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[26]朝夜ディセイブ
by 霜月洸
2013/08/16 19:08
!あてんしょん!
・中学卒業後三年後くらいのお話
・例の如く賢斗さんキャラ崩壊
・いつも以上に低クオリティ
・タイトルの通り朝夜
・ボカロの夜/咄/デ/ィ/セ/イブが元ネタなので苦手は人はバック推奨
・でも曲の原型とどめてない
それでもおkな方はどうぞ!

* * *

「嘘をつくのは得意なんだ。
でも本音は少し苦手でさ」

そこまで言うと賢斗はくすり、と小さく笑いを零した。
それは本当に小さな笑いだったけれど真希の耳にははっきりと聞こえた。
表情の変化は、あまり分からなかったけれど。

「可笑しいね、いつだって本当の咄が一番嘘くさいんだよ」


ーー朝夜ディセイブーー


それは中学を卒業してから数年経ったある日の夜のこと。
真希は1人、街の中を歩いていた。
通りでは夜になって灯された明かりが乱反射している。
時間的にも大分遅いので人の気配も疎らだ。

中学を卒業してから真希は高校へと進学した。
高校生活もそろそろ最後の年に差し掛かり、大学受験のため親に半ば強制的に通わされている塾の帰り道だった。
あの頃より幾分身長も伸び、顔つきも少し大人びたものの中身は全く変わっていなかった。
相変わらず真希は人の笑顔というものを愛し続けている。
高校に進学してからも数えきれない程沢山の笑顔を見てきたが、それでも真希には忘れられない笑顔がある。

(賢斗、どうしてるのかぁ)

終夜賢斗。
何の因果か結局三年間同じクラスだった友人(賢斗は最後まで否定し続けたが)のことをぼんやりと思い出す。
卒業後、賢斗は突然ふらりと真希の前から消えた。
何も告げずに消えた賢斗の行方を、暫くの間真希は探したが彼は最後まで真希に自分の連絡先を教えることは無かったし、学校の誰も知らなかった。
何の痕跡も残さずに消えた賢斗を探すのは不可能だった。

“君が夜で、僕は朝。
朝と夜はどうやっても切り離せないんだからさ!”

ふと過去の自分の声が蘇る。
その時は本気でそう信じていた。
賢斗の性格を理解していたにも関わらず、真希に何も告げずにいなくなるとは思わなかったのだ。
はぁ、とため息を吐いた真希の横を1人の青年が通り過ぎる。

やや長めの黒髪。
黒いパーカーに、黒いズボン。
夜に溶け込もうとするかのように全身黒尽くめだが、肌の色は驚くほどに白い。
何気なく彼の顔をちらりと見やった真希は、見覚えのあるその横顔にはっとして彼の腕を掴んだ。
突然の事に怪訝な顔をした青年は真希の方を振り返り、真希を見ると驚いたようにじっと真希の顔を見つめた。
暫くはそのままお互い口を開かなかったが、やがて沈黙に耐えきれなくなった真希は恐る恐る目の前の青年の名前を呼んだ。

「賢斗、だよね……?」

途端に嫌そうな顔をした彼の表情を見て、真希は確信する。
賢斗は掴まれたままの腕を見下ろして、次に真希の顔を見て、真希に離す気がないことを悟ると諦めたようにため息を吐いた。

「まさかもう一度君に会うことになるとはね、朝日屋真希」

それは約三年振りの再会だった。

* * *

「いつこっちに戻ってたのさ?」
「それを君に教えなきゃいけない理由があるのかい?」

質問に返された質問に、真希はうっと言葉に詰まる。
そうだった、彼はこういう人だった。

「相変わらずだねぇ、賢斗は。
相変わらず細いし、ちゃんと食べてるの?」
「君に俺の健康について心配される覚えはないよ」

全く、ああ言えばこう言うんだから、と苦笑を零した。
あれから渋る賢斗を無理矢理引きずって、近くの空き地に移動した。
公園とも広場とも言えない微妙な空間のそこの壁には、一面にグラフィティが描かれている。
賢斗はその壁に寄りかかるように立ち、真希は完全に地面に座り込んでいた。

「何も言わないでいきなりいなくなっちゃうし。何処の高校かとかすら教えてくれなかったし」
「俺が、態々人間が大勢いる場所に行くと思うのかい?」
「……ありえないね。
じゃあ高校行ってないの?
まぁ義務教育は終わったからいいのかな」

