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[28]朝と夜が遊園地に行ったようです
by 洸
2014/02/28 22:21
Attention
・真希がヤンデレ発動
・急いで書いたのでいつも以上にグダグダ。
・もはや何も言うまい。

*****


「あ、賢斗、メリーゴーランドあるよ!乗ろうよ!」
「君一人で行ってくればいい」

とある休日の遊園地で、子どものようにはしゃぐ真希とそれを冷めた目で見つめる賢斗。
休日ということもあって人の多い遊園地にいることは賢斗にとって苦痛でしかない。
いつもより真希への当たりが強いのは仕方のないことだろう。

「二十歳近い男が一人で乗るには少し厳しいものがあるよ賢斗…」
「二人で乗るには尚更厳しいと思うけどね、俺は」
「でも賢斗は来てから何も乗ってないじゃないか!」

そうなのだ。
隙あらば帰ろうとする賢斗をなんとか引き止めているものの、彼は何一つアトラクションに乗ろうとしない。
今まで真希一人で乗っていたけれど、これでは一緒に来ている意味がないではないか。

「ここに来る約束はしたけど、乗り物に乗る約束まではしてないからねぇ。
乗りたいなら乗ってくれば良い。
俺はここで見てるよ」

しゃあしゃあと言ってのける賢斗はどうやってもアトラクションに乗る気は無いようだった。
今日何度めかの諦めのため息を吐いた真希は渋々一人列へと向かった。



(全く…こんなのの何が楽しいんだか)

そばにあったベンチに腰掛け、賢斗はぼんやりと真希が乗っているであろうメリーゴーランドへと目を向ける。
乗っている人もそれを見ている人も行き交う人も、皆が皆笑顔でそれこそ真希にとっては天国のような場所なのかもしれないが、賢斗はこんな場所を作ること自体が時間の無駄だと思う。

(来るんじゃなかったな…)

ここに来る前のやり取りを思い出しながら、賢斗はそっとため息を吐いた。

* * *

そもそもの発端はいつものように賢斗の事務所を訪れた真希が持ってきた二枚のチケットだった。

「あのさ、賢斗」
「断る」
「まだ何も言ってないよ!?」

読んでいる本から目を上げようともせずに拒絶の言葉を吐いた賢斗にせめて話を聞いてよ、と訴えるも彼が読書を止める気配はない。
ちらりと見えた表紙から伺うに、どうやら心理学書らしい。
それ以上人心掌握上手くなってどうすんのさ、と思いつつ真希はめげずに賢斗に話しかける。

「あのね、この間遊園地のチケット二枚貰ったから一緒に行こうよ!」
「嫌だね」
「そう言うと思ったけど!」

いいじゃん行こうよー!とタダをこねる真希にちらりと目線を向けて、賢斗は呆れたようにため息を吐いて本を閉じる。
断られると分かっていて自分を誘ってくる真希の神経の図太さは、流石というべきか。

(行くと言うまで引かないんだろうねぇ……)

恐らくここで彼を言いくるめて帰したところで、また後日事務所にやってくるのだろう。
容易に想像出来るその光景に、賢斗は再びため息を吐きたくなる。

「………分かった、いいよ」
「え!?」

賢斗の投げやりな了承の言葉に、真希は勢いよく顔を上げた。
さっきまで暗い顔をしていたくせに、一転して顔を輝かせる真希のその切り替えの早さは何なのだろうか。
賢斗も人の事を言えた義理ではないけれど。

「本当に!?本当にいいの!?」
「そんなに念押しされるとやっぱり嫌だと言いたくなるけどね」
「それは駄目!!
でも賢斗、人嫌いだから絶対行かないって言うと思ったからさ」

自分が人間が嫌いなことを知ってるくせに誘った奴が何を言うかと思ったが、面倒なので黙っておく。

「最後に確認するけど、本当にいいんだよね?」
「今回だけという約束ならね」
「うーん…それはそれで惜しいけど…まぁいいや!
良いって言ってくれることなんて金輪際ないかもしれないし!」
「……まぁ、少し気になることもあるしねぇ」

ぽつりと小さな声で呟いた言葉は、真希には聞こえなかったようだ。


* * *

そういう経緯があって、今現在彼らは遊園地にいるのだが、先程真希が言ったように賢斗は一切乗り物に乗っていない。
待つのが面倒というのが理由の半分で、残りの半分はアトラクションで騒ぐ人々の声が耳障りだったからだ。

「本当に、真希が絡むと碌なことがない」

八つ当たりに近いことを思いながら、賢斗の視線はメリーゴーランドに向けられたままだ。
遊園地への誘いに乗るだなんて我ながら酔狂なことをした理由は、真希に関係しているから。

「……馬鹿馬鹿しい」

吐き捨てるようにそう言ったはずの言葉は、何故だか弱々しく聞こえた。

“僕は賢斗のそういうとこ、好きだけどね”

