メイン | ナノ お昼前に選択授業をとっていなかった私は早めに大広間に向かっていた。
図書室で借りた本を広げ、生徒がまばらなそこでパンをかじりながら眺める。
ここに親友のリリーがいたら、行儀悪いって怒られちゃうんだけど、今は生憎授業中で叱られることはない。
本当なら図書室で静かに読むべきなんだろうけど、今の時間は何故だかスリザリンの人たちが集まっていて、とてもじゃないけどあそこにはいられなかった。
もうすぐ昼前の授業が終わって、みんなここにお昼ご飯を食べにやってくるし、談話室にいるのも退屈だから、私もいつも先回り。


「(やっぱり復習しても魔法薬学は苦手だなぁ…)」


今回借りてきたのは私が最も苦手とする魔法薬学の参考書。
私はリリーやジェームズたちのように頭の良い方ではないから、予習復習をしてもまったく授業に追いつけない。実技には自信があるのだが、魔法薬学のように杖を使用しない授業はからきし駄目だ。
しかも悪いことに、今日の午前に入っていた魔法薬学で課題を言い渡せてしまったのだ。他の授業でもレポートが溜まっているというのに、なんて大打撃。


「えーと…ポリジュース薬? なんか聞いたことあるな…確か材料は…あー…」
「クサカゲロウとヒル、満月草にニワヤナギ、二角獣の角の粉末、毒ツルヘビの皮の千切り。それでとどめに変身したい者の一部だ」
「えっ…」


課題であったポリジュース薬についてのページを目次から探そうとページを急いで捲っていたその時、私の隣にドカっと乱暴に誰かが座り込んできた。
驚いて肩を揺らし、視線を向けると、随分と端整な顔の男がそこにいた。


「シリウス…」
「それさっき出された課題だろ。もう取り組んでるのか?」


呆然とする私の顔がそんなに可笑しかったのか、シリウスはにやりと笑いながらテーブルの上にあるパンを掴み取る。


「エバンスの真面目さが移ったか…」
「そ、そういうんじゃなくて! 私は早め取り組まないとちゃんと期限内に提出できないから…」
「まあ、そうだよな。いつもオレより早く取り組んでるくせに終わるのギリギリだし」
「なっ…分かってるなら言わないでよ! 私はどっかの誰かさんみたいに天才肌じゃないんですぅー!」


にやにや笑いながら広げていた本を眺めてくるシリウスから身を退いた。
シリウスは天才肌だから大した準備もせずすぐにレポートを書き上げてしまう。勉強している素振りすら見せてないのに成績は良くて、リリーがいつも舌打ちしてるのを思い出す。
でも私はそんな彼とは違うのだ。一生懸命勉強をしても成績はやっとのことで中の上くらい。とてもリリーたちには追いつけなかった。


「それより! シリウスは今の時間リリーやジェームズと同じ授業じゃなかったの?」
「ん? あー…抜けてきた」
「サボり常習犯め…。でも珍しいわね。いつもならジェームズも一緒なのに」
「あいつがエバンスと一緒の授業をサボるわけないだろ」
「それもそうか」


リリーを溺愛しているジェームズはどんな授業でもサボるようなことはしない。そんなことをしたら愛しのリリーを見つめられなくなってしまうし、真面目なリリーの機嫌を損ねてしなうからだ。
そんな彼女へ一直線なジェームズと一緒に授業を受けているシリウスはある意味尊敬できるのかもしれない。
リリーのことで頭が一杯な彼の相手をするのもなかなか骨がいるだろう。もう慣れてしまったかもしれないが。


「なんかペアでやることになっちまってよ。あいつ真っ先にエバンスを誘いにいってやんの」
「いつものことじゃない。それで撃沈してシリウスと組んだんでしょ? どうして抜けてきたの?」
「いや、それが違うんだ。聞いて驚くなよ、あのエバンスがジェームズとペアを組みやがった!」
「ええ!?まさか…! あのリリーがっ!?」


ジェームズのジェの字を聞くだけで機嫌を悪くするリリーが…。
いつも声をかけてくるジェームズに鉄拳を食らわせていたリリーが…。
ジェームズとペアを組むなんて!!


