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*文章力も語彙も足りない *よって果てしなく低クオリティ *長すぎるので二部に分けます * * * ふわり、と。 白い何かが視界の端を通りすぎた。 一度瞬きをすれば、それが引き金となった様に再びふわりふわりと視界に小さな白が舞う。 嫌な予感と共に空を見上げれば、見事に厚く灰色な曇天から、雪が降り始めていた。 「マジかよ………」 山道の端に座り込んでいた銀髪の青年は、途方に暮れたように小さくぼやいた。 それは、その年一番の寒波が襲った冬の日のこと。 妖怪達が住むと言われる山神の森で、アルフレッドは道に迷っていた。 「あ゙ーくそ…出口ってどこにあんだよ……」 雪が降り始めたのと同時に、急に気温が下がった気がして、ぶる、と体を震わせる。 幼馴染みの忠告を聞かずに薄着で来たことを、彼は今更ながらに後悔していた。 (まぁ、いざとなったらカイが探してくれんだろうけど、見付かったら見付かったで小言言われるよな) 普段から、山神の森に一人では行かないでね、と彼は言っていた。 彼処には人ならぬ者がいるから、と。 しかし行くなと言われると人は行ってみたくなるもので、村の散策を口実にこの森に足を踏み入れたのが二時間前。 後先考えずに旧山道を辿ろうとしたのが運のツキだった、とつくづく思う。 森に行くとは勿論告げていないから、カイが来るとしてもまだしばらくかかるだろう、とアルは寒さを少しでも凌ぐため、体育座りの様に足を体に引き寄せた。 それでもやはり、寒いものは寒い。 森で迷って凍死など冗談じゃない、と思いながら、予想以上に早く積もっていく雪を眺めた。 「……っくしゅ!」 「おい、お前」 体の冷えに耐えきれずにくしゃみをした時、突然声をかけられた。 驚いて辺りを見渡すと、少し離れた木立の間から人影が覗いている。 ざわざわと風が周囲の木を鳴らした。 「何をしている、人の子よ」 声から察するに自分とさして変わらぬほどの青年だろう。 彼はアルよりも薄着な格好に、伝統芸で見かける様な狐の面という、非常に奇妙な出で立ちをしていた。 しかし、それを気にする程の余裕はアルにはなかった。 今は何より、誰かに出会えたことが嬉しい。 「人か…!助かった……!!」 喜ぶと同時に逃げられては敵わない、と走って近付くと突然すっと一歩遠退かれた。 違和感を感じて一歩近付くとまた一歩分退く。 なんだか少しいらっとして腕を掴もうと手を伸ばすと、青年は手に持っていた木の枝でアルの手を弾いた。 「…っつ!お前な!」 何も弾くことはないだろうと恨みがましく面を見つめると、彼は困った様に謝った。 「すまない。 お前、人の子だろう? 俺は人間に触れられると消えてしまうから」 「──? 人間にって…お前は人間じゃないのか」 格好こそ奇妙なものの、面の後ろからは色素の薄い茶色の髪が覗いていて、姿は人間そのものに見える。 「俺は、この森に住む者だ」 「…ってことはお前…妖怪か?」 「…………」 「へぇ…」 多少冗談を込めたつもりが沈黙で返されて、アルは改めて興味深そうに彼を見た。 「…さっき触ると消えるって言ってたな。 あれはどういうことだ?」 「………」 黙ってしまった彼に、もう一度手を伸ばすと、やはり再びパシリと叩かれた。 「……消えると言うのは姿が見えなくなることじゃない。 消滅するって意味だ。 山神様がそういう術を俺にかけているんだ。 人間に触れたが最後、俺はこの世からいなくなる」 「…………それは、悪かったな」 「まあ、今から気を付けてくれればそれでいい」 アルが素直に謝ると、彼はそう言って持っていた枝を差し出した。 「?なんだ?」 「手は繋げないからそっち側を持ってくれ。 迷子だろう。 森の外まで連れていく」 早く、と言うように枝を揺らした。 「……お前…この年の男に迷子って……ていうか繋ぐ必要ないだろ!?」 「ああ、すまない、人の年齢の感覚はよくわからないんだ」 彼はしれっと言うと枝を引っ込めようとしたが、アルはしかしそれを掴んだ。 「いらないんじゃないのか?」 「………お前妖怪なんだろ、急に消えられたりしたら困るんだよ」 不安と理屈の混ざった本音をヤケになった様に言ったアルに、彼はそうかとだけ返した。 それから二人は枝を間に、時々他愛もない会話をしながら山道を歩いた。 「──…お前は、怖がらないんだな」 「あ? 何をだよ?」 「いや…なんでもない。 ここをまっすぐ行くと森の出口へ出る」 そう言って彼が立ち止まったのは、最早古くてその姿しかわからない石造りの鳥居の前だった。 「おう、ありがとな。 ……お前はずっとここにいるのか?」 「…ここは山神様と妖怪達の住む森。 『入っては心を惑わされる』『行ってはいけない』と、村で言われただろう」 再び会えるかと思い尋ねると、青年は少しの沈黙の後にそう言った。 「…………さあな、俺はここに来たばかりだから。 俺はアルフレッドだ。 お前は?」 狐の無機質な面を見つめて返答を待つ。 ざわざわと再び木々が音をたてた。 答える気配のない彼に、仕方がないとアルは背を向けて 「じゃあな、とりあえず、また明日来るから」 それだけ言って歩き出した。 そろそろ出口に繋がる山道に差し掛かる、といった時、後ろからいきなり、一言だけ聞こえた。 「"ソウ"だ」 驚いて振り返るも、そこには誰もいない。 しかしアルは少しだけ満足そうに微笑んで、森の出口へと再び歩き出した。 * * * 森の出口に至ると、村の方から見慣れた幼馴染みが何かを探す様に歩いているのが見えた。 「カイ!」 「……アル!」 ぱっと振り向いた彼はアルを見留めると、目に見えてほっとした表情をして走り寄ってきた。 「…良かった、なかなか帰って来ないから道に迷ったんじゃないかって心配したんだよ? 雪も降ってきたし……って」 安心したのも束の間、カイはアルが今やって来た方を見て渋い顔をした。 「……アル、山には一人で入らないでねってあれほど言ったじゃない。 迷子になったらどうするの」 「……あー………悪い」 迷子、という表現を再び使われたことは気に食わなかったが、実際問題今まで迷っていた上、彼の言い付けを破ったのも事実のため、何も言い返すことが出来ずアルは素直に謝った。 「もう…今日はすごく寒くなるよって言ったのにそんな薄着で出掛けるし…はい、上着持ってきたから」 最早諦めた様にそう言って、カイは手に持っていたアルの上着を手渡した。 ソウに出会った驚きで忘れていたが、言われて見れば確かに体は冷えきっていた。 「おう…さんきゅ」 「どういたしまして」 手早くコートを着ると、寒いのは相変わらずだが、体を刺す様な冷気は和らいだ気がした。 (そういやあいつ……俺より薄着じゃなかったか?) 先程森で出会った奇妙な青年を思い出す。 カイと横に並んで村へと続く道を歩きながら、アルは森について少し聞いてみることにした。 「なあカイ。 あの森には妖怪が住んでいるって話、本当なのか」 突然の話題にカイは不思議そうな顔をしたが、特に言及することなく答えてくれた。 「山神の森のこと? …うーん、そういう言い伝えだけどね」 さく、と早々に積もり始めた雪は踏むごとに軽い音がした。 「ここに住んでた頃は、妖怪に逢いたくてよく友達と森へ入ったりしてたんだ。 結局逢えなかったけど、目の端でチラチラと何かを見た気がしたかなぁ」 小さい子供の思い込みかもしれないけどね、と彼は懐かしそうに微笑んだ。 「これは父さんから聞いた話だけど、父さんは子供の頃、冬明けの夜に森の中からおはやしを聞いたり…森の中でお祭りに迷い込んで遊んだんだって。 でも…村の人があの森でお祭りなんかするはずもなくて、じゃああの祭りはなんだったのか、妖怪達の祭りに迷いこんだんじゃって大騒ぎになったみたいだよ」 「へぇ…」 「僕も五歳位までしかこの村にはいなかったから、この道を歩いたのすごい久しぶりだったけど…あんまり変わってないなぁ」 と、カイはしばらく興味深そうに村へと続く道を見回していた。 それから二人は昔話などをしながら帰路に着いたが、結局アルはソウのことはカイには話さなかった。 特に深い理由があった訳ではない。 ただ、この村を故郷に持つカイも知らない今日出逢った青年のことを、自分だけの秘密にしておきたかったのだ。 * * * 「本当に来たのか」 翌日、アルが昨日別れた鳥居の前まで何とか迷わずにたどり着くと、そこには相変わらずの薄着に狐の面を着けた先客がいた。 「そりゃ昨日行くって言ったからな。 でも…待っててくれたのか」 正直、ここまで来た後はどうすれば彼に会えるかわからなかったので、有難かった。 今は止んだものの、一晩降り積もった雪は森の様子を大きく変えてしまっていた。 ここに迷わずに来るだけでも精一杯で、そこから改めて探すのは至難の技だろう。 (また迷って助けられる、なんてのはごめんだしな) カイだけならまだしも、ソウにまで自分が迷いやすいかの様に認識されるのは何となく面白くない。 しかしそんな思いも虚しく、 「また迷子になられても困るからな」 「……うるせぇよ! つーか迷子って言うな」 まるで考えを見透かしたかの様な迷子扱いに、アルが拗ねた様に言うと、ソウは面の裏で少し笑った様で僅かに肩を震わせた。 「……おい」 「悪い、何か可愛らしく感じてな」 「可愛らしいってお前な……」 最早閉口して怒る意欲もわかない。 そんなアルを気にすることもなく、ソウはすっと立ち上がった。 「ここは寒い。 もう少し、暖かいところへ行こうか」 「え?」 「大丈夫、ちゃんとまた送るから」 別にそれを心配した訳でもなかったのだが、わざわざ言い返すのも疲れるので、アルは黙って着いて行くことにした。 触れない様に気を付けてソウの隣を歩くと、実は彼の方が少しばかり背の小さいことに気付く。 「森の奥に暖かい所なんかあるのか?」 迷う素振りも見せず歩く彼の進む先は森の奥へと向かっている。 これだけ雪が積もったなら、何処に行っても変わらない気がした。 「まあ…多少だけどな。 木が隣立し過ぎて、雪が積もらない場所があるんだ。 ついでに風も入らないから、少しは暖かいと思う」 「へぇ……」 確かに、歩いて進むごとに周りの木々は濃くなっている様だった。 近くの木からぼすっと音をたてて雪が落ち、そこから緑色の葉が覗く。 ふと気になって周りを見れば、どの木も雪の下に緑の葉を繁らせていた。 「そういや、この森って冬枯れしないんだな」 「山神様が守っている森だからな」 「…そういうもんなのか?」 「ああ」 アルにとって納得出来る様な出来ない様な、微妙な答えだったが、確かにこの森の木には冬の割に異様な生命力があった。 また、森の中を歩いていると、カイの話にあった様に、目の端でちらちらと何かが動いている気配も感じられた。 最初は獣かとも思ったが、この時期に動物が活動しているわけもない。 時折、 「……人の子……人の子だ……!」 「……ソウ…危ないぞ……」 という様な声も聞いた気もした。 (慕われてるんだな…) 声のした方に目をやると息を呑む音とともに茂みががさりと揺れた。 「…気にするな、あれも妖だ。 根は臆病でいい奴だから、お前に害は与えないよ」 一瞬体を強張らせたことに気付かれたのが少し悔しい。 しかしアルの心はそれよりも、妖という存在が現実にいたことへの感動で占められていた。 「妖怪って本当にいたんだな…。 本の中だけの存在だと思ってた」 「…お前俺を何だと思っているんだ」 少し興奮した様に言うアルに、ソウは半ば呆れた声を出す。 そういえばそうか、とアルは改めてソウを眺めた。 「ソウはのっぺらぼうか何かなのか? 何で面を着けてる?」 「大した理由はないさ」 別に言えない訳がある様でもなく、本当にどうでも良さそうにそう言うと、着いたぞ、と彼はアルを振り返った。 気付けば、周りに雪はなく、ただ深い緑が広がっていた。 「俺のことは良い。 アルフレッドのことを話せよ」 「…興味あるのか?」 風が吹かないこの場所では、互いの声だけが鮮明に耳に届いた。 「あるから来たんだ」 その日から、アルは毎日の様に森へ通った。 カイと共に来たものの、彼は彼で親戚回りで忙しく、昼間はどちらにせよ一人暇を持て余していたのだ。 山の中をソウと歩いて、言葉を交わす。 それだけの時間が、ただ楽しかった。 * * * 「ソウー…あ、いた」 そんなある日アルが森を訪れると、ソウは木の幹に背をもたせかけて座っていた。 (またあんな薄着してるし) 出会った日以来雪は降っていないものの、山というだけで寒いのに決まって彼の服は薄かった。 「おい、んなとこで何やって……ソウ?」 声をかけても返事をしない彼をよく見ると、呼吸と共に規則的に肩が動いているのに気付く。 「…ソウ、寝てんのか?」 意外にも深く眠っているらしく、やはり反応はなかった。 「…そんな格好で寝てると風邪ひくぞお前」 は、と小さく苦笑を混ぜた溜め息を溢して、アルは自分が巻いていたマフラーを外してソウの傾いた首にかけた。 その場にしゃがみこんで、触れない様に慎重に、彼の首に巻いてゆく。 ようやく苦労して二周程巻き終えた時、アルは目の前の面にふと好奇心が働いた。 (面は触っても大丈夫なんだよな……) 少しの緊張を伴って、そっと面に手を伸ばす。 本当にのっぺらぼうだったらどうしようか、と微かな不安が頭を過りつつも両手で触れると、案外簡単に面は外れた。 冬の風が遠くの木々をざわざわと鳴らすのがいやによく聞こえた。 期待外れと言うべきか、安心したと言うべきか。 奇妙な狐面の下にあったのは、のっぺらぼうではなく、一人の青年の寝顔だった。 その整った顔立ちにアルは一瞬魅入られたが、次の瞬間ソウが目を開けたので、 「っ悪い!!」 ばんっ 「あ いっ!?」 と持っていた面をソウの顔に叩きつけてしまった。 ソウは痛そうに面を押さえながら、木にもたせていた姿勢を正した。 「…寝込みを襲うとは人の子は恐ろしいな」 「でもお前もわざと狸寝入りしてただろ」 未だ動悸の治まらないまま、アルはソウに触れないギリギリの位置に腰を下ろす。 「普通だっただろう」 「…………」 なんと答えたらいいかわからず、アルは巻きかけだったマフラーをぐるぐると再びソウの首に巻き付けた。 「…なんで面を?」 「こんな面でもつけていないと、妖怪には見えないだろう?」 ソウの声には少し、寂しさが混ざっているような気がした。 「……変な奴」 「ははっ………それより」 と、ソウは自分に巻かれたマフラーを見下ろして尋ねたげにアルを見た。 「これじゃお前が寒いだろう」 わざわざ巻いたマフラーを外そうとするのを、アルはいいから、と制止した。 「俺はコート来てるから大丈夫だよ。 お前のがそんな格好してると風邪ひくだろ」 「…俺は人間じゃないから風邪はひかないぞ」 「〜〜っだぁもう良いからつけてろって!! 見てるこっちが寒いんだよ!!」 尚も返そうとするソウを振り切って、アルは既に半分程とかれたマフラーをもう一度巻いて後ろできゅっと結んだ。 「…………ありがとう」 「おう」 そこまでするとさすがにソウも諦めたらしい。 そのまま二人はしばらく黙って並んで座っていた。 気まずい訳ではなく、心地の良い沈黙だった。 また風が、遠くの木を鳴らしたなと思ったとき、ソウがぽつりと呟いた。 「……人の子は…お前は、暖かいな」 「…は?」 こいつは時々よくわからないことを言う、とアルは思った。 体が触れているならまだしも、ソウの体質が故にアルのどこも彼に触れてはいない。 体温の共有など出来るはずもなかった。 「温かいのはマフラーのおかげだろ。 …っつーかやっぱ寒かったんじゃねぇか」 「………そうかもしれないな」 苦笑が混ざった様に聞こえたが、その表情は面に隠されよくわからなかった。 先程見たソウの顔がふっと浮かぶ。 彼の顔を、表情を見たいとアルは思った。 「…なぁソウ」 「?」 「お前、俺といる間位その面外してくれないか」 突然の話題にソウは驚いた様で、無意識に片手で面に触れた。 「嫌か?」 「……別にいいけど、なんか意味あるのか」 「あるから言ってる。 俺は、お前の顔を、目を見て話したい。 どんな表情をするのか知りたい。 俺ばっか見られてるとか不公平だろ。 それで──」 「?」 「……俺はお前のこと、もっと知りたいんだよ」 最後の方はさすがに気恥ずかしくて目を逸らして言う。 「…………」 ソウの沈黙に、流石に引かれたかと思って顔を見れないでいると、アルフレッド、と名前を呼ばれた。 「? ……っ」 何かと思い振り返ると、ソウは面を外して、少し嬉しそうな表情でアルを見ていた。 「ありがとう。 そんなこと言われたのは初めてだ」 いつもの面で隠った様な声とはいくらか違う、少しクリアなソウの声。 初めて見た、ソウの笑顔。 「…………おう」 自分で外せと言った割に、端正すぎる顔を微妙に直視出来なくて、そう一言だけ返した。 * * * 2月。 アルがこの村に来てから約二月程経った。 本来ならカイの帰郷もそろそろ終わり、アルも帰る時期だったのだが予想外の記録的豪雪で、雪の解ける春まで留まることに決まった。 ずぼっ ずぼっ 一歩歩くごとに雪に足を埋めながら、アルはソウと共に出会った頃に行った山の奥へと向かっていた。 さすがにここまで雪が降れば彼処も雪が全くないとは言えないだろうが、少なくともまだ暖かいだろうと思ったのだ。 基本的に雪の少ない街で生まれ育ったアルは、最初こそ大雪を密かにはしゃいでカイに苦笑されたものの、さすがに今ではそんな気分も失せていた。 「そういえばアルフレッド」 「んー?」 雪の中を歩くのは思ったよりも体力を奪われる。 そのため二人とも黙々と目的地に向けて歩いていたのだが、ふと何かを思い出した様にソウは前を行くアルに声をかけた。 「このマフラー、この前から借りたままなんだが」 アルが振り返ると、ソウは自分の首から口元まで巻いているマフラーを示した。 なんだかその仕草が可愛く感じて、アルはふっと笑ってしまった。 「アルフレッド?」 「ああ…いいよ、それお前にやる。 似合ってるしな」 実際自分が貸した空色のマフラーは、彼の色素の薄い肌や青色の目によく似合った。 「いやそれは悪…」 「俺がやるって言ってるんだから良いだろ。 俺には予備があるし」 「でも…………」 どうするべきか迷っているソウの顔を、アルはちらりと盗み見た。 アルが頼んで以来、彼はアルと会う時は狐の面を外す様になった。 本人はあまり自覚がない様だが、正直彼の顔は思わず見惚れる程に綺麗だ。 男に綺麗というのもどうかと思うが、アルにはその表現が一番しっくりくるような気がしていた。 (特にあの青い目が、すげぇ綺麗なんだよな…) 肌や髪を見ても全体的に色素の薄いソウだが、瞳の色だけは深い青色をしていて、アルはしばしばその面の上からは知ることの出来なかった色に目を惹かれた。 「それじゃ、」 「!」 「? 何か顔に付いてるか?」 また、無意識に見入っていたらしい。 顔を上げたソウと思い切り目があってしまった。 アルが見つめていたのをどう勘違いしたのか、ソウはぺたぺたと両手で顔を触った。 「どの辺だ?」 「え、ああいや・・・悪い、何でもないんだ。 気にしないでくれ。 それより、何か言い掛けてただろ、なんだ?」 「・・・? ん、ああ、マフラーのことなんだが」 彼は不思議そうな顔をしつつも、促しに応じて話を続けた。 「その、お前が良いなら、貰ってもいいか?」 先程からアルはむしろ押し付ける勢いであるのに、わざわざ確認するところが彼らしい。 「おー、どうぞ。 俺もお前が貰ってくれると嬉しいからな」 「……そうか」 ソウはマフラーに顔の半分をうずめたままふわりと笑った。 半分押し付けた様なものなのに、あまりにも彼が嬉しそうに笑うので、アルは微妙に気恥ずかしくなってそれがあれば見てて寒くないからな、と茶化した。 ようやく目的地に着くと、やはり雪がないという訳にはいかず、所々に木の上の方から落ちてきたとわかる雪の塊が見られた。 それでも寒さは幾分マシで、アルとソウは着くなり雪のない木の根元に腰を下ろした。 「……疲れた…」 ぼそりと呟いて幹に体重を預ける。 正直、雪の中を歩くのがここまで疲れるものだとは思っていなかった。 (田舎なめるもんじゃねぇな…) この雪の中での生活を毎年送っていると思うと、正直村人達に頭が上がりそうにない。 (あ、こいつもずっとここに暮らしてるんだっけか) そういえば、と隣に座るソウを見ると、確かに自分に比べて彼の疲労の色は薄い様に思えた。 「…ソウ、何してるんだ?」 「何って、雪うさぎ。 アルフレッドは見たことないんじゃないかと思って」 ふと彼の手元に目を落とすと、どこから持ってきたのか雪の塊を弄んでいた。 「それはどうも…ってそうじゃなくて」 「?」 「手袋もしないでやってんじゃねぇよ。 手ぇ真っ赤じゃねぇか」 呆れつつ手を示してやれば、ソウはああ、と合点がいった風に自分の手を見つめた。 「今まで意識したことなかったからな。 気付かなかった」 「お前な……ったくほら、俺も寒いから、片手だけな」 アルが片方の手から手袋をとって渡すと、ソウはマフラーがあるからと一度は断ったが、アルが引かないとみると渋々右手にはめた。 それを見届けると、アルはすくっと立ち上がった。 「よっと、じゃあ俺も雪遊びでもしますかね」 この歳になって、とは思わなくもないが、何分これほど雪があるのは見たことがない。 今を逃したらさすがに遊べる機会はないだろうと思ったのだ。 (それに、一回やってみたかったんだよな) アルは木から落ちて一所に集まっている雪を見つけると、適当に掬ってぎゅっと固めた。 それを狙いを定めてひゅっと投げる。 飛んでいった雪玉は、狙い通りにソウのすぐ上の幹にあたって砕け、雪うさぎ作りに集中していたソウの頭はもろにその欠片を被った。 「!?なんだ!?」 「…っはは!」 「! アルフレッドか」 「悪い悪い、でもソウ、お前慌てすぎ…ってうお!?」 ソウの慌てぶりが余りに面白くて笑っていると、びゅっとどこからか雪玉が飛んできて頬を掠めた。 「てっめ…やりやがったな…」 見れば、ソウも複数の雪玉を持って立ち上がっていた。 「お前が先に始めたんだろう」 「……はっ上等ぉ!」 そうして始まった二人だけの雪合戦は小一時間ほど続いた。 「……っはあっはあ… あ゙ーつっかれた! ソウ、少し休もうぜ」 「……ああ…」 さすがにソウも疲れたのか、息が切れていた。 二人で最初に座っていた木を目指して歩く。 夢中になって雪を求めている内に、少々下ってしまったらしく、気付けば周りは再び白い雪に覆われていた。 「ソウ、悪かったな、こんな遊びに付き合わせて」 狭い道を縦に並んで歩きながら、アルは後ろにいるソウに声をかけた。 さすがにはしゃぎすぎた、と少し反省していた。 自分はともかく、ソウは雪を見慣れているのだ。 今さらではあるが、つまらなかったのではと不安だった。 しかしソウからは予想に反して満足そうな答えが返ってきた。 「いや、俺も雪合戦は初めてやったから、楽しかった」 「そうなのか? 毎年雪は降ってるんだろ?」 「雪は降っても、相手がいなかったからな。 お前のおかげで今年は色々と、初めてなことばかりだ」 そう答えるソウの顔は後ろにいるためよくわからなかったが、彼は嘘はつかないから、実際そうなのだろう。 アルは少し嬉しく感じて、後ろを振り返った。 彼の顔を見て、言葉を伝えたかった。 「そうか、お前も楽しめたなら、良かった。 ありが…っ!?」 しかし、ありがとな、と言おうとした瞬間、踏み出した先の雪が崩れた。 途端にアルは後ろにバランスを崩し、ヤバい、と思った時には両足とも宙に浮いていた。 「危ない アルっ…」 ソウがアルを支えようとしたのはとっさだった。 彼の手が伸ばされてから、互いにまずい、と気付く。 「……ばっやめ…!」 当たる、とどちらも思った。 アルは反射で目を瞑ってしまった。 どんっ どさっ 瞬間何かに弾かれたような感覚がした後、アルは雪の上に放り出された。 背中を全面的に打ち付けたが、そんなのはどうでも良かった。 (ソウは!?) 痛みを圧して体を起こし周りを見回す。 すると、目の前に立つ二本の足が見えた。 「っソウ!!?」 (無事だったのか!!) ほっとしたと同時に力が抜ける。 「ソウ、悪い…」 「ソウ、お前なにやってるんだ? 自分の体質のことはお前が一番知ってるだろう? こいつ、人間じゃねぇか」 自分の声に被って頭上から聞こえた声は、ソウのものではなかった。 「っ!?」 ソウはどこだ、と慌てて上を見上げると、そこには自分達とさして変わらないくらいの青年が、ソウを抱きかかえて立っていた。 一つに括られた長い銀髪に、藍色の瞳。 姿は人間だが、発せられる雰囲気から一目で人間でないことがわかった。 (誰だ…? ってそんなのは後だろ!) 「ソウ! 無事かっ!?」 消えてはいない様だが、実際消えるというのがどういうことかアルにもわかっている訳ではない。 とりあえず、彼の声を聞かなければ安心出来なかった。 「…アルフレッド、大丈夫だ。 すまないイアル、下ろしてくれないか」 聞こえてきたいつもと変わらないソウの声に、とりあえずほっと肩をなでおろす。 イアル、というのは青年の名前らしい。 (親しい、のか?) ソウの口から自分以外の個人の名前を聞くのは初めてだった。 雪を払いながら立ち上がり、改めて見ようとすれば、相手とばちっと目が合い、何故かギロリと睨まれた。 「な、なんだよ」 「………」 イアルは答えることなく視線を外し、ソウを腕から下ろすとソウの頭、頬、肩と順に確かめる様に触れていった。 「一応大丈夫だとは思うが、何か支障はないか」 「いや、問題ない。 助けてくれてありがとうな」 その言葉で、彼が助けてくれたのだと知る。 「…ソウ、そいつは」 「ああアルフレッド、実は彼も妖で…」 「助けてもらった相手にそいつ呼ばわりたぁ、人間に礼儀ってのはねえのかよ」 ソウの言葉を遮った言葉にも表情にも、隠す気もないのだろう、明らかな敵意が表れていた。 「イアル、」 「ソウ、お前は人間に触れたら消えんだぞ? 他の妖から聞いてはいたが、本当に人間なんかと関わってるとは思ってなかった。 俺は」 「イアル」 続けようとするイアルの言葉を、今度はソウが遮った。 「…心配してくれてありがとう。 体についてはわかってる、でも、友達なんだ」 「……………………ちっ」 まっすぐ目を見て言うソウに、イアルは長い沈黙の後、舌打ちをして再びアルの方に目を向けた。 「おい、人間」 非常に不機嫌なのが滲み出てはいるが、イアルから向けられる敵意が少しだけ緩んだ気がするのは気のせいだろうか。 睨んではいるものの、しっかりと視線を合わせて話す彼に対しながら、アルはそんなことをちらりと思った。 「お前にとってもソウは友達か」 「ああ、大事な友達だ」 「………だったら」 「…イアル!」 「お前は黙っとけ」 イアルはアルに近付くと、アルの頭をがっと掴んだ。 「何すっ…」 「いいか、よく聞け人間。 仮にもお前がソウの友達とやらを名乗るなら。 ソウに決して触れんじゃねぇ。 今みたいな事故も次は許されない。 故意だろうが事故だろうが、一度でもお前が触れればこいつは消えるんだ。 いいな、お前がこいつを消したりしたら…」 彼はぐっと顔を近付けて、アルの耳元で低く囁いた。 「…お前を俺が喰ってやる」 ぞくりと。 全身の肌が粟立ったのがアルにはわかった。 けれど、返事だけはしなければならない。 アルは頭を掴むイアルの腕を振り払うと、逆に彼の頭をがっと掴み返した。 「ああ、彼奴のことは消えさせない。 今回みたいなことも、二度と起こさない。 それから…助けてくれたことは、感謝する。 ありがとう」 はっきりとそう告げる間、互いに視線を外すことは一度もなかった。 「………ふん」 イアルは一度だけ鼻を鳴らすと、すっとアルの腕に触れた、 「っ!?」 と思ったら、気付いたら雪の上に尻餅をつかされていた。 「アルフレッド!」 「俺は森に戻る。またな、ソウ。 それから人間、偉そうに吠えた言葉、忘れんじゃねえぞ」 アルに駆け寄るソウを横目に、イアルはひらひらと手を振りながら森の奥へと帰っていった。 「大丈夫か…!?」 「ああ、別になんともない。 それより、ごめんな。 俺の不注意で、お前を消してしまうところだった」 今更ながら、ソウが消えるかもしれなかったという恐怖が襲ってきていた。 イアルの様に触れて確認出来たら、どれだけいいかと思った。 人間人間と、侮蔑を込めた様な彼の呼び方は非常に不愉快で人間で何が悪いと何度も思ったが、 (……でも、あいつは、妖怪達はソウに触ることが出来るんだな) 正直、避けられることなくソウに触れていたイアルを羨ましく思ったのは事実だ。 人間の自分は、ソウには触れないし、向こうから触れられることもない。 「いや、あれは俺が手を伸ばしたのがいけなかったんだ…あ、いやお前を転ばせれば良かったという訳じゃなくて」 「焦らなくてもわかってるよ」 珍しくあわあわと弁解しようとするソウに小さく笑う。 「…アルフレッド?」 「はは、悪い。 ………なあ、ソウ」 「なんだ?」 「…何があっても、絶対、俺に触るなよ」 ソウが一瞬、驚いた顔をした。 「……な? 絶対だぞ」 ぐしゃり、とアルは前髪を掴んだ。 ソウに触れたい。 でも消えてほしくない、だから触れない、触れられない。 たくさんの想いがぐるぐると頭をうずまいて、ただ、苦しかった。
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