いつからか、いつもの彼の台詞が“嫌いじゃないけどね”から変わったことを賢斗は知っている。
恐らく真希も賢斗が気づくことを承知の上で変えたのだろう。

基本的に人付き合いの良い真希だが、滅多に“好き”だとか、そういった言葉を他人に使うことはまずない。
誰にでも心を開いているようでその実、本当に気を許した相手でないと自分の内面には踏み込ませないようなタイプの人間であることを、賢斗は知っている。

そんな彼が、わざわざ“好きだ”なんて言葉を使う意味は。

(……一つしか無いじゃないか)

結論に至るのは早かった。
元々他人の感情を察知するのに長けている賢斗が、真希の想いを知るのにそう時間はかからなかった。
いつもならば、好意を寄せられたとしても下らないと、気持ち悪いと、そう一蹴出来てしまうのに。今までだってそうしてきたのに。

「何で、君には出来ないんだろうね」

今まで何度もやってきたことなのに、彼には「気持ち悪いから二度と現れるな」と言うことが出来ない。
それどころか、いつも通りの顔をして彼が近くにいることを許してしまっている。
何故そんなことを許しているのか、薄々理解はしていたけれど、まだ決定的なものではない。

だからこそ、確かめたかった。
確かめなければいけないと思った。

(こんな人間だらけの所に君と一緒に来て、少しでも楽しいと思ったらどうしようかと思ったんだけどねぇ)

どうやら杞憂だったようだ、と心の中で呟く。
結論から言えば、一ミリも楽しくない。
当たり前と言えば当たり前か、と
肩を竦めた賢斗は近くに人の気配
を感じて顔を上げた。

「何か、御用かな?」

見上げた先に、大学生だろうか、一人の女性が恐る恐るといった様子で立っているのを見て賢斗は薄っぺらい笑顔を貼り付けた。

「あ、あの、さっきから一人で居たからもしかして退屈なのかなって…だから良かったら、私と一緒に回りませんか?
私も友達とはぐれちゃって…」

(冗談は、存在だけにしてくれよ)

顔を赤く染め、恥ずかしそうにこちらを伺う女性に対して賢斗が抱いた感想は、それだけだった。
断るのは簡単だったが、恐らく彼女は粘ってくるだろう。
大人しそうに見えるが実際声をかけてくる辺り、それなりに自分の容姿に自信があるということだ。
生憎、賢斗は他人の容姿に微塵も興味は無かったが。

この手の人間からの誘いから逃げるには、ただ断るだけでは駄目だということを経験上知っている。
心を折った方が断然早いし、簡単だ。

(とは言え、さすがに人目が多い)

大観衆の前で彼女の心を砕くのに躊躇いはないけれど、面倒は御免だ。
変に騒がれても困る。

(となると……)

人気の無い方に行った方がいいか、と考えた賢斗が気紛れにメリーゴーランドの方を見ると、丁度こちら側に回って来た真希と目が合った。
何か言いたそうな真希からすっと目を逸らして、賢斗は彼女に向き直る。

「少し、場所を変えようか」
「は、はい…!」

賢斗が了承したと勘違いしたのだろうか、ワントーン高くなった彼女の声に賢斗は気づかれない程度に不快そうにそっと眉を寄せ、ベンチから立ち上がると歩き出す。
真希からの、痛いほどの視線を感じながら。



メリーゴーランドから少し離れた所に、人気のない狭い通路を発見した賢斗はそこで足を止める。
振り返ると、相変わらず顔を赤くしたままの女性が一人。

「あの、私、」
「必要ないよ」
「え?」
「あぁ言い方が悪かったかな。
君の名前、というか君に興味が無い。だから名乗る必要はないって事さ」

名乗ろうとした彼女を遮った賢斗の声は、決して強いものではないけれど酷く冷めたものだった。

「何か勘違いしているようだから言っておくけど、俺は君と一緒に過ごすつもりはこれっぽっちもないんだ」
「で、でも、」
「ねぇ、大人しそうなフリするのいい加減やめたらどうだい?
本当は友達となんて来てないんだろう?」

賢斗が冷笑と共にそう言うと、その迫力に押されたのか彼女はみるみる内に青ざめる。

「悪いけど、俺は人間が嫌いでね。
それに君、大人しそうなフリをしてその実付き合う相手を選別して自分より格下だと認識したら徹底的に見下すタイプだろう?
あぁ、反吐が出る」

内実かなり失礼なことを言っているのだが、賢斗の冷ややかな声と人間味のない笑顔に彼女は怯えたように後退った。
こんなものかな、と思った賢斗は僅かに残っているであろう彼女の自尊心を徹底的に破壊する為に最後の一言を告げる。

「あぁ後、俺、連れがいるんだよねぇ」
「賢斗!!!」

にっこりと賢斗が笑顔で告げたと同時に息を切らせた真希が現れる。
走ってきたのだろう彼はとりあえず呼吸を落ち着けると、賢斗も初めて見るであろう眼光の鋭さで女性を睨みつけた。

