PERSONA5 the FAKE | ナノ



モルガナと謎の少女が無事に敵を振り切ったのを確認し、芹澤咲は自身の逃走ルートを探していた。少し前に竜司が多数のシャドウを引き連れて走り去るのを目撃したが、彼のスピードには追い付けず、途中で見失ってしまっている。
こうなったら一刻も早く逃げ出さなければと、目を凝らし、耳を研ぎ澄ます。物陰に隠れつつ移動し、次の部屋に進むためにコツンと一歩踏み出した。次の瞬間――
まるで待ち構えていたかのように、不穏な音が響き、目の前に巨大なシャドウが姿を現した。
「もう…!」
出口はすぐそこなのに、また戻らなければならない。どこかに隠れられる場所はあっただろうかと、来た道を振り返って走り出す。そして、廊下へと抜けたところで、彼女は前方から見知った顔が此方に向かっているのを見つけた。
「ジョーカー!こっちだめ!敵が…!」
ファントムスーツの裾が空気の流れに舞い上がり、流線的な独特のシルエットを作っている。リーダーとして可能な限り仲間を見送ったのか、雨宮蓮もまたパレス内に残っていたらしい。黒と白が近付き、ちょうど分かれ道のあたりで二人は合流した。
蓮は咲の後方からやってきたシャドウを一度睨みつけると、純白のグローブに包まれた手を取り靴底の向きを90度変えた。
「こっちだ!」
現在位置がどこかは分からないが、何としてでも共に逃げ切らなければならない。逃げる先がありますようにと祈るように靴音を奏でながら長い廊下を抜け、黒白の少年少女は先に現れた部屋へと飛び込んだ。照明の光量が少ないそこは倉庫のような場所で、いくつかの棚が並ぶ中に荷物が散乱していた。
どうするか話し合う暇もなく蓮が部屋の一角へと飛び込み、彼に引っ張られた力に咲の身体のバランスが崩れる。一瞬だけ彼女の身体が宙に浮き、しかし倒れ込んだ先は冷たい床ではなく、心地よい温度を持っていた。あまりにも突然で、状況を理解するのに少しだけ時間がかかった。

「ごめん、このままちょっと我慢して」

抱き止められている。金属棚と大きな段ボール箱に囲まれた小さな空間で、蓮の両足の間にすっぽりと入るような形で、彼の胸に頭を預けている。追いかけてきたシャドウに見つからないよう、この場をやり過ごすため、可能な限り小さく縮まるように一つの塊となっている。
「…うん」
鼓動だけが聞こえていた。早く波打つ、心臓の音だけが。
侵入者の発見により騒がしくなってる筈なのに、パレスの発する音は聞こえない。自分のものかも相手のものかも分からないほど、一連の逃走劇で跳ね上がった心拍数だけでは説明がつかないほど、胸の奥を何かが激しく動かしている。吊り橋効果的なそれではない、恐怖とも緊張とも少しずつ違うこれは、もっと前から確かにあった“揺れ”だ。
いつだったか、明智吾郎に出会った朝の、あの満員電車に似ている。だけど今は二人の間にモルガナはいなくて、より明確にぎゅっと密着していて、互いの鼓動が壊れるくらいに聞こえてきた。そして、この脈打つリズムの意味が理解できないほど、芹澤咲は鈍くない。
知っているのだ。騒がしい鼓動の意味も、熱いくらいに体温が上昇する理由も、頭にそっと乗せられた掌に刻まれた想いも、思わず握りしめた彼の袖に寄る皺が示した答えも、ぜんぶ、本当は知っている。何にも囚われずに、素直に一生懸命になって、すべて言えてしまえば楽になれると知っている。
だけど、その甘えを誰よりも自分自身が許さなかった。運命に囚われた少年を救うまで、彼の無実を証明するまで、その足首に絡む鎖を引き千切るまで、芹澤咲は芹澤咲に本音を許さない。そう、青い夜に誓っていた。
彼の未来を邪魔をするわけにはいかないから、彼の幸福を一番に願っているから、彼自身が何も言わない限り、すべてが終わるまで、この『迷惑な感情』は殺しておく。

――好きな人なんていない。

真夏の砂浜で見知らぬ少女に答えたように偽りの証言を脳に送って、芹澤咲はこのパレスから逃げ出す手段の方へと頭の舵を切り替えた。

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