先輩と相生先輩はあからさまな嫌悪感を示す。私はそんなおかしな理由ではないと思うけれど、先輩達はみんなそう思っているようで、私の隣でクッキーを食べていた真乃さんも「そうだよねぇ」と、同意していた。

「キサが一番かわいいのに」

「そういうことじゃねぇだろ、馬鹿かお前は」

「きょんのほうがバカー」

「勝手に言ってろ」

「ばかばかばかーきょんのばかー」

「真乃、煩い」

諌める結城部長は心なしかいらついている。部長の話す間もなく先輩達が話しているからだろう。いつものことだけれど、私はこういうとき、そわそわしながら見守るしかない。

「姫咲が処女じゃなくなったからじゃない?」

真琴先輩恥ずかしいです、と止めようとしたけれど、相生先輩が「あぁ、確かにロリコンだからな、あいつ」なんて話を広げてしまう。それに乗じて白河先輩までもが「ロリと処女は違うんじゃないかなぁ?」なんて加わってしまうと、もう口は挟めない。

「違うけどさ、ロリコンってことは大体処女狙ってるんじゃねぇの?」

「そうだよねー。処女だったらこっちにまわせとかいうもんね、アカネちゃん」

「確かに言うね。だけど処女とロリではベクトルが違うんじゃないかと思うんだけど」

「あの教師に聞いてみれば? 難しい言葉で長々と授業してくれるだろうよ」

「お前、そんな話聞いたのかよ」

「まさか。保健室で語ってたんだよ、神楽相手に」

きもちわりぃ、と吐き捨てる相生先輩。

ちなみに彼の言った神楽というのは、保健室の神楽先生のこと。神楽先生が部活の副顧問という位置についたのも真乃さんが噛んでいるというのはチラリと聞いた。

でも、こういう行為がある以上、色々と不安なこともあるので、女の、しかも保健室の先生が関わってくれたということについては私も喜んでいる。

「赤根が変態っつーことは前からわかってたことだろ。大体もう決まってるんだ、俺達にはどうしようもねぇ」

「お前のそういう物分りのいいところが俺は一番嫌いだぜ」

「好きに言えよ」

ふん、と相生先輩から顔を逸らし、結城部長は私の前へとやってくる。

「そんなに心配するな、一週間だとよ」

「一週間、ですか」

「変わった学校らしいぜ? せっかくだから、楽しんでこいよ」

「あ、そ、そうですよね」

まだようやく状況が飲み込めてきたばかりの私は、心の準備もまったくできていなくて、戸惑った返事しか返すことができない。それを気にしてか、隣の真乃さんが私の手を握ってくれた。

「ヨルはそんな簡単に言うけどさ、キサだって怖いと思うよ。ヨルはキサのこと心配じゃないの?」

「あんなことして外に放り出した人間がよく言えるな」

「それとこれとは別だよ。でも、そういう言い方するってことは、やっぱり心配なんだね」

「口に出して言うようなことじゃねぇだろ」

それだけ言うと、部長はふいっ、とこちらから目を離してしまった。私の肩に頭を乗せた真乃さんが、耳元でクスクスと笑う。

「で、その子がこの部活に来るんだね?」

「そうなるな」

「姫咲ちゃんは何をするの?」

「そこまではしらねぇ。俺は客を迎えるように言われただけだからな」

「そっかぁ。余計心配だよね」

同意を求めるように白河先輩は結城部長を見たけれど、「しつこい」と一蹴して、部長はパソコンの前の椅子を引いて腰掛けた。

「姫咲、引継ぐようなことはあるか?」

「綿貫先輩達もいらっしゃるので特にないです、けど……」

私以外にもマネージャーはいるから、マネージャーの仕事については何も気にすることはない。ただ心配なのは、私が専門になってしまっているあの仕事だ。

「真乃さん、部活はサボらないでくださいね。いらっしゃった方に探してもらうなんてことがないようにお願いしますね」

「キサまでおせっきょーする子になったの? オレ、悲しいなぁ」

「もう、そうやって困らせないでください。我が儘もいっちゃだめですよ」

「わかってるよぉー」

わがままも言えないなんてさみしー、なんて言いながら私に抱きつく真乃さんは、やっぱり心配だ。相手の人にも似たようなことをしてしまいそうで。真乃さんだから、って私はつい許してしまうけれど、だからといって安易にしていいことではない。

「真乃と姫咲って最近立場が逆転してるよな」

「チッ、ガキかよ」

「相生先輩もですよ。お客さんなんですから、迷惑をかけないようにしてくださいね」

「わかったわかった」

相生先輩は面倒くさそうに返事をしたけれど、立ち上がって部室を出る間際に「がんばってこいよ」と、肩をたたいてくれた。

「お前も気を付けろよ」

「ありがとうございます。代表なので、恥ずかしい行動をしないように注意しないといけませんね」

「うん、マコが言ってるのはそういうことじゃないと思うよ」

「え?」

「ボク達がしてるのは、姫咲ちゃんがおかしな男に触られないか、っていう心配」

よその学校に行ってマナーの悪いことをすれば、この学校のイメージも下がってしまう。そのことばかり考えていたから、まさかそんな心配をされているなんて思っても見なかった。

「大丈夫ですよ。私、先輩達みたいにモテませんから」

笑って返したけれど、私の膝の上にいる真乃さんが「それは違うよ」と、顔を上げた。

「キサってクラスにいるとき女の子だけで固まってるタイプでしょ?」

「え? はい、そうですね」

「そりゃ、そういう子には声かけないよ」

「でも、男子と仲のいい女子グループもありますよ」

「それは女の子も話しかけてくるからでしょ?」

「あーもう。そんなんだから心配してんだよ」

「ご、ごめんなさい」

なんだか叱られている気がして、真琴先輩が大きなため息をつくのを小さくなって聞いていると、その会話を聞いていた白河先輩が口を開いた。

「うん、わかった。納得できなくても構わないよ。だけど、注意するに越したことはないよ、それはわかるね?」

「はい、そうですね」

「知らないところにいくんだからね。異性の心理ってなかなかわかりづらいものだからさ。ボク達の心配も、少しは頭に置いておくんだよ」

「わ、わかりました」

「おかしなことされたら言えよ」

はい、とは答えたものの、自分にされる要素が見当たらない。そして、真琴先輩に言ったら間違いなく別のおかしなことになってしまうことが予想される。

いつもみたいに「がんばれよ」と真琴先輩にキスされて、すると真乃さんまで「オレもする!」と、頬にキス。

先輩達はみんなちょっと心配しすぎだとは思うけれど、心配してもらえるのは嬉しいことだ。

「俺もその程度しか聞いてなくてな。あとのことは赤根に聞いて来い」

頭をなでてくれる部長にありがとうございます、と告げる。

「まぁ、色々学んで来いよ」

「ありがとうございます、部長」

知らない場所に行くことに対しての不安もたくさんあるけれど、部長の言う通り、せっかくなら楽しめたらいいなぁ。



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