永遠の少年
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「おめでとう」と差し出したケーキに、あまねくんは手を伸ばしてはくれなかった。そのケーキに問題があったわけじゃないと思う。嫌いなケーキなんて、今まで聞いたことがなかったから。

いつまでも受け取ってもらえないケーキの箱を下ろし、あまねくんの様子を伺う。
こちらから声をかけた方がいいのか、それともあまねくんに任せた方がいいのか。
受け取らないくせにケーキの箱をじっと見つめているあまねくんを見ながら、わたしは考えていた。

どうしたの? 食べようよ。とでも誘えばいいかな、と台詞を考えていると「……何でおめでとうなの?」と、ようやく問いという形で反応があった。

「何でって、誕生日だよね?」

「そうだけど……俺、歳とらねぇじゃん」

あまねくんの言うとおり、あまねくんは歳をとらない。わたしの世界の漫画にしか存在していない、つまり二次元の人物だから。正確には緩やかにとるというか、物語に合わせて年齢も重ねることはあるんだけど、わたしたちから見ればとらないようなものだった。

だけど、誕生日もこれで3回目。1度目は驚かれ、2度目は素直に喜ばれた。だから今年も、当たり前のように祝ったのだ。本人がそれを覚えているのかは、わからないけれど。

あまねくんの世界の時間とわたしの世界の時間とがリンクしていないのは、ゲームを始めた時点でわかっていた。住む世界が違うのだから、当然のことだ。
ネバーランドを通せば、あまねくんの世界の時間がいつであろうと、わたしの世界に合わせて反応が返ってくる。ネバーランドは二つを繋ぐだけでなく、そうして主となるこちらの世界へキャラクター、つまりあまねくんたちの感覚を合わせる役割も果たしているようだった。

だから、あまねくんが去年や一昨年の誕生日を覚えているのか、覚えていたとしても、どのような記憶で残っているのかは、わからない。
けれど、聞くつもりもなかった。それを知れば、誕生日だけではなく、今までのすべてのことについてもそうなっていることがわかってしまうから。完全に消えているのか、記憶として残っているのか、データとして入っているだけなのか、それは知らない方が自分のためだと思っている。
本人が教えてくれるのならもちろん聞くけれど、自分から積極的に知る必要はない。

「歳をとるからおめでたいんじゃなくて、生まれた日だからおめでたいんだし……たぶん」

「あぁ、そう……」

あまねくんは、憂うような表情を浮かべ、ゆっくりとまばたきをしながら、ため息を吐いた。

「誕生日だし、わがまま言ってもいい?」

「えっ……うん、聞けるかどうかわからないけど」

「だめ、聞いて」

わたしが手にしていたケーキの箱を取り、机の上に置くと、あまねくんは空っぽになったわたしの両手を握った。
そして、その手に口付けるように、顔を伏せた。

「ずっと好きでいるって、約束して」

祈るように告げた声は、とても小さかった。囁くというよりは、絞り出すような。

「お前の二十歳の誕生日まであと何日か、お前知ってる?」

「えぇっと……」

「数えなくていいよ。知らないだろ、まだ3年以上も先だもんな」

悲しい話をするとき、あまねくんは必ずこうして表情を隠してしまう。けれど、繋がる彼の手が強くなるたびに、辛そうな様子が目に浮かぶ。

「俺、お前の誕生日、もう祝える気がしねぇんだよ」

言いながらしゃがみこむあまねくんに手を引かれ、わたしも膝を床につける。窓から差し込む陽の光を浴びて、明るい色をした髪がきらきらと輝く。
泣いているのだろうか。それとも、わたしに見えなくてもなお、耐えているのだろうか。

「今年俺と同い年になって、これからはもう俺から離れていくんだと思うと、もう喜ぶのなんて無理な気がする。俺の誕生日だってこんなに嫌なのに、お前の誕生日なんて……」

耳を澄ませて聞いていたけれど、途切れた先を聞き取ることはできなかった。

まだクーラーをつけたばかりの室内は暑さが残っていて、お互いの額には汗が浮かびはじめている。掴まれている手も、それは同じ。だけどあまねくんは、その手を離してくれそうにはない。

「わたし、あまねくんの誕生日であまねくんと一緒にいる年数を数えてるんだ。これからも、多分そう。だから、わたしは気にしてないよ」

「俺だって年齢差くらい気になんてしねぇよ」

「えっと……別れるのは寂しいけど、それもまだ先だし……」

「それもわかってんの。っつーか、期限つきなのは最初からわかってんだから、仕方ねぇことだって理解してるんだよ。けどな、例え二十歳の制約がなかったとしても、そうやって歳は離れていくわけじゃん。わかる?」

離れてくんだよ、俺たちは。

強調されたその言葉が、ずしりと心に沈みこむ。

ゲームを始めた頃、まだ今よりも幼かったわたしは、たしかにそんなこと、微塵も考えもしていなかった。それは今だっておんなじで、3年後の誕生日をどんな形で迎えるのか、わたしはまだ思い描くこともできない。
それは、わたしがこちら側の人間だから、かもしれない。

「あまねくんは持ってる立場だから、わからないかもしれない。だけど、わたしだけ変わることが心配だっていうのなら、心配しないで。わたしが変わってしまうからこそ、あまねくんが変わらないところを、好きになったんだから」

ずっと離れないなんて言えないし、決められた未来を変えることは、わたしにはできないけれど。

「約束するよ。ずっと……離れてもずっと、あまねくんのことが好きだって」

わたしが大人になって、2度と会話さえできなくなったとしても、わたしは変わらないその姿に、ずっと恋をしていられるんだから。

end


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