賢斗に言わせれば学校というものに通ったのは中学三年間のみなのだが、それを真希に言っても仕方のないことだった。
何故今この街に居るのかといえば、それは静貴の命日が近く、つい先ほど墓参りを済ませたからだが、それを言うつもりは毛頭なかった。
口内に残った煙草の味が不愉快で、賢斗は小さく眉を寄せた。

「僕はまぁ普通に高校通ってるわけだけど、賢斗はどうしてた?」

聞いておきながら真希は、答えが返ってくるとは思っていなかった。
だからこそ、次の賢斗の言葉は予想外だった。

「そうだねぇ、ちょっと話そうか」
「え?」

驚いて賢斗の横顔を見た真希は、その表情に僅かな疲労を見つけた。
中学時代も、真希は賢斗のこの表情を何度か見たことがある。
真希が知るはずもないのが、その日は決まって静貴の命日だった。
静貴の墓参りは賢斗に想像以上の精神的疲労を与えていたらしい。

「嘘をつくのは得意なんだ。
でも本音は少し苦手でさ」

少し様子のおかしい賢斗に、一瞬真希は気遣う言葉をかけるべきか迷った。
しかしそんな事をすれば賢斗は口を閉ざしてしまうだろうと思ったので結局黙って賢斗の言葉を待つ。

「馬鹿な自傷症性なんだけど、もうなんか収まらないからさ。
ネタ話だって体で一つどう?」

赤い左目はカラコンで隠しているのだろう、左右の黒い瞳によく見なければ分からない程度に疲労と自嘲の色を隠して賢斗は真希を見下ろした。

「可笑しいね、いつだって本当の咄が一番嘘くさいんだよ」

真希の返答を待たずにどこか吐き捨てる様に賢斗は言った。
そんな賢斗に、真希は内心不安になる。
今も昔も、真希にとって賢斗は特別で大切な存在だ。
真希の前では絶対に笑わないと言っていたが、それでも賢斗にはいつでも笑っていて欲しいと思う。
そんな真希の想いに気づいているのかいないのか、いやきっと賢斗の事だから気づいてはいるのだろうが、特に気に留めた様子も無く話し出した。

「じゃあ、ちょっと喋ろうか。
俺の非凡でいて、妙な所。
まぁ君も知ってるだろうし今更平凡を装うつもりもないけどね」

相変わらず、賢斗の言葉は分かりにくかった。
多分、態とそんな言い回しをしているのだろうけど。

「八年は経つかな、ある日怪物の声がして俺の心臓を呑み込んだんだ。“人を憎み続けろ”ってさ」
「えっ」
「それ以来俺は復讐者で、憎まない人間なんていなくなって、だけど怪物になることは無かった。
俺は人間として致命傷を負いながらも、化け物になることは叶わなかった」

ま、この目のおかげで化け物扱いされるのは珍しくないけどね、と付け加えた賢斗は真希に視線を落として呆れた声を出した。

「なんて顔してるんだい、真希」
「え、だって賢斗が怪物とか、心臓を呑み込んだとか言うから…!」
「ネタ話だって体、って言ったじゃないか。
法螺話だよ」

言いながら賢斗はあながち嘘でもないけれど、と心の中で呟いた。
静貴が目の前で死んだあの時、今まで無意識の内に押さえ込んでいた人間への激しい憎悪が賢斗を包み込んだ。
あの時感じた憎悪は怪物と言っても良かった。
そして、その憎悪を受け入れた時から賢斗はずっと復讐者だ。

「な、なんか色々上手く誤魔化された気がするけどまぁいいや。
じゃあさ、賢斗の中での人間の定義って何なのさ?」

真希は黒いカラーコンタクトの裏に隠された賢斗の左目の色を知っている。
彼の血の様に赤い左目を、真希は美しいと思うが多くの人は気味が悪いと言う。
中学時代に左目を露わにした賢斗を前に同級生が「化け物!」と怯えていた場面に居合わせたこともある。
その度に賢斗は自分は人間なのだと言い続けてきた。
その言葉が、「同じ人間として見てもらいたい」だなんてそんな可愛らしい理由ではないことくらい分かっている。
自身が言っているように賢斗は人間を憎んでいるし、人間だと主張する賢斗はいつも忌々しそうだったから。
以前、何故態々人間であると言い続けるのか聞いたところ、「俺の定義に当てはめると俺が人間なだけだよ、気に入らないことにね」と返されただけだった。
それからずっと真希はその定義が気になっていたのだ。
真希の問いに賢斗は暫く黙り込むと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「そんなに大層なものじゃないさ。
まず、人語を理解し、喋ること」
「まぁ、そうだろうね」
「それから誰かを憎めること。
そして……」

そこで一旦言葉を切った賢斗は一つため息を吐いて先を続けた。

「誰かを愛せること」
「……意外だな、賢斗がそんな事言うなんて」
「そうかい?
でも愛情というものは人間だから持っているものだよ。
動物は本能で行動する。番いを見つけてもそれは子孫を残さないと絶滅してしまう、という本能による行動だ。
しかし人間は違う。人間は感情で行動する。それが普遍的であろうとなかろうと、ね」

賢斗特有の持論を聞きながら、真希はあることに気がついた。
賢斗は自分を人間だと言っている、それはつまり。

「じゃあ賢斗も誰かを愛せるの?」

ぴたり、と賢斗の動きが止まった。
賢斗はなんとも言えない不思議な表情で真希を見つめ、真希も賢斗を見つめ返す。

「……そうだね」

長い沈黙の末、返ってきた答えは短いものだった。
その答えを聞いた途端、真希の心に言い知れぬ不安が広がった。
人間全てを憎んでいると言う賢斗も、誰かを愛せるのだとしたら。
いつか、賢斗に愛する誰かが出来るのかもしれない。

(……それは、嫌だな)

賢斗が居なくなってからの三年程の間に、真希は悟っていた。
どうやら自分は終夜賢斗という人物に惚れ込んでいるようだ、と。
意外なことに、その事実にはあまり動揺しなかった。
ただ気がついた時には隣に彼が居なかった事が寂しかった。

「……何、間抜けな顔してるのさ」
「いや、賢斗に好きな人が出来たら嫌だなーって」

馬鹿な事を言わないでくれるかな。
その一言が咄嗟に出なかった。
自分の中では静貴が唯一の例外で、彼には家族愛に近いものを感じていたのは認めている。
だからこそ自分は人間であると判断しているだけで、今更誰か別の人間をどんな形であれ好きになるだなんてそんな馬鹿なことがあるわけがない。
……あっては、いけない。
なのにまさか、目の前のこの男にこんなにも心が揺れているだなんて。
この街を離れる時、徹底的に真希を避けたのは会ってしまったら自分の何かが壊れてしまいそうな予感がしたからだなんて。

あぁ、なんて汚い。
なんて醜態だ。

「……馬鹿なことを」

その時はそう言って誤魔化すのが精一杯だった。

(なんて言ったってこの本心は不気味じゃないか)

自分らしくない。
そう思って賢斗は真希から視線を外した。

「冗談は、存在だけにしてくれよ真希」
「酷っ!?まぁ僕は賢斗のそういうとこ、好きだけどね」
「……そう、俺は君が嫌いだよ」

懐かしいやりとりをしながら彼は自分を偽って嘘を重ねて、内心で賢斗は自からを嘲笑った。


「それで、今は何してるの?」
「復讐してるさ、今も変わらずに。
ただそっちを本業にしただけだよ」

相変わらず物騒な事をやっているなと真希は笑った。
賢斗の話によると、現在は他人から復讐の依頼を受け、それを代わりに行っているらしい。
随分と悪どい商売だ。最も賢斗は金に興味などないのだろうけど。

「それはまた…裏の世界に入ったものだね」
「どちみち俺には戸籍がないからねぇ。まともに生きようとしても無理な話さ。
それに毎日他人の恨みを聞くのも中々面白い」
「さすが、歪みないね」

笑いながら言う真希を見下ろしていた賢斗は視線を正面に戻した。
復讐屋を始めてから他人の恨みを散々聞いて、そうしてそれらを晴らしてくるうちに気づいたことがあった。

「まぁ僕はそれで賢斗が笑ってくれるならそれでいいんだけど。
依頼する人っていうのは似たような人が多いの?」
「内容は似たり寄ったりだけど、依頼人にも色々いてね。
夜が嫌いそうな少女や、泣きそうな、嘘が嫌いな青少年もいた。
彼らに共通して言えるのは“相手に自分の手を汚さず復讐する”っていうちゃちな理想がインプットしてることさ」

ゆらり、と賢斗の瞳の奥で暗い炎が揺れる。
本当に同い年なのかと疑いたくなるような目を賢斗はしていた。

「だけどねぇ、俺は気がついた。
単純に理想が叶ったとしても一人ぼっちじゃこの世は生きていけない」
「それも嘘?」
「いやいや本心だよ」

本気なのかどうかよく分からない表情と口調の賢斗から真意を読み取る事は出来なかった。

「誰とも関わりを持たずに一人で生きるなんてそんな事は不可能だ。
望もうが望むまいが、人間は他人と関わらずに生きていけない。
孤独になった人間は死ぬ。
それは必ずしも物理的なものとは限らない。
決して友人が少ないわけではなかったのに自殺する人間なんて珍しくないさ。
精神的に孤独であっても人は死ぬ」

正面を向いたまま、賢斗は滔々と語る。
返答を期待していないのは分かっていたし、賢斗の持論を聞くのは好きだったので真希は何も言わずに賢斗の演説を聞いていた。

「勿論精神的に孤独でも、誰にも理解されないと感じていても生きている場合はある。
何故生きているか。目的があるからだよ。そしてその目的を達成する為には絶対に他者と関わらなければいけない。それが本人にとって友人であろうが駒であろうが関係ないさ。何をするにしたって人は人と関わることは避けられない。
理解者や目的を無くした人間は生きていけないんだよ。
俺だって例外じゃない。
俺は人間が大嫌いで、だからこそ復讐屋なんてことをしているがこの仕事だって人間と関わらなければ始まらないからねぇ」

だからこそ、一人ぼっちじゃこの世は生きていけないのだ、と賢斗は言った。
その言葉だけ聞くと賢斗らしくないが、考え方は実に彼らしかった。
きっと彼は誰よりも孤独である事を選ぶだろう。
誰にも理解されようとせず、ただ目的の為だけに生きるのだろう。

「……僕は賢斗を一人になんかさせないからね」
「は?」
「他の誰もが賢斗を化け物だって言って、賢斗を理解しようとしなくたって、例え賢斗が目的を無くしたって、僕は絶対に賢斗から離れないし一人にしないよ」

真希の言葉に、賢斗は嫌そうに眉を寄せた。
普通喜ぶところなんだけどなぁ、と真希は笑う。
それが終夜賢斗という人間だと理解している。

「嬉しくない、というより寧ろ迷惑だからやめてくれるかな」
「つれないなぁ。
少しくらい喜んでくれてもいいじゃないか」

真希の不満気な声に賢斗はため息を吐きながら片手で口元を覆うと、顔が熱いのが分かった。
あり得ない、あってはいけない、認めてはいけない。
崩れそうな脳が“NO”で満ち満ちていく。

「賢斗がどれだけ嘘つきでも、どれだけ身勝手でも、僕は絶対に君を孤独になんかさせない」

何を馬鹿な、と思った。
その一方で、彼には自分の嘘も我儘も本音も聞いて欲しいだなんて頭の片隅で考えている自分に吐き気がした。
認めてはいけないのだ、この感情は、この感情だけは。

(……静貴、君に会わせたかったよ)

この朝日屋真希という青年を。
先ほど会いに行った、今はもういないたった一人の家族を思い出しながら賢斗は考える。
今はもう後戻り出来ない場所に賢斗はいるけれど、もう少し早く彼と出会っていたならば、自分は何か変わっていただろうか。
静貴が死ぬ前に出会っていたら、或いは。

「……寂しいね」

ぽつり、と小さく呟いた。
ありもしない未来を想像する事が、あったかもしれない未来を想像する事が、こんなにも寂しいとは。
どうやら自分は思っていた以上にメンタルが弱っているらしい。

「ん?何か言った?」
「……本当に、嫌になる」
「賢斗?」

寂しい、だなんて口にした自分は何も変わっていないのだ。
どんなに人間を憎もうが、化け物と罵られようが、化け物になることは出来なくて。
結局自分もただの人間にすぎないのだ。

(……笑えるくらい、呆れるよ)

人間全てを憎むと決めた。
憎まずにはいられなかった。
それはきっとこの先も変わらないし後悔もしていない。
だけど、たった一人の人間に酷く心が乱される。

「賢斗?どうかした?」
「……君のせいだ」
「えっ!?」

君が、俺の左目を綺麗だなんて言うから。
俺を一人にしないだなんて言うから。
……そんなに、大切そうな目で見るから。
出来ることならば彼を憎みたくないと思う自分がいるし、そんな自分に苛々する。

(……全く…傑作だよ)

様子がおかしい賢斗を心配して立ち上がった真希を横目に賢斗は突然左目のコンタクトを外すと足で踏みつけた。
パリ、とコンタクトの割れる音がして、赤い左目が露わになる。

「け、賢斗!?本当にどうしたの!?」
「……だ」
「え?」
「あぁもう嫌いだ!
ねぇ、聴かせてよ。
呆れちゃうような俺なんてもう救えないかい?」

左右で色の違う瞳を真希に向けてそう訊いた賢斗を、真希は思わず抱きしめた。
真希の方が背が高いし、体格も良い為賢斗の身体はすっぽりと真希に包まれる。
賢斗は、酷く疲れ切った目をしていた。
瞳に浮かぶ自己嫌悪を隠そうともしない賢斗が、無性に悲しかった。

「真希…?」
「問題ないよ。
君がそう望むなら、君が笑ってくれるなら」

僕は君を救ってみせる。
だから、そんなに悲しい目をしないで。
例え僕の前では笑わなくても、君にはあの頃みたいに笑って欲しい。

「君は、変わらないねぇ……」

いや君も、か。
そう言った賢斗は真希を突き放そうとはしなかった。
その行動に、期待したくなる。


(……あぁ失敗した)

いくらこのところ依頼が立て込んで、おまけに静貴の墓参りもして、身心共に弱っていたとはいえ真希の前でこんな弱さを見せるとは。
それでも、彼の腕の中は何だかとても安心した。
そのまま暫く真希に抱きしめられたままで居たが、少しずつ崩れていた思考が落ち着いてくるのと同時に普段の自分が戻ってくるのを感じた。
普段、気味が悪いと言われる自分に、段々と弱気な自分が溺れていく。

「……いつまでそうしてるのさ」
「あ、ごめん…」

真希の腕から解放された賢斗は一つ息を吐いてゆっくりと目を閉じる。
そしてもう一度目を開いた時はいつもの終夜賢斗がそこにいた。

「……ちょっと喋りすぎちゃったみたいだね」
「賢斗、」
「まぁ、ただの法螺話だからさ」

先ほどまで瞳に浮かんでいた疲労の色が嘘みたいに消え去った賢斗に、何処から何処までが本気だったのだろうと考えながら真希は安心して笑顔を浮かべた。

(やっぱり、賢斗はこうでなくちゃね)

賢斗は嘘が上手い。
嘘を事実のように話すことも、
事実を嘘のように話すことも、
彼は簡単にやってのけてしまう。
けれど最後に見せた弱さだけは間違いなく本物だと思った。

「それじゃあ俺はこの辺で」
「え、もう行っちゃうの?」
「これ以上君に付き合う理由が見当たらないからねぇ」

肩を竦めてみせた賢斗は真希に背を向けて歩き出した。
このままでは、また賢斗は真希の前から消えてしまう。
少し焦った。
追いかけようと真希が一歩踏み出した時、賢斗は一度足を止めて真希の方を振り返った。
黒と赤の瞳が、真希を映す。

「……次に会った時は、もっと不思議な咄をするよ」

その言葉を真希が反芻している間に賢斗は夜の闇に溶け込むようにして消えてしまった。
やがて今の言葉に隠された意味を知ると真希は破顔した。

「それって、また会うつもりだって事だよね」

前回別れた時、賢斗は何も教えてはくれなかったし、今回も何処に行くのかは教えてくれなかった。
しかし何もヒントをくれなかったわけではない。
今では復讐屋をしていること、裏の世界に生きていること。
その二つが分かっただけでも大きな進歩だ。

「必ず会いに行くよ、賢斗」

だって、君は夜で僕は朝。
朝と夜は決して切り離せないのだから。




真希が高校を卒業した後に見事賢斗を探し出して再び再会を果たしたのはまた別の話。



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