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『レオン、5分待つわ。アイスティー買ってきて』
「は?」


ブツンッ
そう、一瞬にして切れた携帯電話を耳から離し、レオンは呆然とその場に立ち尽くした。
たった今使用していた電話には通話終了の文字が浮かんでおり、ツーツーと無機質な音を立てている。
そんな己の携帯電話を眺め、レオンは自分のデスクで必死に頭を動かした。
――アイスティー、5分、持って行く…


「あらレオン。丁度良かった。今度の任務のことで話が…」
「後にしてくれ!」


勢いよく立ち上がり、部屋を出ると、丁度こちらに歩み寄ってくるハニガンと遭遇したが、レオンは彼女の横を素早く通り過ぎ、小走りで廊下を駆け抜ける。
見事に置いていかれてしまったハニガンは目を丸くしながら彼の背中を見送り、やがて大きく肩を落としてため息をついた。


「彼も必死ね」




***




「4分56秒。…ギリギリね」


高級なソファに座り、足を組む目の前の女性。
レオンは上がっている呼吸を整えながらも彼女が自分の用意したアイスティーを優雅に飲む仕草を目で追っていた。


「俺のデスクからこの部屋まで走って3分、自動販売機に遠回りして更に2分…。間に合っただけでも奇跡だろ」
「ええ、そうね。本当に間に合うとは思ってなかった。流石エージェント」
「間に合わせるつもりなかったのか…」


泣けるぜ。
レオンはか細い声でそう呟くと、彼女の向かい側の椅子に腰を降ろした。
そのまま足を組み、頬杖をついて再び目の前の彼女を観察する。


「…そんなに見ても何もないわよ」
「見てるだけでいいんだよ」
「本当、物好きな人」


表情を一つも変えず、彼女は自分の仕事の物であろう資料を眺め、レオンが買ってきたアイスティーを飲んでいた。
レオンはそんな彼女の動作を見つめ、惚れ惚れしたと言わんばかりに瞳を細める。
長いこげ茶色の髪を腰まで伸ばし、皺のないスーツはきっちりと身体のラインを現している。アイスティーを飲むその唇も艶やかに光り、やや幼いが、整った顔も、資料を見つめるまっすぐな瞳も、全てレオンを魅了していた。


「…なぁ、まだ信じられないのか?」
「なんのことかしら」
「とぼけるなよ」


――レオンは、彼女に一目惚れをした。
いつだったかははっきりと覚えていない。ただ、廊下ですれ違う彼女を見て心を奪われたのは確かだった。
一目惚れなんか信じちゃいない。けれどいつでもどこでも胸を焦がすのは、やはり彼女の存在であり、これが恋だと自覚するのに時間はかからなかった。
自覚してからはもう、


「…あなたこそ、そろそろ諦めたら? こんな我侭な女、嫌でしょ?」
「いいや、ますます燃えるね。それに言っただろ? ナマエがどんな注文をしてこようとも、俺はこなしてみせるって」


突然、強烈なアタックをしてきたレオンに対し、ナマエはある条件を持ちかけた。
自分の全てを受け入れられるというのなら、レオンに心を開こうと。
ナマエは、自分のこの強気な性格を自覚していた。そのせいで、男性関係にいい思い出はない。けれど自分のこの性格を直そうとは思わない。この性格のおかげで得たものも多い。
その容姿のせいか、レオンのように一目惚れしたなどと言って彼女に近づく男も少なくは無かった。


「…その強気、いつまでもつのかしらね」
「ナマエが俺を受け入れてくれるまでずっとさ」
「……期待しないでおくわ」
「俺は今までの奴らとは違う」


強めに呟かれた声に、ナマエはハッと資料から視線を外した。
視線は声を上げたレオンに注がれる。彼はいつもとは違う、まっすぐな視線をナマエに向けていた。


「今までの奴らがどんな奴らなのか知らない。でも俺はナマエの我侭なところも、仕事をちゃんとこなす姿も、なんだかんだで俺と話してくれるところも全部好きだ」
「……」
「この条件を呑んで、俺はますますナマエを好きになった。だから俺は、それをナマエが理解してくれるまで待つ。どんなことでも、受け入れる自信がある」


ナマエは無表情だった。
しかし、明らかに仕事の手が止まっているのは事実で、レオンはそんな彼女を見つめ続ける。しばらくナマエとレオンは視線を合わせていたが、ナマエの方からそれも外される。
もしかしたら、機嫌を損ねてしまったかもしれないと、レオンの身体はビクリと揺れた。


「レオン」
「な、なんだ?」
「携帯光ってるわよ」
「えっ」


レオンがハッと携帯を見ると、彼女の指摘通り携帯は光っていた。
ナマエとの空間を邪魔されない為にいつもサイレントモードにしていたのだが、それも徒労に終わってしまったようだ。
着信はハニガンから。…そういえば任務の話があると言っていたような気がする。


「行きなさい。私、仕事をきっちりこなさない男は嫌いなの」
「……泣けるぜ」


ナマエの微笑みに苦笑いを返し、レオンはハニガンからの着信に応えながら部屋を出て行った。最後にナマエに手を振ることを忘れずに。
彼がいなくなったあと、一人になったナマエもレオンと同じように仕事を再開する。彼が持ってきたアイスティーを口に流し込み、ふっと微笑みを零した。


「甘いわね」


そう呟いた彼女の頬は、微かに赤味を帯びていた。


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ヘタレとツンデレがうまい。
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