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荒れ果てたこの景色は、もう見慣れてしまったものだった。
緑などまったくないこの地帯にあるのは、でこぼことした穴や、大きな焦げ痕ぐらい。
私はそんな荒野で一人、胡坐を掻いて座っていた。ライフルを抱きながら、天高く昇っている太陽の光が私に直撃している。影もなにもない場所だからか、無抵抗に肌がじりじりと焼かれた。


「あっつ」


一応これでも日差し対策はしているつもりだ。深く帽子を被り、首もマフラー(のような布)でぐるぐる巻いていたし、長袖、長ズボン、手袋だってしている。
何も日焼けが怖いわけじゃない。肌が焼け焦げることが怖いのだ。それに、そう簡単に姿を晒すわけにもいかない。
この仕事だと特に。


「天気は今日も快晴。しかしターゲットは現れず」


たった一人しかいないこの荒野でポツリと呟く。
重苦しいため息を吐き出しながら、私は重い腰を上げた。これ以上ここにいても日差しにやられるだけだ。
荷物を背負い、自分の相棒であるライフルを担ぐ。そして依頼主である人物に連絡のメールを入れようと携帯を手に取った。そこで着信履歴が数件入っていることに気が付く。


「…ジェイク?」


それはよく知っている男からのもので、私は首を傾げた。
いつもならこんな着信履歴を残さず、一件だけ留守電を入れて終わるだけの相手だと知っているからだ。かつ、あの男はなかなか自分から連絡を寄越さない。ほとんどメールで終わる。
珍しいものに画面をじっと睨んでいると、再び着信があった。ジェイクからだ。
…とりあえず出ておこう。


「ハロー?」
『やっと出やがったなこの寝坊女』
「そのネタいつまで引きずる気? 子供の頃の話でしょ」


開口一番減らず口を叩く電話の相手に、思わずため息をついた。
確かに私は時間にルーズだ。自慢じゃないが約束の時間を守ったことはない。仕事はきっちりこなすけど。
それは子供の頃の寝坊癖が影響しているようで、幼い頃から知り合いだったジェイクには昔から"寝坊女"と不名誉な呼び方をされている。いつも時間を守らなかった子供の頃とは違って、今はちゃんと時と場合を考えてるのに…


『電話くらい一回ででやがれ』
「無茶言わないでよ。仕事中だったの」
『…また無茶してんじゃねえだろうな』
「またって何よ。お互い様でしょ」
『怪我は』
「してない。…ジェイク、どうしたの突然。いつもなら留守電にいれてくれるじゃない」


電話越しの声に気を使いながら、私は辺りを見回して安全なポイントを目指す。
待機していた場所から随分と離れたが、まだ安全な場所とはいえない。それでも通話をしながらこんなところを歩いているのはこの仕事初めてやっと慣れてきたからか、それとも驕りか。


『…お前、親父さんの手術費…いくらかかるって言ってた』
「父さんの? 3000万ドルだけど…それがどうかした?」
『結局、払えるのか?』
「何よ、前にも話したでしょ。なんとかなるって。今の仕事を終わらせて、もう一つ高額で取引すればすぐ…」
『貯金、ほとんどないんだろ』
「…私はいいの。父さんがちゃんとした病院で治療できるならそれで」


恐らく彼は心配してくれているのだろう。
昔から私には父親が、ジェイクに母親がいて、似たような待遇だった私たちは家族のような付き合いをしていた。
貧乏だったけどお互いに助け合って、私は少しだけ父とジェイクのお母さんが再婚して、ジェイクと本当の家族になれればいいなって思ってたけど、私の父もジェイクのお母さんもそれぞれ別れた恋人をずっと想っていたからそれは叶わなかった。
それでも、私たちは家族のように仲良く暮らしていた。ジェイクのお母さんが病死して、父さんが動けなくなってしまうまでは。


「心配しないでジェイク。まだあなたみたいに上手く出来ないけど、それなりに私だって成長して仕事をこなしてるんだから」
『…泣きながら訓練してた奴がよく言うぜ』
「成長したって言ったでしょ。私だって―――」


銃声がしたのと、すぐ隣にあった地面が黒く焦げたのは同時だった。
私はハッと息を呑み、すぐ近くにある岩陰に身を滑り込ませる。銃弾の雨が私を隠している岩に降りかかったのは丁度その時だ。あと少しでも遅れていたら蜂の巣にされていただろう。
…まったく、ついてない。この仕事はどうしても成功させなきゃならないのに。


『おい! 今の音…』
「ごめんなさいジェイク。もう話す時間がなさそう。…気合入れないと」
『馬鹿、強がんな。声震えてるぞお前』
「…バレた? 待ち伏せされてたみたいなの。これだけ大人数を一人で相手にするのは初めて」


岩の向こうから聞こえる数人の男の叫び声と、鳴り止まない銃声。
私はハンドガンを強く握り締め、ちらりと岩の向こうの様子を伺った。それで見えただけでも五人。本来の数がその倍と考えるなら…。
冷や汗が流れる。唯一の救いは充分な装備をしてきたことだ。


『5000万ドル』
「…え?」
『5000万ドルぐらいあれば、しばらく親父さんの治療費は考えずに済むだろ』
「ジェイク? よく聞こえない…5000万ドルが何?」


岩を襲う銃弾の激しさで電話の声が聞こえない。
本当なら今すぐに切るべきだが、この状況が不安なのも本音だった。
私が岩の向こう側を注意しながら言うと、ジェイクは大きめの声で返答する。


『お前にその仕事は向いてないって言ってんだよ』
「…今それを言う?」
『うるせ。…詳しい話は後の方がいいだろ。とりあえずお前はその状況をなんとかしろ』
「簡単に言わないでよね…」


ごくりと鳴った喉は、ジェイクに聞こえただろうか。


『次に会う時は遅刻で怒鳴らねえよ。だから生きてまた俺に顔見せろ、ナマエ』


不思議だ。
ジェイクにそう名前を呼ばれただけで、真っ暗だった目の前に光が差してきたような気がする。
重い銃声の音が恐ろしく感じていたのに…今ならなんでもできそうな気がしてきた。


「相変わらず、偉そうなんだから」


思わずそう笑ってしまうと、ジェイクも微笑んだ。…ような気がした。
私はやっとそこで電話を切り、本格的に相手と交戦する。
多勢に無勢。状況は圧倒的に不利だった。でもこの任務をこなさなくちゃ、大好きな父さんを助けることは出来ないし、ジェイクにも会えない。そんなのは嫌だ。
昔から遅刻癖のある私を今でも怒鳴るジェイクだから。
彼が怒鳴らずに怒りを我慢している様を、見てみたいもの。


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この後ジェイクは6の舞台へ。
お金の件は気力があれば続き書きたい…な…。
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