「……さっさと消えて」
「ひっ…!」

真希のいつになく低い声に、彼女は短く悲鳴を上げると逃げるように立ち去った。
彼女の背を罪悪感の欠片も感じずに見送りながら真希の唯ならぬ様子に、賢斗は眉を上げた。

「何を怒ってるのかな君は」
「賢斗、何でこんな人気の無いとこ来たの?」

賢斗の問いに答えず、逆に質問してくる真希の表情は逆光で良く見えない。
賢斗の側に歩み寄ると、彼は強い力で肩を掴んだ。
その痛みに少し顔をしかめながら、基本的に人当たりの良い彼の怒った様子を見るのは初めてかもしれないな、とどうでも良いことを思った。

「君には関係のない事だよ」

そもそも君と俺の間には何の関係もないのだから。

そう言った賢斗に、真希の中の何かがぷつりと切れた。
嫉妬と、苛立ちと、もどかしさと。
それらが全て混ざり合って、気がつけば真希は賢斗を壁に押し付けてその口を塞いでいた。

完全に予想外だったであろう賢斗が、驚きに目を見開くのが見えた。
初めて見るその表情に少しだけ真希の気が晴れる。

「な、に、して…」
「賢斗は狡いね」

珍しく視線が泳ぐ賢斗に、真希は口元を歪めて真希は彼の首元に顔を埋める。

「僕の気持ち分かってるくせに、わざわざ女の人について行って、僕には関係ないだなんて言うんだから。
賢斗が僕の気持ちに気がつかないはずないのに」
「真「黙って」

何か反論しようとした賢斗を遮って、真希はその白い首筋に噛み付いた。

「いっ……真、希…!?」
「賢斗、好きなんだよ、君の事が。
君が人間を憎んでるのは知ってる。それでも構わない」

でもね、と続けながら滲んだ赤い血を舐めると、賢斗の身体が小さく跳ねたのが分かった。

「君の隣に僕以外の人間がいるのは許せない」
「それは…っ、君が決めることじゃないだろ…っ」
「そうだね。
でも、それなら僕を選ぶしかなくなれば良いんだよ」

じっと自分を見つめてくる真希の瞳に、自分とは違う暗い炎が揺れているのを賢斗は見た。

(このままだと、不味い)

その炎を見た賢斗は、本能的にそう悟った。
今の真希は、何を仕出かすか分からない。
体格は向こうの方が良いし、純粋な力勝負になってしまったら賢斗に勝ち目はない。

「賢斗、」
「良い、加減に、しろっ…!」

なんとか片腕を自由にした賢斗は、間髪入れずに仕込んでいた小型ナイフを取り出して真希の顔を狙う。
咄嗟に避けた真希の頬をナイフが掠める。
真希が顔を背けたその隙を見逃さず、賢斗は彼の拘束から抜け出した。

「次、同じことをしたら殺すよ」

鋭く真希を睨みつけてそう吐き捨てると、賢斗は真希を残してその場から立ち去った。


「……可愛いなぁ本当」

賢斗の後ろ姿を見送った真希は、先ほどナイフが掠めた箇所をそっと撫でた。
手に視線を落とすと、案の定血が着いている。
その血をぺろりと舐めると、真希は愛おしそうに目を細めた。

「賢斗、僕はね、君になら殺されてもいいと思うんだ」

だって、君につけられたこの小さな傷ですら、こんなにも愛おしい。

「もっと僕の事を考えればいい。
悩めばいい。
他人のことなんか、見る余裕もないくらいに。
僕の事だけ考えて、僕の事だけ側におけばいい。
ねぇ、賢斗?」


くすくすと小さく零した真希の笑い声は、遊園地のざわめきに紛れて誰に届くこともなく消えた。



「最っ悪だ…!」

遊園地から出た賢斗は、先ほどの出来事を思い出して顔を顰めた。
吐き出した声は、心なしか少し弱々しい。

(馬鹿じゃないのか…!)

同じ言葉がぐるぐると回って、思い通りに働いてくれない自分の思考に苛立つ。
噛みつかれた首筋がじんじんと痛んだ。

先ほど唇に触れた温度を思い出して熱くなる顔には、気がつかないフリをした。
ナイフと言葉で脅すだけという賢斗には考えられない手ぬるさでその場を去った理由は、分からないフリをした。

気がついてはいけないと思った。
分かってはいけないと思った。
それはきっと、終夜賢斗という人物の根本を変えてしまうものだから。

遊園地に来た時は何も感じなかった心臓が、今は痛い程に脈打っている。
それにすら気がつかないフリをして、賢斗は赤くなった顔を隠すように歩き続けた。





その数日後、賢斗の事務所にはいつも通りの顔をした二人が居たが、お互いに何を思っていたのかは本人以外、知る者はいない。


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