PERSONA5 the FAKE | ナノ


06

 どうやら、いや、どうにも“縁”があるらしい。正面玄関を出て校門へと向かっていた咲は、そこで見つけた転校生に首を傾げた。
 問題だらけの初日を乗り越え、転校二日目を何事も無く過ごした地味目の転校生は、放課後になると足早に教室から出て行った。と言っても、“何事も無く”というのは彼に対する数々の陰口は除いての話であり、普通なら嫌気がさして当然だ。そう理解していた咲は、朝一番の「おはよう」と、ノートを返された時のお礼を受け取ったきり、教室から出ていく孤独な背中へ無理に話しかけることも、引き留めることもしなかった。彼が“早く帰りたい”と願っているなら、その気持ちを尊重すべきだと思っていたからだ。
ところが、である。そんな咲の考えとは裏腹に、帰宅した筈の転校生は、放課後小一時間が経過しようとしている今もまだ、学校近くに残っていた。
 何かトラブルでもあったのだろうか――と考える。
 芹澤咲の個人的な感想として、今のところ前歴持ちの転校生に“それらしい”危険性は感じていない。むしろ、細やかで丁寧な飾りのない優しさの方が見て取れる。だから余計に“事実として落ちているもの”が不思議で、なんとなく気になっていた。青春映画のような甘酸っぱい恋愛的なそれではなく、傷害事件なんて起こしそうにないのに――と、彼の『前歴』に漠然とした疑問を抱いていた。
もちろん、その話を掘り返すなんて無粋な真似をするつもりはない。だけど放ってもおけなくて、芹澤咲は昨日に続いてもう一度、転校生の名前を呼んでみたのだった。

「雨宮くん?」
「おわっ」

 ゆらりと振り向いた転校生の目が驚きに見開かれる。同時に雨宮蓮のものではない声を聞いて、咲はそのまま視線を校門の影になっていた場所へと移した。

「あ。坂本くんもいたんだ」

 蓮の代わりにやや間の抜けな声を出したのは、坂本竜司だったらしい。秀尽高校随一と言える問題児たちを目の前に、優等生である芹澤咲は二歩分の距離を置いて、左手に持っていた鞄を前に回すとしっかり両手で握った。指先まで注意の行き届いたその仕草が、いかにも彼女らしいと蓮は思う。育ちの良さが窺える、洗練された所作だ。

「芹澤さん、帰ってなかったんだ」
「うん、今日は委員会があって」

 学級委員長を担っている芹澤咲には、月に一回の集会に加え、必要に応じて下校の放送をするという仕事があった。その後で図書室に立ち寄る事も多く、たまにこうして遅くまで残っている。そう語った咲は、揃ってポケットに手を突っ込んだ少年二人を見回して、ちょこんと頭を右側に傾けた。

「雨宮くんたちこそ、こんな時間までどうしたの?」
「え?あ、いや、どうしたってか…フツーに立ち話ってやつ?」

 咲の何気ない質問に、竜司が動揺を隠そうと頭を掻きながら蓮に視線を向ける。彼の視線を受けて蓮は小さく頷き、大きな目をパチパチさせるクラス委員の少女を見た。

「そんなとこ。俺たちみたいなのが街をウロついてたらすぐに補導されそうだから、ここで」
「そーそー!それな!」

 蓮の答えに咲はちらりと視線を右上に飛ばし、しかしすぐにニコリと笑った。多少の疑問は残っているが一旦は納得しておこうという、優等生らしい微笑みだった。

「そっか。あ…でも、そろそろ部活動生たちの下校時間になるから、あまりここにいると変に目付けられちゃうかも。遅くならないうちに、二人とも気を付けて帰ってね」

 じゃあね――と手を振った彼女は、そのままくるりと踵を返して駅の方へと歩いて行った。深く立ち入られたくないという蓮たちの意思を汲み取ったような、綺麗な撤退だった。蓮は何も言えないままその背中に手を振り、竜司はやり場のない手を頭の上に乗せて、安堵と苦渋の混じった溜息を零した。

「…完全に気を遣われた」
「委員長さんなんだろ?もっと問い詰められるかと思ったわ」
「芹澤さんは多分、そういうタイプじゃない」
「変わったヤツ…ってか、昨日のノートといいお人好しすぎんだろ。俺らみたいなのとツルるんでも良い事ねえのに」
「…だな」

 壊れかけている自分の人生の中に、彼女のような善良な人間を巻き込む事は出来ない。それは、蓮が転校初日から漠然と抱いていた思いだ。スマートフォンに埋め込まれた地図アプリもきっと、雨宮蓮のいる座標上に、芹澤咲という少女の存在を示してはくれない。彼女のことは、元から無かった『光』として、それこそ『夢』のようなものとして捉えている。
地図アプリの中に潜んだナビが声を上げるまで、残酷な現実世界が歪むまで、蓮は少女が曲がって消えた建物の角を見つめていた。

prev / next

[ back to list ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -