PERSONA5 | ナノ


恣意的アナーキー

お兄ちゃんは悪戯っ子だ。
周りの人は“爽やかな好青年”とか“天才美少年”とか、高校生探偵の『明智吾郎』しか見ていないけれど、本当はすごく“悪戯っ子”で“困ったさん”だったりする。
それでも、父親も母親もいない私にとって、お兄ちゃんは唯一無二の大切な、大好きな家族だった。


::恣意的アナーキー::


晩御飯を作って、ソファでぼんやりとテレビを眺めながら小難しそうな話を聞き流す。
中学の同級生たちがよく観てるらしいドラマでもバラエティ番組でもなくニュース番組なのは、そこにお兄ちゃんが出ているからだ。
テレビの中のお兄ちゃんはニコニコと笑って、最近よく起こっている『精神暴走事件』について、調査の結果と自分の見解を番組内で話していた。
その笑顔がどこか寂しそうに見えてしまうのは、きっと私だけなんだろうな…と思う。『明智吾郎』という仮面の裏に隠れてる本当のお兄ちゃんを知っているのは、きっと今のところ私だけ。
そんな哀しい優越感で目の前の電子映像をぼんやりと捉え、時計の長針が2周近く回った頃――ようやくカチャリと玄関の鍵が回る音がした。
現実に引き戻されて慌ててキッチンに戻り、出汁のよく染みた煮物を再び火にかける。

「ただいま」
「おかえりなさい!」

少し疲れたような声で帰ってきたのは、つい2時間前までテレビの中にいた探偵――『明智吾郎』こと、私のお兄ちゃんだ。
学校にお仕事にと忙しくしているから帰りはいつも夜で、それでもどっちも手を抜かずに頑張っている、本当にすごい人。
お兄ちゃんよりカッコイイ人を私は見たことがなくて、というより、そんなスーパーマンがそう簡単にいる筈もないわけで、ブラコンだと言われようがなんだろうが、これだけは譲れない事実だ。
浮かれる気持ちをそのままにキッチンの影からひょっこり顔を出すと、制服のジャケットを脱ぎながら、自慢の兄はいつもと同じ柔らかな眼差しを私に向けた。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、大丈夫。テレビ見たよ」
「やっぱり生放送は緊張するな。皆ああいうワイドショー的なのを好むから、すっかり忙しくなったよ」
探偵として一つの怪事件をスルリと解決しちゃってからというもの、明智吾郎は警察関係にもテレビにも引っ張りだこで、多分いま日本で一番忙しい高校生に違いない。
そんなお兄ちゃんの妹であることは私にとって誇らしく、ただ同時に不安でもあった。
「…大丈夫?無理してない?」
「はは、相変わらず心配性だね、名前は」
軽やかな声で笑っても、その横顔はやっぱりどこか疲れているように見える。
色んな顔を持っていて、色んな事が“出来てしまう”お兄ちゃんは特別な人で、だからこそ色んな事を“やってしまう”わけで、悪戯だって飯事だって完璧にこなして…その分、心が疲れてしまうのだと思う。
それでも、『兄』である彼は絶対に弱音を吐くことはしなかった。多分、どれだけ問い詰めても答えは同じだ。何を訊いたところで、「大丈夫だよ」と優しい声で全てを包み隠してしまう。
そうやって、いつも独りで戦って、いつも独りで解決して、たった一人で私を守ってくれる。
なのに、どうしてか私には、お兄ちゃんの助けになれるほどの大きな“力”は無かった。

「…ねえお兄ちゃん、私で役に立てる事あるかな?」

何度となく無力な自分を呪ってみたけれど、そればかりはどうにもならなくて、結局見守って寄り添うことしか出来ていない。
こんな私にやれることなんて限られているかもしれないけれど、それでも諦めることはできなくて、精一杯に手を伸ばしてみた。

「いつも、お兄ちゃんばっかり頑張ってる…」

特別でなくても、少しでも“救い”になりたい。
遠回り気味に主張すると、着替えを終えてテーブルに着いた彼は優しく微笑んだ。いつもみたいに、昔と変わらないお兄ちゃんのままで、ただ優しく。

――ああこれは、また誤魔化されちゃうやつだな…。

「名前には、いつも助けてもらってるよ。家の事をよくやってくれて、ご飯も美味しくて、何より名前がいるから頑張れるわけだしね」
…そう。私はこの顔をいつも見ていて、ちゃんと知ってるんだ。お兄ちゃんがとても優しい人だってことを、誰よりも知っている。
だから、そんな兄を裏切らないために、私はずっと変わることなく彼の妹でいることを心に決めていた。
激しく、しつこく、めまぐるしく変化していく世界の中でも、私だけは絶対に変わらない。

「…大丈夫。名前の事は俺がちゃんと守るよ」

私を守ろうとするお兄ちゃんの優しさが、覚悟が、そのすべてが善いわけではないと知っていて、“悪戯”では済まされない事だというのも理解している。
だけど、いつも私にとって最高の兄でいてくれようとするお兄ちゃんは、他の何とも変えられない。
世界を変えてしまうような善行も、誰がための純粋なる正義も、兄の存在には敵わない。

…だから、

『悪戯好きのロキ』が決して犯してはいけない領域に踏み込んでいても、世間の誰も認めてくれなくても、世界がその存在を忘れていってしまっても――

「私だって、お兄ちゃんのこと守ってあげるんだから」

私だけは絶対に、大好きなお兄ちゃんの味方でいる。



Fin.

環奈 様より、100000hit記念にリクエストいただいたテーマを元に書きました。
すっかりお待たせしてしまって申し訳ございませんでした(泣)
兄が『ロキ』を使えることを知っている妹――ということで、やはりどうにもシリアスな雰囲気になってしまいました。違う感じだったらすみません…!
明智くんに救いがあってほしいという私の願望も詰め込んでみました。
彼はこういう場合だと一人称『俺』になるかなと思ったので、敢えてそうしております。また、個人的な見解で『明智吾郎』は偽名じゃないかなと考えていることもあり、全部知ってる妹には『明智吾郎』と『お兄ちゃん』の区別を付けさせてみました。
素敵なリクエストありがとうございました! ――2017.11.11

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