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[12]※アルソウ 病んでるアルくんと健気なソウくんが周りに色々迷惑をかける話1(多分嘘は言ってない)
by 洸
2013/02/14 22:43
・アルくんが病んでる
・ソウくんが相変わらず健気
・一部某小説の引用有り
・俺だけが得をしている。
・クオリティはミスディレしました。
*******


耳障りな音を立てて二つの刃が交差するのを、カイはただ見守る事しか出来なかった。

どうして、何故、そんな言葉ばかりが頭を埋め尽くす。
凄まじい速さで剣を振るっているのは、どちらも彼の友人で、うち一人は彼のかけがえのない幼馴染だった。

しかし今その彼はカイが見た事の無いような表情で、相手に斬りかかる。
相手の栗色の髪の青年は、一見すると無表情だがその青い瞳が苦しいと訴えているのが、カイには分かった。

(ソウさん…)

誰よりも仲間想いの彼にとって、その仲間と戦うという事は何よりも辛いはずだ。
しかし、彼は刀を収めようとはしなかった。
それが、自分の為でなく、目の前の相手ーーアルフレッドの為である事を、アル自身は気づいているのだろうか。
以前の彼なら気づいたはずだ。
いや、そもそも以前の彼ならこんな事にはならなかったはずだ。

カイは目の前の戦いを見つめながら、彼の幼馴染が変わってしまった時の事へと思いを馳せた。

* * *

その日はたまたま任務が少ない日で、暇を持て余したアルはソウの部屋へ遊びに行く事にした。
いつも静かなそこは居て楽であったし、何よりソウの隣にいる時間は心地良かった。
しかし、彼の部屋の前に来た時ソウが誰かと言い争っているような声が聞こえた。
ソウが誰かと口論するなど珍しい事ではあるが、人の喧嘩の仲裁に入る程アルはお節介でも無かったのでタイミングを誤ったか、と踵を返そうとした時ガタン、と音がしてソウの焦ったような声が聞こえた。

「おい、止めろ…!」
「良いじゃねぇか、減るもんじゃないし」
「ふざける、な…っ!」

何かよくない事が起こっていると、流石に放っておく気になれなかったアルは慌ててソウの部屋へと入る。
そして、そのまま入口で固まった。

「……ソウ?」

両手を壁に押しつけられて、唇を
メンバーの男の一人と合わせているのは紛れもなくソウであった。
彼は立ち尽くすアルを視界に入れて一瞬目を見開くとなんとか顔を背けて男の唇から逃れた。

「…アル……!」

その震えている声を聞いて、硬直していた身体が動くようになると同時に、視界が真っ赤になった。
どんな風にそいつをソウから引き離したのか、ソウの部屋から追い出したのか、アルはよく覚えていない。

ただ、恐怖で身体を震わせるソウをアルは抱きしめた。
アルだからこそここまでの接触が出来るが、ソウの中には未だ根強く虐待された過去が残っている。
必要以上に接触される事は、まだソウにとっては恐怖でしかない。
アルだって、抱きしめる事が限界だ。
だからこそ、アルは今見た光景が許せなかった。

「……ソウ」
「…アル…俺、は…」

ソウが自分をアル、と呼ぶのは決まって情緒不安定の時だ。
アルとて今見た光景にソウの意思が無い事は分かっている。
それでもやはり嫉妬せずにはいられなかった。
自分すら触れた事無い所に、他の誰かが触れた事が、どうしても許せなかった。

「……っ!」

気がついたら、ソウの頭を引き寄せて強引に口づけていた。
抱きしめている腕の下でソウが驚いて離れようともがく。

「……ア、ル…!」

離せとソウが身を捩る。
それでもアルはソウを離す気にはなれなかった。
分かっている、これは嫉妬だ。
どうしようも無い程に醜く、浅ましい嫉妬だ。
アルは、先程の男が触れた全てを上書きしてやりたい衝動に駆られた。

