黒と赤と緑のはなし

2010/12/26 23:58


さらけ出された首筋に直に冷気が触れる季節、髪のことを考える。



私の髪の毛は重力に従う直毛のようでいて、しかし右の襟足だけがぴょこりと跳ねるという性質を隠している。その黒のひと束だけが獣の尾のように、気まぐれに跳ね、気まぐれにすとんと落ち着き、私は姿見のなかの私を睨み続けるのに疲れるのだ。ある程度の長さ――毛先が肩に触れるか触れぬかのあわいにそれは姿を見せるので、そのたび情け容赦無くそれを断ち切り、ボブという洒落た名には不相応な、何かの冗談のように真一文字に切り揃えてもらう。それの繰り返しだ。

初めてのパーマが僅か三日で効力を失くして以来、私は生まれたままの髪を頑なに愛することを決め、パーマやカラーリングをどれ程に勧められても首を横に振り続けた。心のうちを正直に明かそう、傷みきった醜い髪をぶら下げて生きるのは罪だ。前に腰掛けた人間の首が傾くとき、死んだ組織の束がこちらに迫ってくるときに私ときたら生きた心地がしない。お洒落はポーズでは無いのよ恥知らず、と喚いてトリートメントを投げ付けたい衝動に駆られてしまうのだ。

忌々しいその襟足に気付いたのは十になるかならぬかの頃で、家族が留守のうちに図工用ハサミでじゃっきり切ったことがあった。ふふん、これで秩序は保たれたり、と自分では上手く出来たつもりでいたが、どうも全く上手くなかったらしく、帰宅した祖母は私を見るなり悲鳴を上げ、大急ぎで床屋へと私の手を引いていったのを覚えている。「跳ねた部分は不要だと思ったので」と正直に理由を告げたところ「もっと髪を大事にせよ」と窘められて、何やらよく分からぬ気持ちになった夕暮れ時であった。



ところで、今でこそ私の髪は凡庸な黒なのだけれど、中学生ころまでは赤毛であった。それが次第に墨を溶くように暗い色になり始めて今の黒髪に至るわけである。大叔母が赤毛だったから彼女に似たのだろうとはよく言われたけれども、私は白銀とも呼べる見事な白髪の大叔母の姿しか知らぬので、遺伝子の不思議に首をかしげるばかり。そういえば祖母の家系は緑の目をしているのだけど、猫と長い時間にらめっこをしているとふいに祖母を思い出してしまう。

私は凡庸な黒と褐色を抱えて、濃紺の夜にまた沈むこととしよう。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -