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私は、世間で言う方向音痴というものなのだと思う。しかもかなり重度の。何か興味のあるものが目につくとすぐに足を止めてしまう私の悪い癖。それを目で追って、追いかけて、気付いたときにはみんなの姿はなく、一人ぼっちだった。今度はみんなを探して周りを徘徊してみるけれど、飛び出してくるのは魔物ばかり。
…確かヒューバートがはぐれないように注意してくださいって言ってたような気もするけど…。…なんだか悪いことしちゃったな。


「みんなもう街に着いちゃったかなぁ…」


これだけ辺りを探しても見つからないということは、もう目的地に着いてしまっているとみて確実だろう。私は重いため息を吐いてずるずるとその場に腰を下ろした。
もう日が暮れているし、今動いても仕方が無いだろう。
元々が方向音痴な私がこんないかにも迷いそうな森の中を歩いて一人で目的地に着けるはずがない。…情けないけど、みんなが迎えに来てくれなくちゃ私は一生この森で暮らすことになる。


「(なんかこんなこと前にもあったなー)」


方向音痴でみんなに迷惑をかけるのはもう当たり前のことになってしまったけど、これだけ長時間はぐれてしまうのは初めてだ。はぐれたとしても街の中だったから、なんとか人の力に頼ってみんなを見つけることが出来たけど…


「魔物しかいない場所、か」


辺りが暗くなり、光りも何も見えなくなってしまった森の中。私は昔のことを思い出していた。子供のときに一度、こうした森で親とはぐれてしまったときがある。そのときもこうした暗い森で、私は一人で泣き叫んでいた。でもそのときは―――…


「ナマエ!」
「…アスベル?」


聞きなれたその声に、私は俯きかけていた顔をすぐに上げた。声のしたほうへ視線を向けると、最初は暗くてよく見えなかったアスベルの姿が見えてくる。こちらへと必死に走ってきてくれていた。


「ナマエ!こんなところにいたのか…っ」
「アスベル…てっきりもう、街に着いちゃってるのかと思った」
「はは、ナマエがいないのに、先に進めるわけないだろ?」


少しだけ息が上がってるアスベルを私はどこか呆然と見ていた。はぐれてしまったのは私なのに、今すぐにでも謝ったり、お礼を言ったりしなくちゃいけないのに、そんな言葉が全然出なくて、ただアスベルを見上げていた。


「逸れたことに気がついて、すぐ手分けして探してたんだぞ」
「みんなで?私を?」
「仲間が一人突然いなくなったら、心配するのは当たり前だろ」


何か大変なことに巻き込まれたりとかしたら…。そう語るアスベルに私はやっと開いた口を閉じた。いつもと違う私の雰囲気に気がついたのか、アスベルの口も止まる。


「…ナマエ?」
「私ね、小さい頃から本当に方向音痴で…よく街や森で迷子になって親を困らせてたの」


アスベルは私が一人だけ逸れてしまって、みんなにも迷惑をかけたのに怒らない。…それは、もう何回も私がこうして迷子になってしまったからだ。直そうと思っても、小さいころからの癖というものは直るものじゃない。


「それで私が6歳くらいのとき…またいつもみたいなこんな感じの森に迷っちゃって。運悪く親が見つからないまま三日ぐらい森を彷徨ったの」
「三日って…」
「それでもなんとか、なんとかして故郷の街にたどり着いたの。私はすぐに自分の家に帰った。親が心配してると思ったから。……でも、そこには誰もいなかった」


自力で街に着けたのが奇跡だったのに。今までの人生で五本指に入るくらいの感動を味わったのに、家に帰って、どん底へと突き落とされてしまった。
私の両親は、私を捨てたんだ。私の重度の方向音痴を良いことに、両親は森に私を置いてけぼりにしたのだ。


「…だから、そういうものだと思ってた。長い間逸れたら、みんな怒って置いていってしまうんだって…」
「そんなことはしない!!」


暗闇の森の中で、大きく響いたアスベルの声。私は目を丸くして彼を見上げた。…この暗さでも分かるほど、複雑そうな表情をしていた。


「ナマエの両親がどんな考えでそんなことをしたのか知らないが、オレたちは…オレは、ナマエを置いていったりはしないよ」
「でも、私はこの通りすぐにみんなから逸れちゃうし、迷子になるし、迷惑かけちゃうし…怒らないの?」
「…正直、少し怒ってる。…でもそれは、ナマエが心配だからだ。ナマエがいなくて不安だったからだ」


私がいなくて?
そう首を傾げれば、アスベルは強く頷いて私の両肩を掴む。そしていつもの強い目で私に語りかけた。


「オレは早くナマエを見つけたかった。だからここまで必死に探した。…お前を、一人にさせたくなかったから」
「アスベル…」
「だからオレは、ナマエがどんなに方向音痴でどれだけ逸れようと必ず見つけてみせる。置いてったりしない。…絶対に」


もうとっくに呆れられているかと思ったのに、アスベルの言葉には嘘が一つも無いように聞こえて、私は肩の重荷がすっと消えていくのを感じた。
…実はコンプレックスでもあった方向音痴。アスベルが見つけてくれるなら、それも軽くなるような気がする。


「ありがとうアスベル。もう迷わないように最大限気を使う」
「あ、いや…そのことなんだけど…」
「?」




(ああー!アスベルとナマエが手を繋いで帰ってきたぁー!)
(なっ…あれだけ心配させておいて何をやってるんですかあの人たちは…!)
(やっぱりヒューバードもナマエのことをちゃんと心配してたのね)
(い、いやっ僕は別に…!)
(教官、どうして二人は手を繋いでるの?)
(あながち、ナマエがもう逸れないようにじゃないか?)
(でも、それだけにしては二人とも嬉しそう…)
(…そうだな)

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