「…なぁソウ、」

漸く唇を離して、他に何処触られたんだよ、と訊いたアルの声の低さにソウの身体がびくりと跳ねた。

「…何も、されてない……!」

途切れ途切れでも必死に言ったソウの言葉は、恐らく真実だろう。
冷静な頭で考えれば、ソウの瞳がゆらゆらと揺れている事に、その瞳に恐怖が映っている事に気づいたはずだ。
しかし嫉妬でどうにかなりそうな今のアルにはいつもなら気づけたはずのそれらに気づけなかった。

「なぁソウ、なんであいつを部屋に入れたんだ?」

男が握っていたソウの手首に、そっと唇を落とす。
先ほどの男は名前こそ覚えていないが、事ある毎にソウにちょっかいをかけていた奴だ。
あの男がソウに気がある事など、アルはとっくに気がついていた。

なのに、何故彼は気づかない?
何故、狙われているのに簡単に部屋に入れる?

「……向こうが…勝手に入って来たんだ…!」

知っている。
ソウは自分の体調に関する事で無い限り嘘をつかない事を、自分の事に関しては呆れる程に鈍感な事を、知っている。
ーーだけど。

「本当かよ?
俺はずっと前からあいつがお前に気がある事知ってたぜ?
本人が気づかないとか、あり得ないだろ?」

苛々しすぎてどうしようも無くて、ソウは何も悪くないのに、寧ろ被害者であるのに、その苛立ちを、どろどろとしたこの感情をソウにぶつけずにはいられなかった。

「…アルフレッド……っ!?」

何か言いかけたソウの口を、もう一度唇で塞いだ。
何も、聞きたくなかった。
先ほどのキスシーンが焼きついて離れない。
自分以外の誰かがソウに触れる事が、こんなにも腹立たしいなんて知らなかった。

「離せ……っ!」

どんっと強くアルの胸を押して、ソウがアルから離れる。
彼の身体はまだ震えていて、深い青には恐怖ばかりが映っていた。

「ソウ、」
「……出てってくれ…」

絞り出すような声で、ソウは言った。
そんな事を言われたのは始めてで、アルは目を見開いた。
今のアルにはソウの気持ちを思いやる余裕など無かったから、何故出ていけと言われたのか分からなかった。

「……出てってくれ……早く…」

今にも泣き出しそうな声に不安になって、アルは少しだけ冷静になった頭でソウの頬に触れようと手を伸ばした。

「……触るなっ!」

パシンと乾いた音がしてアルの手が叩かれる。
それは、久しぶりの拒絶。
そして拒絶されたという事実は、アルの心に暗い影を落とす。
そのまま無言で立ち上がると、アルはソウの部屋を立ち去った。
酷く苦しそうな目をしていたソウに気づかぬまま。



「…キスを急いてはいかんなぁ、我が主?」
「…見てたのかよ」

何処からか飛んできてアルの肩に止まったリオウが冷やかすように言った。

「仮にも恋人同士ならばもっと相手の心を思いやらねばならんだろう。まぁいい、あの様な手合いから恋人を守ってやるのも使命というものであろう」

そう、リオウが何気無く放った言葉に、アルはふと足を止めた。

「…そうか、そうだよな」

一人合点がいったように呟いたアルの銀色の瞳に、リオウは何か底知れぬ暗いものを見た。
あえて言葉にするのならばそれはそうーー愛憎。

「…アル?」
「そうだよな、俺がちゃんとあいつを守ってやらなくちゃいけないんだよな。そうだ、そうなんだ。あぁ、なんでもっと早く気づかなかったんだろうな。
これからは、俺がちゃんとあいつを守る。
誰にも、触れさせない。
だって、あいつは、ソウは俺のものだ。
俺以外があいつに触れるなんて…許さない」

そう言って、アルは薄っすらと笑みを浮かべた。




その日から、アルは変わってしまった。
少なくとも、カイはそう思う。
ソウが襲われたという日の出来事は、リオウから伝え聞いたものであるからその時の詳しい様子はカイには分からないけれど。
簡単に言ってしまえば、ソウへの執着が目に見えて強くなった。
独占欲、と言うにはあまりに強すぎるそれは日に日にソウを縛り付けていった。

例えば、ソウが誰かと任務に行く事になった時、ただじっとソウと、ソウと任務に行くメンバーを無言で見つめるのだ。
その視線に嫉妬と殺意が混ざっている事にカイが気づいたのはいつだっただろう。
さらに彼が帰ってきた時怪我をしていようものなら大変だ。
その場合ソウに同行した殆どの者が翌日大怪我をして医務室へと運ばれた。
彼らは余程恐ろしかったのか、誰にやられたのかを決して口にはしなかったが、犯人が誰かなどは皆
想像出来た。

そのせいで、医務室はあっという間に満杯になった。
流石のクロエも、怪我人の数と状態に顔を引きつらせたし、アルは怪我をしたソウをクロエに任せようとしなかった。
ソウに誰かが触れる事をアルは許さなかったのだ。
彼が怪我をして帰ってくると、アルは険しい顔をしてソウを何処かへと連れて行く。
大体はアルの部屋か、ソウの部屋だ。
そこで何があるのか、カイは知らない。
しかし暫くして部屋から出てきたソウの顔はいつも真っ青だった。
何があったか聞いてもソウは笑って「なんでもない」と言うだけであったのだが。

一体何がアルを変えてしまったのだろう。
これ以上怪我人を増やすわけにもいかないと、アイリスはソウの任務には必ずアルをつける事にした。
しかしその決断を下すまでにどれほどアイリスが苦悩したのかは皆が分かっていた。
そもそも、自分をアルと一緒にしてくれと頼んだのはソウなのだ。
それが、今の最善策だと。
勿論アイリスやユアンは反対した。
今のアルと二人にしたらソウに何があるか分からないからだ。
アルの様子がおかしくなってからただでさえ痩身だというのに、ソウは更に痩せていた。
そんな状態で、アルと二人に出来るはずも無かった。
しかし、ソウは譲らなかった。

「…俺一人と他のメンバーの安全、天秤にかけたらどちらが重いか二人なら分かるだろ。
俺なら、大丈夫だから」

困ったように笑ってそう言われてしまったら、断れなかった。
絶対に無理はしない事を条件に認めたものの、彼にとっての限界は常人のそれを遥かに超える。
彼は大丈夫だと言い張るが、少なくともソウの身体は限界を訴えているように見えた。
そんなある日、カイはすれ違ったソウの様子を見ると驚いて足を止めた。

「…ソウ、さん……?」
「……あぁ、カイ、か…」

彼の声を聞くのは久しぶりだ、と思う。
ソウはすぐにはカイが認識出来なかったようで一瞬言葉に詰まった。

「どうしたんですか?!その怪我…!」

ソウの口元には誰かに殴られたように血が滲んでいて、服の袖から除く彼の肌の至るところに紫色の痣が出来ていた。
それは彼の青白い肌の上ではっとする程鮮やかに咲いていた。
さらに随分前からかけなくなったはずの眼鏡も再びかけている。

「…アル、ですか……?」
「……違う。俺が、勝手に転んだだけだ」

恐る恐る尋ねたカイに、いつもの無表情でソウは答えるけれどそれが嘘であることは明らかだった。

「そんな…」
「…カイ。
俺にあまり話しかけない方が良い…流石にお前には何もしないと思うが……万が一って事もあるから」

言いかけた言葉を遮ってソウは言うと、一瞬だけふ、と笑みを浮かべてそのまま歩いて行く。
その背中に、カイは思わず声をかけた。

「“あまりしつこくつきまとわれる愛は、ときに面倒になる。 それでもありがたいとは思うがね”
そういう事ですか…?」

するとぴたりと足を止めたソウはゆっくりとカイを振り返り、シェイクスピアか、と呟いた。
ソウは一瞬だけ考える素振りを見せると、カイに言葉を返す。

「“What is hell?
I maintain that it is the suffering of being unable to love.”」

淀みなく言われたその言葉にカイはくしゃりと顔を歪めた。
そんなカイを困ったように笑って見ると、再び歩き出す。
その先はアルの部屋だと分かっていたけれど、カイにはどうする事も出来なかった。







「………」

アルの部屋に到着したソウは、その前で暫し入るのを躊躇った。
というよりは、身体が動かなかった。
嫌でも過去の記憶が蘇る。
度重なる暴力と、自らの存在を否定する言葉。
昔と違うのは、彼は自分を否定してはいないという事、そして彼は周りをも巻き込んでいるという事だった。
人の気配を感じたのだろう、中からアルが顔を出した。
部屋の前で硬直しているソウを見ると、彼はその顔に薄っすらと笑みを浮かべた。

「…どうした?ソウ。
そんなとこ突っ立ってないで入れよ」
「…あ、あぁ…」

知らず震える身体を何とか押さえ込む。
ゆっくりとした動きで中に入るけれど、そこで足が動かなくなってしまった。
怖い、と本能が告げる。
見慣れたはずの部屋なのに、そこがとても恐ろしく感じてソウは拳をキツく握りしめた。
一度染み込んだ恐怖というものは中々簡単には消えなくて、ここに来る前の出来事が、ここ数日の出来事が、次々にフラッシュバックする。

ひょっとすると、昔よりも今の状況の方が酷いのかもしれない、とソウはぼんやりと考えた。
昔は、自分一人が我慢すれば済む話だったのだから。
そして、自分に向けられている感情は分かりやすいくらいの憎しみであったから、割り切る事も出来た。

(…アルフレッド、お前は)

だけど、ソウには今のアルが何を考えているのか分からない。
自分を憎んでいるわけではない、という事は何となく分かるが、それがかえってソウを混乱させていた。

「…ソウ?」

俯いたまま動かないソウを不審に思ったアルが顔を覗き込むと、ソウの瞳は戸惑うように揺れた。
恐怖と困惑とが混ざり合った何とも言えない色をしている彼の瞳はアルを映しているようで、しかし別の何処かを見ているようでもあった。

(わからない、おまえが、おれに、なにをのぞんでいるのか)

無意識のうちにソウは拳を握る力を強くする。
ソウの身体が微かに震えている事に気づいたアルはふっと笑うと彼の顎に指を添えて、ゆっくりと顔を上げた。

「…ソウ、ごめんな」

突然の謝罪に、ソウは目を瞬いた。
そんな彼を見つめたまま、アルはソウがかけていた眼鏡を外す。
随分前にかけなくなったそれを再びかけるように言ったのは他ならぬアルだ。
彼が自分以外の誰かを直接見る事が、自分以外の誰かが彼を直接見る事が、アルは許せなかったから。

「昨日、殴って悪かったな」

優しい声音で言葉を続け、顎に添えていた手をソウの口元に這わせると血が滲んだそこをそっと撫でた。
びくっとソウの身体が跳ねたのは、そこに走った痛みのせいだろうか。それとも…

「……アル、フレッド…」
「お前を傷つけたいわけじゃないんだ、ソウ。
でも、お前は俺のなのに、周りの連中はどうやらそれが分からないらしい。
だから、考えたんだ。
どうしたらお前が俺のだって皆に分からせる事が出来るのか。
だけど、これ以上お前の身体に傷を増やしたくなくて、それに傷はいつか治ってしまうから、そうしたら何の意味もないから、だからずっとずっとずっと考えてたんだ」

光を無くして彷徨う銀色が、ソウを見る。
その瞳に、ソウは見覚えがあった。

(…あぁ、昔の俺と同じ目だ…)

ソウは、その瞳を鏡で見た事がある。
何故自分が拒絶されるのか分からなくて、そしてそれを受け入れられるほど大人でもなくて、ならば自分は何処にいればいいのだと、孤独に叫んでいた頃の自分の目とよく似ていた。

(…俺の、せいなんだろうか)

アルが変わってしまったのは、関係の無いメンバー達に怪我をさせてしまったのは。

(問うまでもないか…)

間違いなく、自分のせいだとソウは思う。
さっき見たカイの表情が頭を過る。
彼の大切な幼馴染を変えてしまったのは、彼にあんなにも心配そうな顔をさせてしまったのは。

(いつだって、俺のせいじゃないか…)

ならば、出会わない方が良かったのだろうか。
そうすれば、アルはアルのままでいられたのだろうか。
こんな目を、させずに済んだのだろうか。

「…何考えてるんだ、ソウ?」

耳元で囁かれた低い声に、ソウは我に返った。
いつの間にか壁際に追い詰められていたソウの目の前にはアルが立っていて、逃げ場は無い。
だんっと強く肩を壁に押しつけられる。
ソウはその痛みに思わず顔を歪めた。

「何、考えてた?」
「…それは、」

何と言ったら良いのだろうか。
何も、と言っても恐ろしく信じないであろうし、下手に誤魔化せば何をされるか分からない。

「答えろよ、ソウ」

ぎりっとソウの肩を掴む腕に力が入る。
また痕になるだろうか、とソウは他人事のように思った。
このままこの世界にいて、アルを苦しませるくらいならば、昔の自分と同じ目をさせるくらいならば。

「…俺は、帰るべきなんだろうか」

……元の、世界に。

うつむいて呟かれた言葉は、酷く痛切なものを孕んでいたけれど、次の瞬間髪を掴まれて強引に顔を上げさせられた。
先ほどよりも間近に見えるアルの顔は限りなく無表情でしかしアルが本気で怒っている事が伺えた。

「ア、ルフレッド……?」
「…それ、本気で言ってんのか?」
「な、に……」
「ふざけるな。
お前がここから居なくなるなんて、そんな事は許さない。
ソウ、何処にも行くなよ、いや、行かせねぇ。
なぁ、お前がここに居るにはどうしたら良い?
お前が帰らないようにする為にはどうしたら良い?
誰もお前に触らせない為にはどうしたら良い?
あぁ、そうだ、お前は俺のものだって、分からせれば良いんだよ。
他の奴らにも、お前自身にも。」

狂気を滲ませた笑みを浮かべて、アルは何かを取り出す。
キラリと光を反射したそれは、小さな針だった。

「アルフレッド、何を……」
「大丈夫だ、大して痛くない…多分な」

戸惑うソウを他所にアルは針を持ち直すと、素早くソウの左耳に突き刺した。
ぷつりと音がして一筋の血が流れ落ちる。
それをそっと指で拭うと、アルはそこに小さなシルバーピアスを嵌めた。
ソウの白い肌に、その銀色のピアスはよく映えた。

「……ピアス?」
「あぁ。
お前は俺のものだって証だ。
これならお前をこれ以上怪我させなくて済む」

そう言って安心したように笑ったアルは、先ほどまでの怒りが嘘のようにソウの肩を掴んでいた力を緩めて彼を抱きしめた。
まるで、どこにも行かせないと言うように。

「……ソウ、行くな、何処にも行くな。側にいろよ」
「…アルフレッド、俺は、ここに居る」

アルが何を怯えているのか、ソウにも薄々想像出来た。
彼は怖いのだ。
いつかまた自分が捨てられてしまう事が、大切な人に置いて行かれてしまう事が。
それは、ソウにも覚えのある恐怖だった。

(一人は、寂しいよな)

「…ここに、居るから」

そう言い聞かせるように言うと、アルは黙ってソウを強く抱きしめたのだった。




その後暫くしてアルから解放されたソウは自室へと向かう途中で耐えきれず壁に背を預けズルズルと座り込んでしまう。
忙しなく呼吸を繰り返すソウの顔は真っ青だった。
じわりと脇腹の傷口が開いて出血するのが分かる。
不味いな、と頭の片隅で考えながらも立ち上がる気力は無かった。
少し前からソウは怪我をしても医務室に行かなくなった。否、行けなくなったのだ。
アルが、それを良しとしなかったから。

多少の治療は自分で出来るとは言え、多忙な中で、ただでさえ自分を顧みないソウがきちんと手当てをするはずも無く。
酷使し続けた彼の身体は悲鳴を上げていた。
誰かに見つかる前に自室へ帰らなければ、となんとか立ち上がるも、途端に視界が白く染まっていく。
あ、倒れる、と思った時には既に遅い。
あっという間に意識を手放したソウはそのまま硬い床に倒れてしまった。

* * *

「……い、ソウ!」

誰かが、呼んでいる気がする。
ぼんやりと意識が浮上すると、ソウは薄っすらと目を開けた。
まだ焦点が定まらず揺らぐ視界の中で、その黒は認識出来た。

「…ゆあ、ん?」
「良かった、目ぇ覚めたか」

掠れた声で彼の名前を呼ぶと、ユアンはほっとしたように息を吐いた。
ようやく焦点が定まった目で見ると、どうやらここは医務室らしかった。

「…なん、で……」
「倒れたの、覚えてないのか?
そこら辺の通路にお前が倒れてたのをアッシュが見つけてな。
流石に不味いだろうって医務室に運んだらしいぞ」

ちょっと出張行って帰って来たらお前が気絶してるって言うから心配したぜ、と笑うユアンにソウは済まなさそうな目を向けた。

「…そうか、悪かった。
俺はどの位……」
「あ、ソウ起きたの!?良かったー!二日も起きないんだもん、心配したよ!」
「…アッシュ」

アッシュが来た途端、静かだった医務室が騒がしくなる。
ユアンも困ったように苦笑いしていたが、ソウはそれよりもアッシュの言葉に反応した。

「……二日?
そんなに俺は意識を失ってたのか?」
「そうだよー!
ソウ見るなりクロエも顔色変えてさー…」
「…そうか」
「うん……それよりも、ソウ、痩せたね」

一転して暗い表情になったアッシュは上半身を起こしたソウを悲しそうに見た。
点滴が刺さっている腕は、簡単に折れてしまいそうな程細いし、クロエが治療している間彼の身体に刻まれた無数の痣も見てしまった。
アッシュも、何が原因かは分かっているつもりだ。

(だけど……)

未だに信じられない。
自分にこそ冷たいアルだが、根幹は仲間思いの彼が、よりにもよってソウを傷つけるはずが無い、と思わずにはいられない。
その時アッシュはソウの耳元に何かが光るのを見た。

「あれ、ソウってピアスしてたっけ?」

はっとして耳元を抑えたソウにアッシュはもしかして、と思う。
ユアンの表情を見ると、彼も渋い顔をしていた。

「…アル、なの?」
「なんで、ピアスなんか…」
「……証、だそうだ」
「証…?」

ぼそりと呟いたソウの表情は前髪に隠れて伺えない。
次の瞬間ソウは乱暴に頭を掻くと忌々しげに吐き捨てた。

「…ったくあの馬鹿ふざけんなよ。勝手に人の耳に穴開けやがって」
「ソウ…じゃないな、イアルか」

急に乱暴になった言葉使いにユアンが顔を顰めた。
この豹変ぶりは何度見ても慣れないものだ。

「よく今まで黙ってたな、お前」

イアルがソウを何よりも大切にしている事は周知の事実である。
その彼が今までアルに何も言わなかった事に、このタイミングで出て来た事にユアンとアッシュは眉を寄せた。
しかしイアル自身非常に不本意な表情をしていた。

「…それが、ソウの願いだからな」
「……ソウの?」
「自分で何とかするって聞かなくてな。
第一、俺が出ても事態を悪化させるだけだろ」

ため息をついたイアルは痩せ細った自身の身体を見て眉間に皺を寄せる。
イアルが出ないのには他にも理由があった。

「それにな、似てるんだよ、今のあいつは」
「似てる?」
「昔の俺ら…特に俺にな。
俺自身散々ソウを傷つけてきた。ソウにやった事だけを考慮すれば、俺の方が酷かったかもしれねぇ。
だからな、俺からは偉そうな事言えねぇんだよ」

