Hello Hello HERO | ナノ



時は過ぎ、ヒーロー仮免許取得試験当日。

バスから降りた雄英高校1年A組の生徒たちは、試験会場である競技場を眺めながら士気を高めていた。この試験に合格すれば、“ヒーロー志望者”から“セミプロ”へと段階を上げることができる。プロヒーローになるための紛う方無き大きな一歩…目に見える前進だ。
緊張と高揚とが交錯する中、相澤消太率いる1−Aの生徒たちが最初に出会ったのは、数あるヒーロー科の中でも雄英高校に匹敵するほどの難関校――士傑高校の生徒たちだった。
中でも一際目立っていたのは、『Plus Ultra!』と大声を上げながらハイテンションで雄英の円陣に割り込んできた男子生徒だ。長身でがっしりとした立派な体躯、坊主頭に刈り上げた短髪に、整列する白い歯がキラリと光る少年である。彼の名前は夜嵐イナサ。挨拶を終えて颯爽と去っていく大きな背中を眺めながらその名を呟いた相澤の声は、どこか固く張り詰めていた。
「知ってる人ですか?」
何か意味のありそうな真剣な声色に葉隠が問いを投げ、それに対して相澤は細い顎を僅かに動かして溜め息まじりに頷いた。
「…ありゃあ、強いぞ」
相澤が最初に捻り出したその一言には、シンプルな称賛と警戒心が表れていた。
「あいつは昨年度…つまりおまえらの年の推薦入試。“トップの成績”で合格したにもかかわらず、何故か入学を辞退した男だ」
優秀な生徒を多数従えた彼が“強い”と断言した少年の実力ついて、それはあまりにも分かりやすい指標だった。つまるところ、当時の彼は現雄英1年屈指の実力者である轟焦凍を上回っていたということになる。
相澤の言葉を受けて、天音はチラリと傍に立つ少年を見上げた。何も語らない影は既に見えなくなった背中を追っている。その鋭い沈黙に哀愁にも似た何かが燻っているのを感じた。

「あれ、イレイザーじゃないか!」

――と、動揺に似たざわつきが渦巻いた刹那、重い空気を晴らすような、空を突き抜ける明るい声が響いた。『イレイザーヘッド』こと相澤消太の名を呼ぶ声が、一瞬にしてその場の空気を和らげた。対照的に相澤の顔が引き攣る。
夏の太陽よりも眩しい笑顔でやってきたのは、『爆笑』の個性を持ったヒーロー『Ms.ジョーク』だった。相澤とは昔からの顔なじみらしく、快活で明るく溌剌とした女性である。
「おお、本物の雄英生だ!」
Ms.ジョークに続いて、彼女の率いる傑物学園高校の生徒たちがやってきた。同年代のエリート達を前に目を輝かせた彼らは明るく無垢な雰囲気があり、士傑高校との出会いで緊迫していた空気が、いい意味で解かれた。
「…あれ、あんな子いたっけ?」
「サポート科とか?見学みたいな」
「そういうのあった?」
各々が挨拶を交わしていく先で、当然他校の生徒たちが注目するのは見知らぬ少女だ。雄英生の姿は体育祭で誰もが見ており、ただでさえ男子の方が多いぶん女子は目立つ。雄英の制服を着ている女子生徒の一人に見覚えのないが少女がいるのは誰の目から見ても明らかで、そこだけが妙に異質だった。
そんな中、隣の少女に視線が集まるのを感じて轟焦凍が少しだけ前に出たのは、殆ど無意識のことだった。陰になるように、注目を遮るように、半ば反射的に、ひとつも表情を変えずに彼は動いた。
彼の意思を正確に感じ取ったのは、護られた張本人――御詞天音だけだろう。これは、護られるべき者として育てられてきた少女と、ヒーローになる者として育てられてきた少年の間にある、植え付けられた本能だ。彼の無意識がこうして働くのは、ヒーローを目指す者として御詞天音がまだまだ未熟な証拠であり、護られる側としての意識が抜けきっていない指標である。互いの立場も些細な動きの理由も、彼女は“そういう風”に理解していた。
「ねぇ轟くん、サインちょうだい」
唯一理解の範疇を超えたのが、耳に入ってきたそんな声に気を取られた自分の意識だった。
ほんの一瞬、張り詰めさせていた筈の緊張の糸が切れかけた。
「体育祭かっこよかったあ!」
女の子の甘い声が余韻として弛んでしまった耳の中に膜を引く。
雄英体育祭の様子は転入前に映像を見せてもらっていた。だから、天音自身も勿論知っている。轟焦凍という少年がどれほど強かったか。そして、あの体育祭で何かが変わった彼が、更なる高みに上っていることも、間近で感じていた。
だからたった今、聞こえた言葉の意味も分かる。轟焦凍という少年は『かっこいい』。視覚以外の全ての感覚を研ぎ澄ませて得た結論として、天音も同じように抱いている感想だ。それなのに、どうしてかモヤモヤと飲み込みきれない部分がある。

例えば、傑物学園の彼女が言う『かっこいい』は“何”を…正確には“どこまで”を指しているか、なんて。

先日クラスメイトたちとの会話で耳にした『イケメン』というのは、主に『面貌が魅力的である人』を示すもので、男性に対し使われる事が多い褒め言葉だと知った。それは、天音に欠けている視覚情報にあるものだ。轟焦凍の魅力の一つであるとクラスメイトは彼の事をそのように称して、今、他校の生徒も似たような言葉を使った。
大きなピースが欠けている。天音の思う『かっこいい』と周りの言う『かっこいい』はどこか乖離していて、埋められない溝がある。それを思い知った。
決して相手の容姿に拘っているわけではない。人や物の姿は、かれこれ10年近く見ていなくて、視覚情報の事など忘れかけていて、美醜の基準など分からない。ただ、より多くを知りたいという願いがあるのは確かで、以前よりも気持ちが強まっているのも確かで、それが叶わない状況が想像以上に歯痒かった。
共有できない感想――知らないことが多すぎるという欠落感のようなものが、『会いたい』という思いと共に、日焼け跡みたいにじんじんと疼いている。

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