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「ねえ、ちょっと話を聞いてもらってもいいかい」
「なに?」


多くの本に囲まれた図書室の隅。
赤いネクタイを締めている二人の男女が向き合いながら羽根ペンを握り、羊皮紙に文字を書き並べている。
そんなとき、ふと青年の方から声がかかった。しかし互いにその羊皮紙から視線を外さず、かつ手も止めないまま会話だけが続く。


「レイブンクローのクライスって知ってる?」
「…そりゃあね。ロイ・クライスっていえば上級生の間で人気の王子様でしょ」
「うん。それがね、その人がこの前僕に会いにきたんだ」
「あら、何のようで?」


そのまま互いに視線を合わせず、二人の視線は常に本と羊皮紙の間を行き来していた。
目の前のことに集中しているはずなのに二人の会話は成立しており、適当に返事を返すようなこともしていない。なんとも不思議な光景だった。


「ナマエと俺は付き合ってるんだって言いに来たよ」
「………」
「何を勘違いしてるんだかって話だよね。ナマエと付き合ってるのは僕なのに」


ずっとせかせかと動いていたナマエの手が止まる。
しかしそれも一瞬のことで、彼女はすぐに元の動きに戻った。
そんな彼女の様子を、目の前に座っている青年は視線だけを向けて観察していた。その口元には笑みが浮かべられている。


「リーマス、私も一つ聞いてもらいたい話があるの」
「わあ、君からなんて珍しいね」
「グリフィンドールの三年生、ミーナ・ペペンシーって知ってる?」
「知ってるよ。可愛い後輩だ」
「私、あの子に突然呼び出されて引っ叩かれたのよね」


目の前の青年、リーマスの手は止まらなかった。
しかし彼の眉間に皺が寄ったその一瞬を、ナマエは見逃さなかった。
引き続き羊皮紙の擦れる音と、羽根ペンの音が二人の間に流れる。授業の空き時間のためか、図書室にいる生徒は少ない。


「…君を引っ叩くなんて、すごい勇気のある子だなぁ」
「もちろん叩き返したけどね」
「うわぁ、魔法を使わないあたりが君らしいや。なんで叩かれたの?」
「別れたくせにリーマスとくっつかないでって。…おかしいわね、私たちっていつ別れたかしら?」
「そんな。別れるなんてとんでもない」


まるで呼吸と同じように羽根ペンを走らせる二人。
会話をしているというのに一度も視線を交わらせないその光景は異様だった。
リーマスの方は何が楽しいのか、くすくすと笑いながら作業をしている。


「それとね、この前リリーに泣かれてびっくりしちゃった」
「あのエバンスが?とうとうジェームズのアタックに耐えられなくなったのかい?」
「リリーがそんなことで泣くならとっくにこの学校にいないわ」
「じゃあどうしたの?」
「泣きながら怒ってた。どうして何も言わないのって」


リーマスの表情が、また歪んだ気がした。
小さな彼の変化を視界に入れながらも、ナマエは手を休めない。
少し間沈黙が流れたが、リーマスが軽い口調で再び話しを続けた。


「最近、僕もジェームズたちに口煩く言われてるんだ。君はもう少し欲張りになった方がいいって」
「あら、リーマスは充分欲張りだと思うけど」
「僕もそう思う」


手を止めたのは、ナマエのほうだった。
羊皮紙ぴったりに文字を終わらせ、羽根ペンを置き、目の前のリーマスを見る。
少し彼女より遅れたが、リーマスもやることを終えて羽根ペンを置いた。
ここで初めて二人の視線が交わる。


「リーマス、いい加減に折れてよ」
「君こそ、もう耐えられないんじゃないのかい?」


楽しげに頬杖をついて首を傾げるリーマスに、ナマエはため息を吐いた。
疲れているのか、眉間に寄った皺をほぐすように指を押さえている。
リリーには泣かれ、ジェームズたちもそろそろ黙っていないだろう。そんな状況を察知してナマエはまた大きなため息を吐く。


「ジェームズたちはあなたの性格をもっと理解すべきだわ。じゃなきゃ私を恨まずにあなたを叱るはずだもの」
「その言葉、そのままそっくりお返しするよ。君のことちゃんと理解してたらエバンスは泣くより先に君を怒鳴ってるさ」
「それもそうかもしれないけど」


三回目のため息を吐き出し、ナマエは机に広げている本の中から適当に一冊を取り、その内容に視線を戻す。
やらなければならないレポートが終わった今、図書室にいる理由とすれば読書しかない。
そんな彼女の行動は、突然本をひったくったリーマスによって中断させられた。


「ちょっと」
「君はミーナを叩いたって言ってたね。それって負けを認めるってことじゃないの?」
「…あなただってロイに呪いをいくつかかけたでしょ。あの後医務室で大変なことになってたのよ」
「わあ、お見舞いにまで言ったんだ。仲良いね」
「あなただって。ジェームズたちが見てないところを狙ってベタベタと」


いつの間にか隣の席に移動していたリーマスを睨む。
ナマエから奪った本を閉じたり開いたりしながら、彼は未だに笑っていた。
しかしその瞳はどこか尖ったものを持っていて、冷えた印象を受ける。


「…ねえ、もう始めてから四人目よ。そろそろ区切りをつけてもいいと思うの」
「そうだね。そろそろ決着つけないとジェームズたちの標的が君になりかねない」
「誤解はちゃんと解いてくれるんでしょうね」
「君だって、エバンスに話をつけてくれよ?」


尖った視線が、やっと柔らかくなったような気がした。
リーマスは弄んでいた本を閉じ、机に置いてから視線をナマエと合わせる。
先ほどよりも、二人の距離は近づいた。


「…引き分けってことでいいかい?」
「ええ。我慢の限界はお互い様でしょ」


そして、どちらからでもなく二人は唇を合わせた。
人の少ない図書室の隅、本棚に並べられた本以外は誰も彼らに気付くことはない。
触れるだけのキスだったが、触れ合っている時間は長かった。


「好きだよ、ナマエ。他の男が君を彼女扱いしてるなんて腸が煮えくり返りそうだった」
「私もよ、リーマス。何も知らない女があなたに触ってるなんて不愉快以外のなんでもなかった」


図書室の片隅で、二人はそのまま抱きしめ合う。
直後に鳴った校内のベルが、授業の終了を知らせていた。


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互いに浮気をしてどれだけ耐えられるかを競ってた。もちかけたのは多分リーマス。お互いに負けず嫌いで、そんな勝負を許しちゃうほどどこかズレてる。


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