珍しく悲しそうに言ったイアルにユアンとアッシュが沈黙した時、カツカツと足音がしてブロンドの髪が現れた。

「あら、ソウ起きたのね」
「クロエ、今はイアルだよ」

何処か安堵したような表情を浮かべたクロエにそっとアッシュが耳うちすると、彼女は形の良い眉を上げた。

「…これ以上の怪我人はごめんよ、イアル」
「お前は人をなんだと思ってる。
別にアルフレッドをどうにかするつもりはねぇよ」
「あら、貴方の事だから彼をすぐにでも殴りに行くのかと思ったのだけれど?」
「そりゃあな、今すぐ半殺しにしたいくらい腹は立ってるが。
ソウが悲しむ事はしたくない」

何やら物騒な言葉が聞こえた気がしたが、それを気にするクロエではない。
そんな二人のやりとりを見ていたユアンが思い出したように言った。

「そうだ、傷はどんな具合だ?」
「まだ完治はしていないし放っておいた分悪化はしてるけど、大事に至ってはいないわ。
ただ、栄養失調と睡眠不足のせいで治りが遅くなってる」

淡々と告げるクロエの声を聞きながら、アッシュはふと疑問に思って聞いてみた。

「そういえば、昔イアル、ソウの大怪我すぐ治してたじゃん?
あれ出来ないの?」
「出来るか、馬鹿」

にべもなく返された返事にアッシュ達は不思議そうな顔をした。
そんな彼らに気づいたイアルはめんどくさそうな様子を隠そうともせずに口を開く。

「そんな毎回毎回出来るようなもんじゃねぇんだよ。
よっぽどの緊急事態じゃない限りやろうとも思わない。
あれは傷の治りこそ早いが反動で滅茶苦茶疲れるからな」

今のこの体調でやったら逆に容態が悪化する、と付け加えたイアルは少し疲れたように再びため息を吐いた。

「とにかく、今回の事はソウに任せるしか無い。
今のアルフレッドはソウの言葉しか聞かないだろうしな。
まぁ万が一って事があれば俺もまた出るつもりだが…そうならない事を祈ってるよ」

最後にそう言ってイアルは目を閉じた。
次に彼が目を開いた時、彼の纏う雰囲気は全く異なったものになっていた。

「……イアルか」

ソウは暫く何があったのか分からないような顔で周りを見回したが、状況を理解して独りごちると腕に刺さっている点滴を抜こうとした。

「ちょっと何してるの、ソウ!」
「…任務行かないと…」
「駄目よ、貴方は安静にしてなさい。
アイリスには私から言ってある。当分の間任務は無しだそうよ」

クロエからの通達に当たり前だな、とユアンとアッシュは頷くがソウは不服そうである。
しかしアイリスから任務は無しと言われてしまえばそれに従わざるを得ない。

「……アルフレッドは…?」

ソウは諦めたように点滴から手を放すと、先程から姿を現さない彼の名を呼んだ。
すぐに点滴の様子を確かめたクロエはソウに痛み止めだと言って小さな錠剤を渡す。
それを大人しく飲みながらソウは答えを促すようにアッシュを見た。

「アルならカイと一緒に少し遠出してるよ。
ちょうどソウが倒れたすぐ後にアイリスから言われてるから、気づいてないと思う」
「そうか…なら大丈夫だな……」

最近、アルは自分以外と任務につく事は無かったが、カイならば大丈夫だろう。
そう思うと気が抜けたのか、急激に眠気が襲ってくる。

「とにかく貴方は休みなさい。
今のままじゃ治るものも治らないわ。まずゆっくり眠る事ね」

クロエの声が遠く聞こえる。
その時ソウの感覚が何かがおかしいと告げた。
いくらユアンが居るとは言え、特定の相手の側で無いと眠れない自分の体質的にこの状況で眠気が襲ってくるはずが無い。
ふと、先程クロエに渡された錠剤を思い出した。

「……クロ、エ…何か……盛ったな……」
「こうでもしなきゃ、貴方休まないでしょう」

何か言い返そうと口を開いたが、それは言葉にならず再びソウの意識は沈んで行った……




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