「まあ真相はよく分かんねえけど、丁度オレがあぶれちまってさ。面倒くせぇからそのまま抜けてきた」
「どんな心境の変化なんだろう…一体何が…」
「確実に良い変化じゃねえのは確かだな。エバンスの奴目が笑ってなかったし。ジェームズは気付いてなかったけど」
「なるほど…リリーの逆鱗に触れたってことか…」


ペアを組んだのはジェームズに好意があってのことじゃないようだ。
それなら話は別だ。納得できる。恐らく授業が終わった直後、ツンとしたリリーと涙目になってるジェームズが大広間にやってくるだろう。
何をそんなに怒っていたのか理由を聞くのはそれからでも遅くは無い。


「ジェームズの恋は前途多難だね」
「むしろ叶う見込みもねえぞ」
「あー…でも相手は誰にしろ、リリーに彼氏が出来たら困るなぁ」
「困る?」
「彼氏が出来たら、どうしてもその人との時間が多くなるでしょ? 勉強にしても、生活にしても、私ってリリーに頼りっぱなしだからさ。…今から自立出来るようにしておいた方がいいかも」


何もリリーはジェームズだけに好意をよせられているわけじゃない。
綺麗で、真面目で、頭が良い。そんな彼女がモテないわけがなく、それなりに男たちの視線を集めているのだ。ただジェームズのアプローチが凄いだけで。
そんなリリーに彼氏が出来るのも時間の問題。いつまでもリリーにばかり頼りっ放しになってたらいけないんだ。自分の力でなんとかしないと。


「……いいんじゃねえの」
「えっ?」
「頼るのをやめるとか、自立とかってやつ。別にしなくていいだろ」
「…ええと…話聞いてた?」
「ばっちり」
「じゃあ…」


私の言いたいことは理解できるでしょ。
そう言いかけた私はすぐに言葉を飲み込んだ。先ほど離れた距離をシリウスが詰めてきたからだ。
驚いて無意識に肩が跳ね上がり、反射的に簡単に触れ合う肩の部分に本を割り込ませる。すごく嫌な顔をされてしまったが、反射なのだから仕方ない。


「オレが言いたいのは、エバンス以外にも頼れる相手はいるだろってこと!」
「リリー以外に? ええと…レイチェルは彼氏がいるし…シェリーはむしろ私が引っ張らなきゃだし、リーマスは最近授業が違って時間が合わないし…」
「っだから! 目の前にいるだろうが!!」


えっと声を上げ、散々泳がせていた視線を隣に彼へと移す。
目線は私にまっすぐ向けられているものの、大声のせいで大広間にいる他の生徒から注目を浴びたせいか、シリウスの頬は若干赤く染まっていた。
私は目を白黒させる。


「だいたいお前はいつもエバンスエバンスってくっつきすぎなんだよ! それがいざ離れるとなりゃ自立するって…できねえこと言うな!」
「で、出来なくないわよ! その時期が遅いか早いかの問題だわ!」
「いいや無理だな! 現にこうしてレポートにも手間取ってるじゃねえかよ」
「そ、それとこれは別でしょ!」


シリウスはまるで噛み付くようにひたすら叫んだ。私も負けじと叫び返した。
おかげに大広間の視線は私たちに集中していたが、そんなことは気にならないほど目の前のシリウスの言いたいことがよく分からない。
このレポートは、これからコツコツやって終わらせるんだから!


「しかもなんでリーマスは出てきてオレの名前が出てこないんだよ!!」
「咄嗟のことよ! あなたに頼ったって何を交換条件に出されるか分かったもんじゃない…!」
「んなことするか!!」


いつの間にか大喧嘩のように叫び合っている私たち。
シリウスも私も、思っているより声が大きいだろう。近距離でこの音量は少々頭が痛くなったが、そんなことでひるんでいられなくなっていた。
いきなり叫んできて何を言っているんだこの男は!


「いいえ! 可能性は大いにあるわ! 日ごろの自分のやってることをよく考えて…」
「っ頼られたい!」
「…え?」
「好きな女に頼られるってのに、見返りなんて求めるわけねえだろ!!」




瞬間、大広間の空気が固まった。




「…あ」
「え…」
「…いや、これは…その…」
「……」
「違うんだ。いや、違くない。いやでも……あーくそっ!!」


みるみるうちにさっきまでのとは比べ物にならないほど赤く染まってくシリウスの顔。
その状態が自分でも分かったのか、あれだけ視線を合わせて言い争っていたのに、簡単に視線を泳がせた。恥ずかしげに口元を隠し、顔も逸らす。
…あれ、何その反応。これっていつものドッキリとかじゃないの? なんでそんな本気みたいな反応…。


「…まあ…そういう、ことだから…」
「……っ」
「あー…お前までそんな顔すんなよ…抱きしめたくなるだろ」
「だっ…!?」


シリウスが口を滑らせたその言葉の真意をようやく読み取ることのできた私の顔も、彼と同じように真っ赤になったに違いない。
そのまま私もシリウスから視線を逸らし、抵当に本を広げて熱を帯びる顔を隠す。



それからリリーたちが大広間にやってくるまでの間、なんともいえない沈黙が流れて続けてしまった。



(ああナマエ、また本を読みながら食事して! …ナマエ?)
(おーいシリウス、君たち顔を真っ赤にして何が……ってあれ、もしかして…)
(ばっかジェームズ! オレは告白だなんてしてねえよ!!)
(シリウス!!とうとう告白したのかい!!?)
(なんですって!? ナマエ、本当なの!?)
(しまった…!)
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